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演出・稲葉賀恵インタビュー「幻想を超えて、現実を生きるための処方箋として」 舞台『リンス・リピート―そして、再び繰り返す―』

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稲葉賀恵

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAにて2025年4月17日(木)に開幕を控える舞台『リンス・リピート―そして、再び繰り返す―』。2019年に現代に潜む家族問題を扱ってオフ・ブロードウェイの話題をさらった本作の日本初演の演出を手掛ける稲葉賀恵のインタビューが到着!

【寺島しのぶ、吉柳咲良、富本惣昭、名越志保、松尾貴史】舞台『リンス・リピート ―そして、再び繰り返す―』(2025)稽古場ダイジェスト

ーー今回稲葉さんは『リンス・リピート―そして、再び繰り返す―』の演出をされます。この戯曲について、稲葉さんは「母と娘の話」として捉えていると伺っています。

この戯曲の作家、ドミニカ・フェローには摂食障害を克服した経験があり、そうした部分を含め、この戯曲には作家の血潮で書かれている印象があります。だから摂食障害の問題もおろそかにできないし、アメリカにおける移民や人種をめぐる問題も大事にしなければと思っています。ただ、私がなによりこの戯曲に共感したのが「母と娘」という要素でした。生まれた子供に一番最初に影響を与えるのが母ですし、この戯曲の中で特に娘が母を救おうとするところが、私の琴線に触れました。そこから入っていけば、日本でも十二分に伝わる舞台にできると感じられたし、そこを皮切りにアメリカの——ひいては今の日本にも繋がる社会問題にも、視野を広げることができると思いました。

(左から)松尾貴史、寺島しのぶ、吉柳咲良

ーー稲葉さんご自身も「母と娘」の間だけにある、特別な関係性を感じたことはありますか。

先日、父が亡くなったのですが、その際に「父が『父』だったから、母も『母』だったのだなと」感じた瞬間がありました。母を一人の女性として捉え、彼女が抱える弱さや問題が垣間見えたとき、自分は母を「母親」として見ていたのだと気づきました。歳を重ねて身体が弱くなっても、私の年齢がもっと若ければ、母はそれでも「母」であろうとしただろうと思いますし、今も私の中には母に「母」であってほしいという思いもあるのですが、年齢を重ねるにつれ「私が、母を守らなければ」という感覚になってきました。

(左から)松尾貴史、寺島しのぶ

ーー劇中の母と娘には、摂食障害という問題が横たわっています。

母のジョーンには、自分が移民二世として経験した苦労は絶対させまいと、娘のレイチェルを育ててきた自負があります。にもかかわらず、レイチェルは摂食障害になってしまった。ジョーンは「私が弱かったから、娘がこうなってしまった」と思っているし、彼女自身にも挫折感があるのだと思います。この作品は、レイチェルが拒食症の治療施設から一時帰宅する場面から始まりますが、ジョーンはこの機会に自分の失敗を挽回しようと思っている。一方、レイチェルはジョーンとこれまでとは別の向き合い方をしようとする。レイチェルは21歳という設定ですが、ありのままの自分でいるために、劇中のような道を選べるのはすごいことです。彼女はやり直すというより、もう一度生まれ直し、母と一緒に新しいステップを上がろうとするんです。

寺島しのぶ

吉柳咲良

ーー娘は母の姿を直視して、その先を行こうとするのですね。

レイチェルがそうしようとするのは、ジョーンにとてつもない負荷がかかっているのをわかっていたからだと思います。さらに作家は、劇中に夫のピーターや養子のブロディといった存在を置くことで、この戯曲をさまざまな要素をちりばめた世界地図のようにしている。教訓めいたものとしてではなく、エンタテインメントとして観客が受け取れるものにしていると思うんですね。だからこのカンパニーでも形式的なものにならないよう、俳優たちで血肉化され、今、ここで起こることとして提示したいと思います。

