西川口でガチ中華の淡水魚料理を食べる会をやろう【第1部前編】
はじめに
以前、「ガチ中華」好きではない友人たちと、いわゆる「町中華」で忘年会をしました。
ひとしきり定番メニューをたいらげた後、私に「何か適当なものを頼め」と話が来ました。
中国語などを齧った人は、中国の年越しの食事では、中国語の「年年有余」(「毎年裕福でありますように」の意)の「余」が「魚」のyú(ユィ)と通じる音であることから、験担ぎに魚料理を食べるという風習を聞いたことがあると思います。
今日はおりしも忘年会。その風習にあやかろうと<白身魚の甘酢がけ>を頼みました。ところが注文を聞いた友人は「なんで中華に来て魚、頼むんだよ⁉ 中華は肉だろ肉。肉頼め、肉!」と怒ったのでした。
これは一例です。彼が魚嫌いだったのかもしれません。でも中華料理に興味のない人から見ると「中華料理は肉料理がメインと思われているのかもしれない」と、私は気づいたのでした。
試みに「中華料理の人気ランキング」みたいなサイトを検索してみましょう。(注1)順位に入っている魚介類は、せいぜいエビチリ、エビマヨのエビ。カニ玉のカニくらいで魚料理は全く載っていません。ガチ中華でも、注目を浴びるのは定番の麻婆豆腐か、ビャンビャン麺、羊肉串…火鍋には魚を入れることもありますが、メインはやはりお肉。
これは
ガチ中華で取り上げられる料理が、担担麺やビャンビャン麺といった、B級グルメ的な小吃料理が多い。(原価の高くなりやすい魚料理は多くない)
魚一匹を丸ごと使う料理は、大人数の宴会が減少している現在、頼みにくい。(一人では食べきれない)
魚離れで、日本人でも魚を食べる人が減っている。
など、いろいろな理由が考えられます。
そんなことを思っていた矢先、魚類研究者の友人が「東京で中華淡水魚料理を食べる会をやろう」という連絡をくれました。
連絡をくれたのは自然史系の博物館で学芸員をしている<フナと納豆のひと>さんでした。彼は魚の生物学的な研究を行うとともに、世界の淡水魚の流通や魚食文化に興味を持ち研究を行っている人物です。彼とはX(旧twitter)で、食べ物好きということで知り合い、魚尽くしの上海料理を食べたり、古い江戸前の調理法のアンコウ鍋を一緒に食べたりして、私は彼の魚食文化の研究のお相伴に預からせてもらっているのです。
「ふむ、東京で中華淡水魚料理を食べる会ですと?」と詳細を聞くと
ガチ中華の店は別の店になるのが早い。淡水魚料理を出す店を見つけてもいつまでも店があるとは限らない。
経営開始直後は、複数の淡水魚料理があっても、注文が少ないとメニューからはずされたり、メニューにあっても実際には提供されない料理になったりする。
同じ魚を複数の調理法で調理してもらったり、何種類もの淡水魚料理を頼んだりして、今現在、ガチ中華で、どのような魚がどのような調理方法で食べられているか確認したい。
とのことでした。
そんなお誘いなら願ったりかなったり。ぜひ協力しましょうと東京で中華淡水魚料理を食べる会の決行とあいなったのでした。
中国淡水魚事情
さて、ガチ中華の淡水魚を食べる前に、中国の淡水魚の養殖事情を確認しておきましょう。中国は実は世界一の淡水魚の国です。
2022年の統計データでは、中国の淡水魚は天然が116万トン、養殖は3289万トン(注2)、一方で日本の内水面漁業は天然・養殖も含め合計で5.2万トン(注3)ですので、日本とは比較にならない生産量です。
