上川隆也、林原めぐみ、山寺宏一が藤沢文翁の名作を再び形作る 『VOICARION XVIII~Mr.Prisoner~』インタビュー
一流の役者たちの朗読と音楽家の生演奏、美しい照明や美術、衣装によって形作られる世界が人気を呼び、数々の作品が上演されてきた劇作家・藤沢文翁による音楽朗読劇『VOICARION』シリーズ。その中でも人気が高い『Mr.Prisoner』の再々演が決定した。
4年ぶりに集結し、読み合わせを終えたタイミングで、初演から引き続き出演する上川隆也、林原めぐみ、山寺宏一、原作・脚本・演出の藤沢文翁による取材会が行われた。
――初演や再演の思い出を教えてください。
上川:僕は長年アニメーション好きを患っていまして……。
一同:(笑)。
上川:お二人と御一緒した初演時は心の中で常に浮き足立っていた様に思います。再演はカンパニーのチームワークの深まりもあって、長年の患いとはまた違う心持ちでした。
林原:患っていただけて光栄です(笑)。今では声優が表に出ることも当たり前になってきましたが、私が声優になりたての頃はあくまで裏の仕事でした。まだ朗読劇がそこまで上演されていなかった頃、共演も多い山寺さんからの誘いで朗読劇に挑戦し、新鮮さを感じました。
上川さんは1回目のお稽古の時だけ緊張されていたけど、2回目以降はなにもかも掌握している印象です(笑)。私たちの仕事は、演出に合わせて自分の考えを変えたり、自分の解釈のすり合わせをしたりする柔軟性が大切。吸収と加味と放出の速さに驚いたのが初演の思い出です。再演後はコロナ禍になり、世の中の空気の変化を感じました。この作品は牢獄から自由を求める話でもあるので、再演できただけでも奇跡だと思いましたね。
山寺:初演で感じたのは、「一生やり続けたい作品と仲間に出会えた」ということ。このチームでできたのを嬉しく思いますし、この作品だけは声が続く限りやりたいと思いました。次の機会を待っていたので、今回の再々演が嬉しいです。
藤沢:初演はこのキャスティングが揃うのを想像した時点で浮き足立っていました。しかも原作・脚本・演出なので、浮き足立つ×3(笑)。演出の最初の仕事はキャストの方に言葉を届けるためにいろいろ考えること。そこから関係が深まり、考えを伝えるのが楽になっていきます。でも再演の時、演出家モードの自分を録音した音声で聴いて「この人たちにこんな偉そうなこと言って大丈夫か!?」と思いました(笑)。今回も同じことになるだろうなと。ただ、初演からの時間を経て、より熱いものを作れる関係値になれたんじゃないかと思います。
――作品を書いた時のお気持ち、作品から感じる魅力を教えてください。
藤沢:着想については言葉にするのは難しいです。ただ、この作品が生まれたきっかけは山寺さん。ある作品でメインキャストが本番直前に体調不良で降板した時、山寺さんが全ての仕事をキャンセルして出演してくださったんです。僕が「どう恩返しをしていいかわからない」と言ったら「またいい作品書いてよ」と返してくださった。そこから数年後、この企画が立ち上がり、恩返しを兼ねて作品を書きました。
山寺宏一といえば「七色の声を持つ男」。そんな方に「声を聞いてはならない」と言われる囚人を演じてもらおうと思ったんです。初演はとても評判が良く、千秋楽の後、山寺さんから「あの時のお礼、確かに受け取りました」とメールが届きました。
一同:おお~!
上川:僕のモチベーションは、追いつけないこと。再々演ですが、声の表現に突出したお二人にはやっぱり追いつけないと、お芝居を間近で浴びるたびに感じます。目標として見失うことなく追いかけていける。
林原:怖い!