ーー夫や養子の話もありましたが、母と娘から話は家族へ広がっていく印象があります。

作家はこの戯曲で摂食障害の実相ではなく、その背後にある家族を書いていると思うし、家族が関わるからこそ摂食障害は治療が難しいのだと思います。家族という集団はどうあっても複雑なもので、血が繋がっていても「一万光年、離れているんじゃないか?」と感じるときもありますから。家族だから気兼ねなく本音をさらし合えるかといえば、そうではないし、対話でなにもかもわかりあえるのは幻想なんじゃないかと私は思っていて。演劇には対立して引き裂かれる悲劇、みたいな劇構造がよく見受けられるけど、実は対立しているときのほうが、互いにわかり合おうとしてるような気がします。対話すればわかり合えるというのは幻想だけど、それは決して絶望的なことではないし、お互いが他者であるということを共有していないと、そもそも対話は成立しない。でも、その事実を一番受け入れづらい集団が家族なのだと思います。血が繋がっているからわかるはず、というのは幻想。それをこの戯曲は語っていると思います。

(左から)吉柳咲良、寺島しのぶ

ーー通じ合う瞬間はあるかもしれないけど、それが確かなものなのかは、わからない。

対話ができたと感じられたとしても、そこをすり抜けるものも多いですよね。また、本当に対話をするなら対立は避けられないけど、今は対立を好まない傾向が強い。でも、自分と違うということが受け入れられないから諍いが起こるし、自分と同じだと感じられる側に立って「自分と違う」側を非難する。大きな話になってしまいますが、この戯曲を通して一つの家族の描くことで、今諍いが起こる理由というところまでいけそうな感覚があります。

ーーそこを目指すにあたり、課題となりそうなのはどんなことでしょうか。

最初に戯曲を一読した時点から難しいだろうなと思ったのは、先ほども少し触れたようにジョーンが移民二世であること、レイチェルのセラピストのブレンダが黒人であることなど、作品の背景にある、現代アメリカの要素をどう表現するかということですね。日本にも移民してきた方はいるけれど、アメリカに移民するのと日本に移民にするのとではまた感覚が違うでしょうし、日本には単一民族幻想というか、移民に同化をより強く迫る傾向がある気がしますから。今のアメリカを見るとそうした問題がないとは言えませんが、とはいえ「人種のサラダボウル」と言われているくらいですから、ある程度はそれぞれの違いを当たり前のものとして受け入れている。そこをどう表現するかは、ジョーン役の寺島しのぶさんと、稽古期間の前から問題を共有していました。日本でこれを上演するにあたり、どうすれば現地の再現ではなくジョーンが背負ってきた負荷や血、アイデンティティを表現することができるのか。今も寺島さんは意識的に考えようとしてくださっていますし、きっと稽古場でほかの俳優の皆さんとも考えを共有しながら、解決していけると思います。

松尾貴史

名越志保

富本惣昭

ーージョーンやレイチェルが直面するルッキズムの問題は近年、日本でも取り上げられる機会が増えてきたように感じます。

ルッキズムに関して言うと、日本人には敗戦国ゆえのコンプレックスがまだあるのでは、と感じる部分もあります。自分も含め、容姿や体型といった部分で西洋人には端から勝てない、対等にはなれないと思っている感じがある。ルッキズムから少し逸脱した観点かもしれませんが、自分の内にある西洋至上主義に対してどう打ち勝てばいいのか。すごく根の深い問題だと感じます。

ーーすでにある西洋文化の影響は排除できないし、それをいいと思う自分もいるわけで。

芸術文化に携わる人たちは強く感じる問題だと思いますし、これは翻訳劇を演出するときにいつも突き当たる壁でもあります。なぜ日本で翻訳劇をやるのか。その理由が抜け落ちてしまうのはよくないと私は思っています。だから今回もそうですが、自分が日本で翻訳劇を演出するその意味を、自分なりに見出して演出に取り組んでいます。

取材・文:小杉厚/撮影:宮川舞子(稽古風景)/撮影:番正しおり(稲葉賀恵)

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