なぜITトップはインド出身者が多いのか
Googleのサンダー・ピチャイ氏やMicrosoftのサティア・ナデラ氏など、近年グローバル企業のトップにインド出身者が増えています。なぜインドは、これほどまでに優秀な人材を輩出し続けるのでしょうか。昨年インドへ取材に訪れたフリージャーナリストの浜田敬子さんが、現地で目の当たりにしたインドの教育、文化とは。そして「ジュガール」と呼ばれる独自の精神など、世界が注目する「人材大国」の強さの秘密に迫ります。
東京ビジネスハブ
TBSラジオが制作する経済情報Podcast。注目すべきビジネストピックをナビゲーターの野村高文と、週替わりのプレゼンターが語り合います。今回は2025年6月22日の配信「インド取材記。なぜインドは優秀な人材大国なのか(浜田敬子)」を抜粋してお届けします。
なぜインドは世界で勝てるのか?優秀な人材を育む3つの土壌
野村:浜田さんがインドを取材されて、なぜインドが「優秀な人材大国」だと言われるのか、その理由をどのように感じましたか?
浜田:実際に訪れてみて、インドには人材大国になる素地があると強く感じました。理由は大きく3つあります。まず1つ目は、圧倒的な人口と理系教育です。人口14億人という母数の多さに加え、小さい頃から数学教育に非常に力を入れています。勉強のできる子どもは、男女問わずほとんどが理系に進み、その最高峰がインド工科大学(IIT)です。国内に23校ほどあるIITに、毎年約50万人が受験するということで、学生はすさまじい競争を勝ち抜いています。
2つ目の強みは、多様性から生まれるマネジメント能力です。インドにはもともと20以上の公用語や多くの宗教が存在し、非常に多様な環境です。そのため、異なる背景を持つ人々をまとめるには、ひとつひとつ論理的に説明し、理解を得るプロセスが不可欠です。この経験が、グローバル企業で多様な人材をマネジメントする際に、ごく自然に活かされているのです。
野村:なるほど。育った環境そのものが、グローバルなリーダーシップを育んでいるのですね。
浜田:そうです。自分のやり方を押し通すのではなく、相手の文化や慣習を理解してリーダーシップを発揮する「シチュエーショナル・リーダーシップ」という考え方も聞きました。Googleのピチャイ氏らが持つと言われる「共感力」の高さも、こうした背景から来ているのかもしれません。そして3つ目が「ジュガール」という精神です。
野村:ジュガール、初めて聞きました。
浜田:「ないならないなりにやる」という目的達成思考です。インドはインフラが未整備な部分も多く、問題が起きても完璧な環境を待つのではなく、今あるもので何とかして乗り越え、ゴールを達成する。その場の知恵でやり遂げる「ストリートスマート」な力強さが、変化の激しい今の時代に非常に合っていると感じました。
GAFAに勝てない…インド最高峰「IIT」の採用戦線で日本企業が苦戦する理由
野村:それほど優秀な人材がいるのであれば、日本企業も採用に動いているのでしょうか。
浜田:数多くの日本企業が採用のためにインドを訪れています。しかし、採用競争でかなり苦戦しているのが実情です。特に最高峰のIITでは、大学側が就活ルールを決めており、学生は1社からしか内定を得られません。
野村:独特なルールですね。
浜田:12月に行われる面接期間は「Day1」から「Day6」のように日程が区切られています。「Day1」に面接できるのはGAFAを筆頭とするグローバル企業や世界的なコンサルティングファームで、彼らが優秀な学生をどんどん採用していきます。日本企業が面接の機会を得られても「Day6」といった後半になってしまい、その頃には優秀な学生の多くが内定を得てしまっているのです。
野村:そもそも、良い学生に会うことすら難しいのですね。
浜田:それに加えて、大きなネックになるのが給与です。GAFAクラスとは水準が全く違いますし、インドのグローバル企業は年15%ほど昇給することもあるそうです。彼らは給与交渉にも非常にアグレッシブですが、日本の横並びの給与体系では、「成果を上げたのになぜ給与が同じなのか」という彼らの要求に応えるのが難しいのです。
給与で負けても勝機あり?インドの若者が日本を選ぶ意外な動機
野村:給与面で太刀打ちできないとなると、日本企業がインドの優秀な人材を獲得するのはかなり難しそうですね。
浜田:そこは大きな課題です。しかしその一方で、インドの学生の中に、日本で働きたいと希望する人もいます。その一番の動機が何か、わかりますか?
野村:なんでしょう……安全性とかでしょうか?
浜田:アニメです。
野村:やはりソフトパワーですか!
浜田:そうなんです。漫画とアニメの力は本当にすごいと感じました。日本のカルチャーが好きで、「給料が多少安くても日本で働きたい」と考えてくれる若者がいるのです。日本企業側も「給与はアメリカより低いけれど、生活費も安い」という点をアピールしているようです。給与で勝てない分、こうした日本の独自性が、彼らが日本企業を選ぶ一つのきっかけになっています。
野村:なるほど。それは大きなヒントですね。給与以外の魅力をどう伝えていくかが鍵になるわけですね。
楽天がインドで存在感を放つ理由とは?製造業の集積地としての新たな可能性
野村:インド市場で存在感のある日本企業というと、スズキなどが有名ですが、他に特徴的な企業はありますか?
浜田:意外なところでは、楽天が大きな存在感を示していました。楽天はインドで主にシステム開発やR&Dの開発拠点として非常に力を入れています。オフィス内に保育園やヨガルームを完備するなど、GAFAとの人材獲得競争の中で、給与面で劣る分を「働きやすさ」で補おうと努力されていました。
野村:働きがいだけでなく、働きやすさも追求しているのですね。
浜田:また、経済全体で見ると、米中関係の変化を受けてiPhoneの製造拠点が移転してくるなど、インドは「メイク・イン・インディア」を掲げるモディ政権のもと、製造業の集積地としての存在感を高めています。日本企業にとっても、インドをアフリカへの輸出拠点と捉える動きがあります。
野村:ポテンシャルは非常に大きいわけですね。
浜田:ただ、法律の複雑さといったビジネス上の障壁もあり、JETROの統計を見ても、実際に進出する日本企業の数は伸び悩んでいます。この課題をどう乗り越えていくのかが問われています。
楽天の例のように、給与だけでない価値を提供し、現地の課題を乗り越えている企業も出てきています。インドという巨大な市場と、そこにいる優秀な人材のポテンシャルは計り知れません。日本がこの流れにどう乗り、彼らと共に成長していくのか。まさに今、その戦略が問われているのだと思います。
野村:浜田さん、非常に興味深いお話をありがとうございました。
<聞き手・野村高文>
Podcastプロデューサー・編集者。PHP研究所、ボストン・コンサルティング・グループ、NewsPicksを経て独立し、現在はPodcast Studio Chronicle代表。毎週月曜日の朝6時に配信しているTBS Podcast「東京ビジネスハブ」のパーソナリティを務める。
(TBSラジオ『東京ビジネスハブ』より抜粋)