ゲッ…まだ「mixi」見てるの? 独身女2人の即レスに“意地悪な幸せ”を感じる上から目線の主婦【西大井の女 #1・秋山 麻梨乃44歳】
【何者でもない、惑う女たちー小説ー】
【西大井の女 #1・秋山 麻梨乃44歳】
mixiでの呼びかけに、応答があったのは2人だけだった。
当然だろう。そこはもう誰もいない公園なのだ。あの頃は行けば必ず誰かがいて、楽しくみんなで遊ぶことができていたのに。
当時常駐していたコミュニティの最終書き込みは2011年3月。誰も見ていないだろうという安心感と、誰かが見ているかもという期待感で、懐かしさを壁打ちした。
『夫の勤務先の都合で、西大井に越して来たよ
うちらが毎日通っていた建物は、なんと、保育園になってた!
20年も経っているのに、セブンとか公園とかそのまま(笑)
久しぶりに会いたいよね~』
思いがけない「mixi」への返信。その相手は…
返信なんて期待していなかった。
しかし、家事が一段落した2時間後にもう一度覗くと、なんと2件のイイネとコメントが来ていたのだった。
[1]SMILE♡すみれ:おひさしぶり! 会いたいね。
[2]midorikko:懐かしい~
コメントをくれたのは、SMILE♡すみれこと山崎すみれとmidorikkoこと神宮司翠だった。
すみれは6歳下の高校を卒業したばかりの子で、翠は4歳年下の早稲田卒のフリーターだった。――当時は。
その2人は在籍していたクラスでも仲のいい方だったから、余計に嬉しかった。
私が書き込んだのは、WYC東京12期生あつまれ! というコミュニティだ。
WYCとは、大手事務所が主催するお笑いの養成所。今は移転してしまっているが、西大井にかつて存在していた。
私は、今でこそ一般企業のサラリーマンの元に嫁いだ3児の子を持つ専業主婦だけど、かつては芸人を目指していたことがある。
WYC卒業後は一度もプロの舞台に立たずに2年ほどで世界から離れた。しかし、それは私の大切な青春の1ページだ。
パソコン画面を眺めながら、20年前の賑わいを未来から俯瞰する。暖色のページに癒され、心がほんわかするのは、きっと今が幸せな証拠だろう。
絵に描いたような幸福な家庭
「ただいまー!」
17時半。夫が帰ってくると、子ども部屋から兄妹たちが飛び出してきた。
「おかえりー、パパ! ゲームしよう」
「ちょっとその前に手を洗わせてくれよ」
夫の会社が近いと、帰宅が早いところがいい。子煩悩でゲーム好きのパパは、子どもたちとも相思相愛だ。我が家は幸福という概念を実写化したと言ってもいいほど家庭円満だと自負する。
夕食前に桃鉄の3年決戦をしたいというので、テレビでダラダラ垂れ流していたお笑い番組を彼らのために消した。
番組には、同期生が何人か出ていた。もうコメントどころかmixiさえ見ていないだろう、そんな雲の上の存在なのだけれど。
芸人を志す若者が集まる街だった
西大井は、正直言うと何もない。駅もあるのに、なぜか「陸の孤島」という呼称があるほどだ。
最近でこそ夫の勤務する大手企業が移転してきて、社屋が名物のようにはなっているけど、住宅と必要最低限のチェーン店が並んでいるだけの街である。電車好きの息子は新幹線が毎日見えるから楽しいとは言っているが…。
この何もないこの街に、何者かになろうとした若者たちがかつては夢を追いかけて集まっていたなんて、今となっては信じられない。
「みんな、ご飯できたからおいで」
準備しておいた夕食をテーブルに並べながら、ゲームの結果に一喜一憂する家族に呼びかける。今日のメニューは野菜たっぷりの味噌汁に、カボチャの煮つけ、子どもが大好きな白身魚のフライとメンチカツだ。
「いただきまーす」
おいしそうに頬張る家族の横で、私はリビングのソファに身体を預け、スマホを手にした。夕食は残り物で十分。これは決して母親の自己犠牲ではない。3食摂取しているだけで肉がついてしまう年頃だから。
<SMILE♡すみれ>と名のついたすみれのページを開くと、記憶と変わらない彼女の笑顔がそこにあった。プロフィールも当時のまま。コミュニティ一覧によると、彼女は当時ダウンタウンに心酔していたらしい。はたして今もそうなのだろうか? ログインは1時間以内との表記があった。
<midorikko>こと翠は、プロフィール画像がワインボトルと赤ワインが注がれたグラスに変わっていた。あの頃は確か、空を見上げる横顔の写真だったはず。最終ログインは3時間以内。そのプロフィール欄の充実ぶりから、今もこの地を頻繁に訪れていることがうかがえる。
――さみしいんだな、みんな。
家族のにぎやかさの中で、彼女たちに感情を寄せる。2人とも年賀状のやりとりはあるが、今も私の知っている苗字のまま。おそらく独身だろう。
すぐに決まる予定。2人とも暇なの?
『コメント嬉しい! 会いたいね。近々集まろうよ? 同窓会しよ』
何の気なしにコミュニティに投げかけると、30分ほどで2人のコメントがついた。
『いいね~』と、すみれ。
『来月の土日であればいつでもいいよ。後半は仕事の出張日程が見えないから前半が嬉しい。8日とかどう?』と翠。
そして、『さっそく(笑) 私は大丈夫よ』と、すみれ。
思いのほか、すんなり調整ができた。
2人とも、そんな暇なのだろうか。
私は「ある下心」から養成所に入った
ママ友間でよくある、夫や子供をダシにしながら、決定権をキャッチボールして結局立ち消えるような、ゆるふわなラリーに慣れてしまっていたせいで、この独身2人の前のめりでテキパキとした反応が逆に怖かった。
――まぁ、翠は、当時からそういうところあったか。
早稲田卒の翠は、飲み会の幹事からライブハウスの予約、日程調整などを率先して請け負ってくれる、まさに仕事の出来る女って感じだった。
mixiプロフィールには「某丸の内商社勤務」となっていたが、それも納得だ。そんな彼女が芸人の専門学校の同期だったなんて。というか、当時からなぜそこにいるのか謎だった。
すみれはなんとなくわかる。センスがあって、純朴なお笑い好きが溢れていたから。
…私? 私の理由は簡単。出待ちをするほどの芸人マニアだった。あわよくば彼らの彼女になれるかもという下心で入った。結局、狙っていた芸人さんには会うこともできなかったけど。
「意地悪な幸せ」を噛みしめる理由は…
世界に足を踏み入れて分かったのは、芸人の男の子は、芸人の女の子を恋愛の視界に入れていないということ。戦友や飲み友から交際に至った芸人カップルはいれど、芸人の男の子と芸人の女の子同士の合コンなんてなかった。
同期の友人に合コンを頼んでも、その芸人の地元の同級生やバイトの友人とばかり合コンをさせられた。
…ただ、そのうちの1つで出会ったのが1歳年下の今の夫なのだけれど。
『了解。ひさびさに会えるのたのしみ』
スマホを手にしてニヤニヤしていると、夫が私の顔を訝しげ見ていることに気づいた。愛が溢れる不安げなその視線――大丈夫、そんなんじゃないから。
子どもたちの笑い声の中で、私は意地悪な幸せを嚙みしめた。
【#2へつづく:早稲田卒、商社OLの私は「貧乏な夢追い人」とは違うの。誰よりも高い“現在地”は私だよね?】
(ミドリマチ/作家・ライター)