山寺:どうしてそういうことを……。
一同:(笑)。
上川:すごく真面目に言いました。
林原:……というどこまでも真摯な姿勢を持つ上川さん、常にいろんなことを研究して披露する山寺さんや奏者からも刺激を受けます。
また、そもそも教育というテーマ自体、日本では少ないと思っています。言うことを聞くのが良い子という風潮が色濃く、時代にそぐわないことも「ルールだから」と言われる学生たちがいる。でも社会に出ると急に「君の個性はなんだ」と聞かれてしまう。この作品は、教育というものを知らない子が真の教養を持つ囚人から何かを得る物語。「いる場所が苦しければ牢獄だ」という言葉が刺さる人は年代問わずいると思います。そんな作品に関われることがとても光栄です。
山寺:上川さんはあんなことを言っていますが、僕らが舞台を見に行くと「本当にこの人友達なのかな」と感じます。
林原:思う!
山寺:みんなに自慢したくなる(笑)。林原さんは最も尊敬する声優仲間ですし、一緒にできるのが幸せです。「自由」が一つのキーワードになっていて、本当に美しい物語だと思います。(藤沢は)よく飲む友達なんですけど、この人が本当に書いた? って思っちゃう(笑)。何回も上演しているにも関わらず、黙読しているだけで涙が出てくる。今日も「家で泣いてきたから大丈夫かな」と思いながら読み合わせをして、やっぱりグッときました。
――2回の上演を経て、今回の公演でブラッシュアップしたい部分はどこでしょう。
藤沢:普通は演出家が決めたところにみんなで向かいますが、今日読み合わせをして、この作品はそうじゃないと思いました。時間が経つと解釈も変わり、みんながすごいものを持ってきている。僕が作品を書いた時点の想像力の範疇に収めちゃいけない人たちなので、出てきたものをどう形にしていくかです。
だから「今回のテーマは」とか「ブラッシュアップの方向性は」ということは言えないですね。今回初めて気付いたところもあるので、みなさんからもらったものにさらに乗せていくような演出になると思います。
山寺:(藤沢は)もらっているというけど、我々も脚本からもらっているものに導かれるように演じるだけです。あとは、(前回から)4年の人生経験がどう影響するか、やってみないとわからない。
この作品はディケンズの時代の物語。その後も紛争や悲しいことがあり、教育を受けられない子供達がたくさんいることは知っていました。でも、自由に生きられない子供達の存在がこの数年でより身近になった。自分の気持ちがより入るし、脚本に書かれていることの大切さを感じ、伝えたいことがさらに多くなった気がします。
林原:こういう機会でもないと行かないと思い、一人でロンドン塔やオペラを見に行きました。もちろん当時のロンドンの街並みとは違うけど、物語の舞台となった地を巡り、想像していた世界を肌で感じられた。それが血肉となり、みなさんにお届けするときのエキスになっているといいなと思います
上川:例えば、将棋は完成してから盤や駒の数・役割は何一つ変わっていない。にもかかわらず、藤井聡太さんのような方が現れると見たことのない手が生まれ、みんなが驚く局面が立ち現れる瞬間がある。この物語も、初演から何も変わっていないのに、改めて読んでみると表現や解釈の変化・深化があるんです。物語と同時に演者も成長していて、初演と違うものをお届けできるベースがあります。「こうします」と予告できるものではなく、お客様の受け取り方によっても変わりますが、違うものになっているのは間違いない。
また、陸上競技のランナーが自分より速い人と走ると思ったよりもタイムが伸びることがあります。僕はそんな状態で初演をずっと走ることができました。「声で伝える」ことに対する意識が大きく変化したのが初演における一番の収穫。それ以降セリフとの向き合い方がガラリと変わったので、また新たな『Mr.Prisoner』をお届けしたいと思います。
藤沢:例え話がうまい!
林原:上川さんのコメントしかなかったらどうしよう(笑)。
山寺:みんなが言ってたことにしてもらえばいい(笑)。
上川:むしろ喋り過ぎてカットされるかも(笑)。
山寺:(林原が)ロンドンに行ったのもすごいよ。
藤沢:上川さんもディケンズのお家に行ったんですよね。
上川:「『Q』:A Night At The Kabuki」で余暇があったのでロンドン塔とディケンズの生家を見てきました。僕の中のビジョンもちょっとブラッシュアップしているかもしれません。
――本作の音楽の印象、演奏と芝居の関係などはいかがですか?
