歴史的建築でアートと出会う ― 「CURATION⇄FAIR Tokyo」(読者レポート)
「展覧会で知る。アートフェアで買う。」をキャッチコピーに「CURATION⇄FAIR Tokyo」が始まりました。本企画は、展覧会とアートフェアの2部構成で美術品の価値を多角的に楽しむものです。
メイン会場は、登録有形文化財である「kudan house」(最寄り駅は九段下駅)です。東京国際フォーラムのような大規模な会場ではなく、こぢんまりとした居心地の良い会場です。その他に、サテライト会場として「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町, ラグジュアリーコレクションホテル」と「赤坂プリンス クラシックハウス」(最寄り駅は共に永田町)も使用されます。
メイン会場入口 kudan house
「kudan house」は曲線を多用した近代コンクリート建築、「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町, ラグジュアリーコレクションホテル」は直線とガラスを多用した都心の5つ星ホテル、「赤坂プリンス クラシックハウス」は旧李王家の邸宅として建設され、その後「赤坂プリンスホテル旧館」として親しまれた歴史のある洋館です。
本企画では、美術館の白い壁、明るい照明で引き出される美術品の美しさとは異なる作品の魅力を堪能できます。
庭園から、kudan houseを眺める
本企画は、メイン会場で開催される3つの展覧会と、サテライト会場で開催される2つの展覧会で構成されます。展覧会は、2月16日まで、アートフェアは2月22日から2月24日までです。
それでは、順番に会場を見ていきましょう。
メイン会場:「kudan house」
展覧会:「美しさ、あいまいさ、時と場合に依る」
本展では、見るだけでなく、聞こえる音、空気の匂い、手触り、気配など、五感を使って作品と作品ではないものに向き合います。
洋間の壁に川端康成の掛け軸、≪有由有縁≫が下げられています。照明は温かみのある色合いです。肘掛けのあるソファの後ろから、少し見上げるように掛け軸を眺めます。
全体的に落ち着きのある、良い雰囲気にまとまっています。掛け軸の色合いと壁の色合いが同系統であること、掛け軸と左右のドアと窓も長方形の同形状で、バランスが取れているからだと思います。
川端康成 ≪有由有縁≫
左手のドアから廊下に出ると、中央あたりにスピーカーがあり、ノイズのような音が響いています。蓮沼執太の≪共振、または1927≫は、音で建物と接続します。
展示中の音量は控えめになっていますが、音量を上げると建物全体が共鳴して震えるそうです。建物の呼吸、もしくは心拍を連想させる空間です。屋外にも対になるスピーカーがあるので、見落とさないでください。
蓮沼執太 ≪共振、または1927≫2025
廊下の突き当りの左手には、絵画と陶器が置かれています。作品に使われている絵の具の色に共通性が見られます。
壁面は、破壊されたようにも、工事の途中のようにも見えます。これは、繰り返される震災とそこからの復興が日本の美術の背景にあるのではないかと考えるキュレーターの意図によるものです。
展示風景
このような展示室は、美術館の展覧会ではなかなか見られないのではないでしょうか。壊れた壁面を作品展示の支持体として観客に見せることで、平常時と災害時、その間の復興中の時間の流れを意識させる展示です。
左から 鳥海青児 ≪ブラインドをおろす男≫1959 風間サチコ ≪地球のおなら館(コンパニオン)「平成博2010」シリーズ≫2019
2階の階段の手すりの脇に、二つのオブジェが置かれています。ここでも、オブジェの色合いと手すりの色合いに関連性が見られます。
手前から 上前功夫 ≪border/waves of moon 01≫2024 ≪border/syzygy 05≫2020
この場所の展示で関連性が見られるのは、色合いだけではありません。オブジェから少し離れると、垂れ壁の縁の曲線と手すりの曲線にも関連性が見られます。
本展では、作品が隣の作品と呼応し、作品が建物の調度品や建具とも呼応し、その関連性はとても重層的で複雑に整えられています。
垂れ壁の曲線と階段の手すりの曲線の呼応
展覧会:Pocket full of sparks それは小さいのに、とても大きい。
次の展示を見るため、地下に降ります。薄暗い回廊に作品は配置されています。壁面だけでなく、床にも作品があります。
杉戸洋の≪ドローイング・インスタレーション≫は、ダクトの真下に展示されています。先ほどの階段の手すりと同じく、ダクトの曲線がこの空間の特徴となっています。
展示風景
地下の展示作品のリストを見ると、作品配置図に記載のないものがあります。つまり、壁にも床にも天井にも飾られていない作品が隠れているということです。おそらく、キュレーターの遊び心だと思います。かくれんぼの鬼になったつもりで探してみてください。
展覧会:さかむきの砂
柏木崇吾の≪滲むように、芽吹くように≫は、来場する時間帯により、その印象が大きく変わります。おすすめの時間帯は、屋外がゆっくりと闇に包まれる夕方から夜です。
植物の種を含んだ土を焼かずに整形した壺、縦に細長いオブジェ、人の背丈ほどに切られた木の幹などで構成されたインスタレーションは、闇が深まるにつれ、ライトボックスのように景色を立ち上がらせます。
雨上がりの早朝、散歩中に目にした雑木林の一瞬の風景のようであり、壺から植物の芽が伸びる時間の経過も連想させる不思議なインスタレーションです。
柏木崇吾 ≪滲むように、芽吹くように≫2025
木藤遼太の≪いずれ訪れるその日まで≫も、夕方から夜に鑑賞することをおすすめします。明るい時間帯では、作品に使われる光の要素を見落としがちです。とはいえ、そのような不都合も含め、作家はこの作品を構成し、成立させていることでしょう。
木藤遼太 ≪いずれ訪れるその日まで≫2025
サテライト会場:「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町, ラグジュアリーコレクションホテル」
展覧会:Timeless
田中里姫の≪楚々、憧憬≫も、夕方から夜に鑑賞することをおすすめします。
触れるのが怖くなる、ごく薄いガラスで作られた、とても大きな、緊張感のあるオブジェです。地上約180mからの都心の夜の眺望が、作品に魔法をかけ、より魅惑的に見せてくれます(すべての作品には触れないように注意しましょう)。
田中里姫 ≪楚々、憧憬≫2025
塩見亮介の≪月面甲冑「白兎」≫は、前時代的な甲冑という武具をSF的な物語設定と最先端の科学知識をもとに制作したものです。近い将来、人類が月面で暮らし始め、月面でも資源や領土をめぐる戦争が起こるとしたら、人類が戦うのは誰でしょうか。
塩見亮介 ≪月面甲冑「白兎」≫2025
荒唐無稽な物語のようですが、高層ビルを背景にした甲冑を見ていると、美術作品を見ているというより、運悪く引き当てた大凶のおみくじを見ているような気がします。「白兎」には、それくらいの凄みのある美しさがあります。
サテライト会場:「赤坂プリンス クラシックハウス」
展覧会:共振、または1930
残念ながら、時間の都合でこちらの作品は鑑賞できませんでした。
音のインスタレーションなので、おそらくほかの場所では再現できない作品になると思います。鑑賞できる方がうらやましいです。
その他に「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町, ラグジュアリーコレクションホテル」では、フェア期間中のみ提供されるコラボレーションスイーツ「Rouge Noir」を開発しました。作品鑑賞に疲れて、地上約180mからの都心の眺望を楽しみたくなったら、こちらも一緒にいかがでしょうか。
[ 取材・撮影・文:ひろ.すぎやま / 2025年1月31日 ]