白石加代子・藤間勘十郎インタビュー 九尾の狐を主人公にした、藤間勘十郎文芸シリーズ 其の五『其噂妖狐譚』への思いとは
インド(天竺)、中国(殷)、日本の三国で美女に化け、権力者を翻弄する金色の妖怪、九尾の狐を主人公にした新作『其噂妖狐譚』が来年二月に上演される。主役は現代劇から古典劇までの生ある者も亡き者も、自在に演じる唯一無二の俳優、白石加代子。上演台本と演出は、日本舞踊宗家藤間流宗家の藤間勘十郎。歌舞伎、日本舞踊の創作者、舞踊家、演出家として引っ張りだこの勘十郎と日本演劇界の至宝、白石は初顔合わせとなる。また周囲を彩るのは練達にして個性豊かな面々。唐での九尾の狐の化身、妲己は元宝塚娘役トップスターの朝月希和、妲己の乳母で実は九尾の狐の眷属(けんぞく)である妖怪雉鶏精(ちけいせい)は大輪の舞台俳優、三林京子、玄奨法師と紂王の二役は荒井敦史、薄雲は沢栁優大、陰陽巫女天女は白勢未生、側臣費仲は冨岡健翔、費仲妻張揚は舞羽美海。白石と勘十郎に作品にかける思いを聞いた。
ーー九尾の狐は、能の「殺生石」、文楽(人形浄瑠璃)や歌舞伎の「玉藻前」など古典作品の題材として多く取り上げられ、アニメにもなっています。白石さんの演じられる賤の女、実は金毛九尾の狐は冒頭と最後に登場されます。
勘十郎:僕のイメージとしては『黒塚』の「一つ家」なんです。それを「殺生石」の舞台である那須野に変えました。シテである鬼女の雰囲気を出せる方は白石さんの他にはいらっしゃらないと思いました。
ーー『黒塚』は能を舞踊劇仕立てにした作品です。安達原の一軒家に住む老女の正体は人を食べる鬼女。旅の阿闍梨の一行と出会い救われると喜ぶが、見てはならないと念押しした奥の部屋を覗かれたことを知って怒り、正体を現します。白石さんはオファーを受けられてどんな思いを持たれましたか?
白石:どうして私に? と驚くばかりでした。とはいえ、役者というのはお誘いを受けるととても嬉しいものです。それも舞踊のお家元からって、なんと光栄なことでしょう。長くやってきたご褒美かなと思うことにしました。日本の作家の小説をひとりで語る「百物語」のシリーズで、一つ家にいるおばあさんの話を幾つか演じたことがあるので、自分にとってはそんなに遠いお話ではなかったのですが、九尾の狐と一つ家の賤の女が重なったものは初めてで。踊りを見るのが好きですし、元所属した早稲田小劇場では舞踊のトレーニングもしていました。踊りと聞いただけで心が弾みます。小さい時から道端でも踊ってしまうような子でしたから。
勘十郎:白石さんには「百物語」や妖怪のイメージを持っていました。
白石:「百物語」もかわいいものばかりやっています(笑)。
勘十郎:かわいかったんだ(笑)。僕の考える女優は祖母、(初代)藤間紫なんですよ。祖母は「王女メディア」も歌舞伎もできた人です。今回ご出演いただく三林京子さんもそうですが、舞台で経験を積まれた方のお芝居が好きなんです。百人規模の劇場であっても千人規模の劇場であってもみんなが集中して見られる俳優さんは、そんなにいらっしゃらないと思います。白石さんは、場を制することができ、出て来るだけで存在感がある方です。いいところだけご登場いただきます。歌舞伎で言うなら『伽羅先代萩』の仁木弾正です。
白石:今までやったことがないお役ですが、能の動きはわりあい、体の中にあります。小さい場でも大きい場でも抑えられるような役者でありたいものですね。早稲田小劇場にいたころ、お客様は桟敷でご覧くださっていましたから、(とあるシーンで)沢庵に大口でかぶりついたら、目の前にお客様の顔がある……というような距離感。知らない間に狭い空間で演じる役者の楽しさが身についていきました。そしてその後、海外公演で大きな劇場をたくさん回るうちに体と空間の距離を声で計れるようになりました。役者としては大きい劇場にも、小さい劇場にも、どちらにもそれぞれ魅力を感じています。
ーー鈴木忠志さん、蜷川幸雄さん、栗山民也さん、野田秀樹さん……白石さんは名だたる演出家の舞台に出演してこられました。
白石:新しい演出家とまみえることはちょくちょくありますが、私は演出家に「今日の演技はどうでしたか?」と質問などはせず…。稽古しながら、演出家の顔色をうかがいつつ(笑)、「今の演技がお気に入りだったかな。この声でいこうかな」などと察していくようにしております。勘十郎さんはとても温かくて大きなお人柄。稽古が楽しみです。
ーー勘十郎さんが11月の『立川立飛歌舞伎』で脚本と演出を担当された舞踊劇『玉藻前立飛錦栄』も九尾の狐が主役でした。
勘十郎:九尾の狐をテーマにした作品をたくさん作っています。玉藻前が登場する現代劇も書いたことがあります。ピアニストに狐が憑依するんです。自分用に舞踊劇で書いたこともあります。ただこれまでは全部日本が舞台でした。今回は最初が日本で間が中国(殷)の紂王と九尾の狐が化けた妲己の話で、最後に日本に戻ります。
白石:妲己が悪いことをする目的は何なのかしら?
勘十郎:世界征服なんですよ。この世を魔界にするのがメインです。中途半端なドラマがないのが歌舞伎的なんですよね。悪い奴は悪い奴、いいやつはいいやつ。勧善懲悪。僕が惹かれる理由もそこにあるのかもしれません。
白石:賤の女に化けているのだから、九尾の狐をあまり匂わせてはいけないし、無関係のようでもいけないし。演じるうえでいろんな楽しみがありそうです。私は能楽師の浅見真州さんたちと新作能『鷹の井』(高橋睦郎作、1990年初演)に参加し、老人の役を演じたことがあるんですよ。いろいろ大変に感じることもありましたが、とても充実して幸せな時間でした。そんなことも思い出します。
勘十郎:お目にかかってお話をすると構想も膨らみます。出方にしても、最初から登場するのを見せるか、後から出て来るのが良いか。能舞台的な装置にしようかと思っています。いろいろな方とご一緒して演出を見てきたので、フルに活用させていただきます。
ーー白石さんが出演作を選ばれる基準はなんでしょう。
白石:新鮮で、楽しめそうだなと思える……という、いたってシンプルなものです。とにかく舞踊の家元とご一緒できるというのだから今回は本当にわくわくしています。にぎやかで、ともかく美しい。そういうものを加味した演出にしてくださるだろなと期待しています。
ヘアメイク:栗原佐代子
取材:小玉祥子 写真:山副圭吾