藤沢:この作品が小杉紗代さんと初めてご一緒したお仕事でした。友人の紹介で知り合い、CDを聞いた時に天才だと思った。僕はいろいろなところからインスピレーションを受けるんですが、彼女が作った曲を聞いた瞬間に思いついたのがこの作品です。曲のイメージから物語を組み立て、小杉さんに話して制作がスタートしました。
林原さん演じるレスの成長過程においてオペラを見るシーンがあるんですが、「オペラを見ているレスを360度カメラでぐるぐる見ているうちに彼女が大人になっていくような曲を作ってほしい」とオーダーして出来た曲が2幕にあるのでぜひ楽しみにしてほしいです。
山寺:音楽とは共鳴しかないです。まさに音楽朗読劇。言葉は交わしていなくても一緒に舞台を作っていますし、音楽の影響の大きさを感じます。今日の読み合わせは録音を流してもらったけど、蘇ってくるものがたくさんありました。音楽家の皆さんと合わせるのが本当に楽しみです。
林原:アニメのアフレコ現場は基本無音なんです。この作品は演じているのと同時に音楽が包み、引っ張り、怒りや悲しみに寄り添ってくれる。自分の中で作る感情の波と音楽の波がずれず、変に意識せずにいられる妙があるなと感じます。
上川:舞台でも映像でも、演じている時の手触りや空気感、役者の立ち居振る舞いや表情全てが芝居に影響します。このシリーズにおいて、演者は自分のスポットから動かないしビジュアルの変化も最小限。その中で最高のミュージシャンが奏でてくれる音楽が、僕らに影響を与えないわけがない。生演奏なので、僕らの間に合わせてくださることもあるしこちらが乗ることもある。相互の関わり合いが重要で、音楽は一つの頼みの綱。そんなことも頭の片隅に置いていただけると、見え方がまた変わってくると思います。
――最後に、楽しみにしている皆さんへのメッセージをお願いします。
藤沢:作中に「どんなに素晴らしい場所でも逃げ出したいと思ったらそこが牢獄になる」というセリフがあるけど、8年前よりもたくさんの「牢獄」が目に入る時代になってしまった気がします。だからといって僕らの気持ちまで一緒に落ちていく必要はない。この作品は牢獄をテーマにしているけど、全員がそこから抜け出す鍵を手に入れる物語。ご覧になった方が何かの牢獄に囚われている時に、鍵の見つけ方を探す鍵になればいいなと思っています。
山寺:とにかく、どうしても見ていただきたい作品です。この作品をこのメンバーでやって「面白くない」と言われたら声優辞めますというくらい自信のある作品なので、ぜひ来てください。
林原:ロンドンに行ってきた話をしましたが、見知らぬ土地に行ったり慣れないことをしたりすると、自分の五感をフルに使ってなんとかその場を乗り切ろうとする。そんな時に第六感や自分の中から湧いてくるものが生まれるんじゃないかと思いました。この作品は、聴覚をたくさん使い、目に見えているもの以外も見る作品で、みなさんのイマジネーションで様々な場面を作っていくのでいい意味で脳が疲労すると思うし、“疲れた”ではなく“憑かれた”という心地よい感覚を高揚と共に感じられる非常に珍しい舞台。体感しない手はないと思います。
上川:初演から何も変わってないと言いましたが、実は公演回数が大きく変化しています。その日の演者のちょっとした息遣いや音楽の間でお芝居はうねっていく。16回の公演、どれ一つ同じではありませんから、ぜひお客様だけの『Mr. Prisoner』をご覧になっていただきたいと思います。
取材・文=吉田沙奈 撮影=荒川潤
<ヘアメイク>
上川隆也:大野真二郎
林原めぐみ:小竹珠代
山寺宏一:岩井マミ
<スタイリスト>
上川隆也:黒田匡彦(KUMSTYLE)
<衣装クレジット>
上川隆也:Losguapos for stylist/03−6427−8654