養殖されるのはコイやフナ、四大家魚とも呼ばれるアオウオ・ソウギョ・ハクレン・コクレン。また日本ではあまりなじみがありませんがカワヒラやダントウボウ・ティラピア・ケツギョ、チュウゴクモクズガニ(上海蟹。中国名は大闸蟹(ダージャシェ))、タウナギ、ドジョウなどの養殖もおこなわれています。(注4)
歴史も古く、殷墟から出土した甲骨文字には「在圃漁」という水田漁業を意味する言葉があるとされています。また実際の作成年代は分かりませんが、約2500年前の春秋戦国時代の軍師、范蠡(はんれい)の作とされる《養魚経》なんてコイの養殖法を記載した本もあったりします。(注5)古くから人々が淡水魚になじんできた証拠でしょう。
当然、淡水魚料理も豊富です。
筆者の手元には『中国料理大全』という昭和60年代に編纂された中国料理の料理レシピ集があります。ここで扱われている魚料理はすべて淡水魚料理で<麒麟魚>(鯉の飾り蒸し)など29品目となっています。
このように中国は世界に冠たる淡水魚の盛んな国でもあるのです。
われら11人の淡水魚好き(ガチ中華好き含む)西川口に降り立つ
さて、会の実施にあたっては、相当、難航したそうです。
まず、淡水魚料理は多くのメニューが事前の予約ありきです。さらに今回の企画では、同じ種類の淡水魚をいろんなバリエーションで料理してもらうという規格外な計画です。会の企画者の一人<たぬきやままゆ>さんがお店と「日本人は本当に鯉をそんなに食べるのか?中国人の若者も最近は鯉、そんなに食べないよ」「いや我々は鯉が食べたいんです。鯉料理を三種ください」などと入念に交渉し、やっと成立しました。
もう一つ困難を極めたのがメンバー集めです。
淡水魚料理に抵抗なく食べられる人々。なおかつ何匹も食べられる健啖家な人々…結果<フナと納豆のひと>さんのお誘いで集められたメンバーは以下の11人です。それぞれ、お名前とXのアカウントと、好きな魚とその理由を並べてみます。(コロン以降が魚への思いです。)
<たいち@NF_incl_sauries>さん:ウケクチウグイ。かっこよさ!
<小林大純@agoblind>さん:テンジクカワアナゴ。(魚一般の魅力)多様な環境ごとに最適化された形態美。(テンジクカワアナゴの魅力)生態や形態の謎が多く,調べれば調べるほど面白くなる奥の深さ。
<r.brunneus@Hirayoshi0146>さん:オウギハゼ。物心ついた頃から生き物、とくに魚が好きでした。都会育ちで身近に水辺が少なかったので、水辺に行かないと見ることができない魚に特に惹かれたのかもしれません。
<くりてぃ@biol_skktn>さん:ビワヨシノボリ。姿かたちが美しく多様なのはもちろん、それぞれに食・漁法などの文化的な側面が多分にあるところ。
主催者<フナと納豆のひと@wormanag>さん:フナ。かわいくて、おいしい。
<ニゴモロコ@nigomoroko>さん:カマツカ。シュッとした凛々しい顔つき・体型、ちょこまかと底を動き回る愛らしさが素晴らしい魚です。
<草柳佳昭@nagi_bio>さん:ウグイ。ザ・川魚と言えるような川魚らしい形が好きです。
<かるかりふぁー@鯵柱@angustifrons>さん:鯵です!!見ても良し、飼っても良し、釣っても良し、食べても良し。悪いところが見つかりません。全てが魅力的な存在です。
共同主催者<たぬきやままゆ@tanukiyamamayu>さん:シロシュモクザメ。自然免疫の補体系を構成する遺伝子の構成員を初めて明らかにした(自分が)。
