「『名を名乗れ』って本を探してる」「『君の名は。』ですね!」 リアル書店の魅力が詰まったエッセイ。
あなたにとって、本屋さん――「書店」とはどんな場所ですか? 町の書店が減っているとのニュースをたびたび目にしますが、リアル書店ならではの本との出合いを求めている人は、まだまだたくさんいるのではないでしょうか。個人的には、そこに人生のヒントや可能性が詰まっている気がして、わくわくする欠かせない存在です。
ここでは、本と書店が好きな東京バーゲンマニア読者のための、とっておきの一冊をご紹介します。現役書店員・森田めぐみさんの『書店員は見た! 本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)です。
「本屋ですが、よろず人生相談承ります!」をモットーに、お客さんの悩みを聞き、一人ひとりにぴったりの本をおすすめしていきます。書店ってこんな場所だっけ? と読みながら何度もつっこんでしまうほど、接客がユニーク。本書はそんな森田さんの視点から、書店でひそかに繰り広げられる人間ドラマを、ユーモアあふれる筆致でつづったエッセイです。
ひょんなことから書店員に
転勤族の夫とともに、引っ越しを繰り返している森田さん。仕事を辞め、地元を離れて石川県にやってきたところから、本書ははじまります。
下の子どもが小学校に上がるタイミングも重なり、急にひとり時間ができました。はじめのころは趣味の読書に費やしていたものの、ぼーっとするのが苦手な性分で、すぐに飽きてしまったといいます。
そんなある日、書店に併設されたカフェの席に座ると、目の前にスタッフ募集のポスターが貼られていました。「......よし、働こ。」と思い立ち、その日のうちに履歴書をポストに投函。数日後に面接を受け、カフェに応募したはずが書店スタッフとして採用されるハプニングもありつつ、書店員としての日々がはじまったのでした。
本書では、59のエピソードとともに、100冊超の「私がおすすめした本」が写真入りで紹介されています。書店員はまさに天職といった感じの森田さんですが、もともと書店員を志望していたわけではなかったとは意外でした。チャンスはどこに転がっているか、わからないものですね。
へんてこりんで面白い職業
森田さんが採用されたのは大型書店でした。いざ働きはじめると、レジの作業が複雑で、店内が広すぎて場所を覚えられず、ノベルティが多岐に渡るなど、「こりゃ私には無理かも......」と弱音を吐くこともあったといいます。
そんなある日、高齢の男性から声をかけられました。「ちょっと店員さん! 『名を名乗れ』って本を探してるんだけど」。タイトルで検索しても、それらしき本は見つかりません。困り果てていると、「映画にもなった本だぞ。本当にないのか? 孫に頼まれたのに!」とのこと。そこで森田さんの脳内に、ある作品が浮かびました。「『君の名は。』ですね!!」――。お客さんは喜び、満足そうに会計を済ませていったそうです。
そうか......これが書店員の仕事なのか。
「私、この仕事やっていけるかも」(中略)
こんなへんてこりんで面白い職業って、他にはないかもな......とあらためて思うのです。
「タイトルも作者もわからない」との問い合わせは、じつは日常茶飯事なのだとか。わずかな手がかりをもとに目当ての一冊を探し当てるとは、なんだか探偵みたいですね。
本と、人と、であえる場所
大切な人にプレゼントする本を探していたり、悩みごとを解決するヒントを求めていたり。書店にはさまざまなお客さんが訪れます。思わずうなったのが、一人ひとりにぴったりの本をおすすめできる、森田さんの読書量と記憶力です。
たとえば、育児に悩みながらも話し相手がいなくて涙する若いお母さんに、離婚に向けて別居しはじめた「サレ妻」の元同僚に、妻を急に亡くしたというグレイヘアの男性に......。なぜこんなにもまんべんなく読んでいて、しかもとっさにすらすらと紹介できるの!? と感心しきりでした。
その後、夫の転勤が決まり、また別の書店に採用されることになった森田さん。あるとき、先輩から「ニュータイプ店員」の称号を授けられました。お客さんにしょっちゅう話しかけるところが、「アパレル店員のよう」だと。そのうえ、道やスーパーや電車で、見知らぬ人からものすごい頻度で話しかけられる「話しかけられ王」なのだとか。
自分から行って相手からも来る。だからいつも、自然と人の輪ができるのかもしれないですね。書店とは静かな場所で、ひと言も発さずに行って帰ってくるところだと思っていましたが、自分の中の書店観がひっくり返されました。
ズラーッと陳列された無数の本を前に、さてどうしよう......と悩むことはありませんか? そこに目利きの書店員がいて、話を聞き、選書してくれるとしたら、ぜひお願いしたいものです。
書店員とはこういうもの、という枠を柔軟に広げて自分らしくアレンジしたら、オンリーワンの書店員になっていた、という感じでしょうか。仕事でもなんでも、そこにオリジナルの価値をつけ足せたらいいですよね。
あなたがよく行く書店でも、小さなドラマは日々起こっているかもしれません。本との出合いと、人との出会い。どちらも楽しみになってくる、書店の新たな魅力に気づかせてくれる一冊です。
(Yukako)