<南亮一@cityheim>さん:鯛。何とも言えない旨味、焼いても煮てもそのままでも美味しい、眺めてるだけで美味しさが伝わってくる、などなど…。
最後は、私<吉村風(酒徒吉風)@syutoyoshikaze>:タウナギ。日本に生息している中華食材で日本ではなかなか食べられないのがタウナギ。タウナギのことを想うと、近くにいるのに会えない片思いの恋人のように胸がどきどきしてきます。
参加者写真。前列(左から) ①たいちさん, ②小林大純さん, ③r.brunneusさん, ④くりてぃさん, ⑤フナと納豆の人さん。後列(左から) ⑥ニゴモロコさん, ⑦草柳佳昭さん, ⑧かるかりふぁー@鯵柱さん, ⑨いたぬきやままゆさん, ⑩南亮一さん。なお、顔出しNGの方はXアイコンで隠しています。また筆者は撮影のため写っていません。
一部ガチ中華好き(私と私の先輩の南さん)が混ざっていますが、その他はいずれも、江湖に名にしおう魚好きの人々。熱い魚愛は、皆さんの好きな魚とその思いを見れば伝わるかと思います。
さて、何人かは集合時間より少し早めに集まったので、西川口でガチ中華の鮮魚を扱っている中華食材店の見学に伺います。
伺う店は<好又鮮(こうゆうせん)>。じつは第二部で取り上げる予定の店なのですが、この店は料理店だけでなく、鮮魚も取り扱う中華食材店を経営しています。
伺うとなるほど魚の種類が多いです。入り口には多くの生簀を置き、奥には所狭しと魚を並べています。ちょっとした駅前の魚屋さんくらいはある感じです。
緑の網に入った丸っこいのは何かと聞いたらタニシでした。<螺蛳粉>(ルオスーフェン)というタニシ麺が流行っていると聞いたことがあります。それに使うのでしょうか?
<好又鮮>の生簀。筆者は魚に詳しくないので、こういうのを見ると水族館に来たようでテンションが上がります。
中華食材店<好又鮮>の魚売り場。なかなかの品ぞろえです。タバコを吸っているおじちゃんも、いかにも魚屋さんという感じできまってますね。
東北鯉料理ジェットストリームアタック:1品目<鉄鍋炖鯉魚>
さて、魚を見てウキウキの我々、一軒目、<滕記鉄鍋炖>に向かいます。
この店については既に、東京ディープチャイナのサイトでも佐藤憲一氏が「西川口ナイトウォーク 中国東北名物の巨大でガチな鉄鍋料理を食らう」でも紹介していますが、中国の東北(トンペイ)地方(遼寧省・吉林省・黒龍江省)の料理のお店です。
この店は、店の廊下に貼られた「東北八怪」(注6)の第一怪「上貼餅子下炖菜(上にパンを貼り下でおかずを煮込む)」の年画風の絵に描かれた説明文が示すように、大きいかまどにはめ込まれた鉄鍋で、煮込み料理(炖菜)の調理と主食のトウモロコシパン(玉米面餅)を焼くのを一緒にしてしまう、中国東北地方の郷土料理が食べられるので有名な店です。
「東北八怪」の第一怪「上贴饼子下炮菜」の絵。かまどの上に備え付けた鍋でトウモロコシパンを焼きながら魚を煮ているのが見えます。(注7)
この鉄鍋炖は東北料理の名物とされていて、7世紀、唐を創建した李世民が偵察中に敵に襲われ、周の太公望(呂尚)の子孫を名乗る薬草拾いに助けられて鉄鍋料理を振る舞って介抱してもらったなんて伝説もあります。
ただ、実際にこの鉄鍋とかまどが一体化した形式が普及したのは19世後半から20世紀前半、政策により山東半島の漢民族が東北地方に移住した時期(闖関東(チュァングヮンドン))以降ではないかと思います。(注8)
中国の東北地方は、中国全体でみるとそこまで淡水魚養殖が盛んな地域ではないですが、吉林省や黒龍江省は内陸の省であり、淡水魚料理もよく食べられています。特に黒龍江省鏡泊湖のコイは「鏡泊鲤」として有名です。今回は現地、中国東北部の鯉は手に入りませんので、日本の活きた鯉で鯉料理を三種拵えてもらうこととなりました。
中国黒龍江省鏡泊湖に流れ落ちる吊水瀑布という名の滝
「鏡泊湖鱼」は鯉のこと
店に入ると、すでに一品目<鉄鍋炖鯉魚>(鯉の鉄鍋煮込み)の準備がされていました。(注9)
鉄鍋の底に横たえられた鯉一匹。入っている野菜は葱や生姜など。板春雨も入っています。醤油ベースの出汁に八角の香りと複雑なスパイスの香りもします。五香粉(ウーシャンフェン)より複雑な香りなので、多分東北地方でよく使われる、十三香粉(シーサンシェンフェン)(注10)ではないかと思われます。
鉄鍋炖鯉魚。大鍋に悠然と泳ぐ鯉という風情。
※次回、第1部後編は、ついに鉄鍋炖鯉魚をみんなで食らいます。
注1 「中華料理の人気メニューランキング!みんなが好きな”これぞ中華”を大調査」(dポイントクラブ)
注2「2022年全国漁業経済統計公報(中華人民共和国農業農村部漁業漁政管理局)
注3「令和4年(1)漁業・養殖業の国内生産の動向」(水産庁)
注4 参考:「中国太湖周辺における淡水魚介類食文化の記録」(中島 淳・佐藤 辰郎・鹿野 雄一・島谷 幸宏) 「産業の発展を猛スピードで推し進めた中国の淡水漁業」(邴旭文)
注5 参考:菅豊「家魚の国・中国」(『家畜の文化誌』(岩波書店2009)所収)
注6 中国では各地の名物や風習を選んで「八怪」や「十六怪」などとして並べるのが好きです。人によっても違うのですが、東北地方の八怪は「上貼餅子下炖菜」(上にパンを貼り下でおかずを煮込む)、「姑娘叼着旱烟袋」(少女のくわえタバコ)、「窗户纸糊在外」(窓の防寒で紙を貼る)、「养活孩子吊起来」(赤ん坊を吊るして育てる)、「大缸小缸淹酸菜」(大甕、小甕に入れた酸菜の漬物)、「翻穿皮袄毛朝外」(裏地つきのコートを着る)、「草皮房子篱笆寨」(草葺の家に植物の籬)、「家家門口大醤缸」(家々の門口の大きな瓶)となります。
注7 絵の説明文は「その昔、東北地方の貧しい人々は、料理と寝床の床暖房(炕)を兼ねた大鍋(とカマド)一つだけで快適に気楽に暮らしていました。そのため、料理は一つの鍋で煮込んだものでした。鉄鍋の煮込みは、特製の木製の蓋を使い、大きな鉄鍋をとろ火にかけて煮込んだもので、濃厚で、素材の味を引き立てた味でとても美味しいです。別添えの東北地方の農家の特産品であるトウモロコシパンと合わせて味わうと、健康にも良いです!」とあります。
注8 「鉄鍋炖」(百度)
なお、1980年代山東省に留学し、中国武術の一つである螳螂拳を学んでいた根本一己氏からは「留学先に鉄鍋とカマドはあったが、テーブルとしてそこで食事をすることはなかった」という話も伺いました。鉄鍋とカマドをテーブルにしてそこで食べるという食事形式は意外と近年のものかもしれません。
注9 店のメニューでは「铁锅炖活鱼」となっています。文中は料理法や魚種が分かるよう、名前を変更しています。
注10 八角、花椒、茴香、桂皮、黒胡椒、陳皮、生姜、甘草、ガランガル(ショウガ科の植物。ショウガに形は似るが味は大きく異なる)などを合わせた調味料。東北料理でよく使われます。
(吉村風)
店舗情報
滕記鉄鍋炖
埼玉県川口市西川口1-24-2 B1F
048-258-8888