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名作住宅たちの革新的実験。国立新美術館の「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s」を見てきた

LIFULL

ミース・ファン・デル・ローエの未完のプロジェクト「ロー・ハウス」の原寸大展示(撮影:福永一夫)

約100年前の14邸の名作住宅を再考する革新的な展覧会

「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s」展のメインビジュアル

東京・国立新美術館で2025年3月19日~6月30日まで開催されている「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s」。

展覧会では、建築史に残る14邸の名作住宅の革新的な試みを、キーワードとなる衛生、素材、窓、キッチン、調度、メディア、ランドスケープという7つの観点から再考するという革新的なものとなっている。

展示会場入り口から展示会場を望む(撮影:福永一夫)

建築の展覧会はなかなかに難しい。住宅そのものを展示する訳にはいかないため、そのスケールが伝わりにくいという課題がある。今回は、その7つの観点を示し、写真や映像、ミニチュアのモックアップ、設計図、貴重な資料などを駆使しそれぞれの名住宅を紹介している。

紹介されている名作住宅は以下の14邸。
ヴィラ・ル・ラク 1923年/ル・コルビュジエ、フィッシャー邸 1967年/ルイス・カーン、メゾン・ド・ヴェール 1932年/ピエール・シャロー、トゥーゲントハット邸 1930年/ルードヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ、SH-1 1953年/広瀬鎌二、ムーラッツァロの実験住宅 1954年/アルヴァ・アアルト、土浦亀城邸 1935年/土浦亀城、カサ・デ・ヴィドロ 1951年/リナ・ボ・バルディ、ナンシーの家 1954年/ジャン・プルーヴェ、フランク&ベルタ・ゲーリー邸 1978年/フランク・ゲーリー、スカイハウス 1958年/菊竹清訓・菊竹紀枝、ミラー邸 1957年/エーロ・サーリネン アレクサンダー・ジラード ダン・カイリー、聴竹居 1928年/藤井厚二、ケース・スタディ・ハウス#22 1960年/ピエール・コーニッグ。いずれの住宅も「名作」と呼ぶにふさわしい有名住宅である。

名作住宅たちの実験を住まいの7つの戦略視点から紐解く

「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s」では、各々の名作住宅の個々のアプローチを展示・解説する以外に7つのアプローチに注目したのは先に述べた通りである。

今回の展覧会のゲスト・キュレーターのケン・タダシ・オオシマ氏は論考「リビング・モダニティ:過去から現在、そして未来へ」の序文の中で、「リビング・モダニティ展では、住まいのモダニティを探求するために7つの基本的な戦略("衛生:清潔さという文化"、"素材:機能の発見"、"窓:内と外をつなぐ"、"キッチン:現代のかまど"、"調度:心地よさの創造"、"メディア:暮らしのイメージ"、"ランドスケープ:住まいと自然")を定めた。建築家は、これら住宅における戦略に根ざした実験を通じて、個々の卓越したデザインを生み出し、後続のデザインに与える多大な影響を通じて、より幅広い人々の日常生活への自身のデザインを届けることができた」(※新建築社 住宅特集2025年4月別冊 展覧会公式カタログから)と述べている。

7つの戦略と、各住宅のアプローチ

それぞれの名作住宅のモックアップも展示されている(展示風景 撮影:福永一夫)

7つの戦略と、すべて紹介できないが各住宅のアプローチをほんの一部だけ紹介したい。

衛生:清潔さという文化 :感染症と闘ってきた人類の歴史において近代ほど建築が衛生に向き合った時代はないとし、「ヴィラ・ル・ラク」の日光浴や沐浴のための衛生設備や「トゥーゲントハット邸」の配管システムをつかった寝室に隣接する浴室ユニットなどを紹介。

素材:機能の発見 :産業革命がもたらした様々な素材の選択。「メゾン・ド・ヴェール」では、従来床材であったガラスブロックを垂直に立て、壁材として利用している。

窓:内と外をつなぐ :石やレンガで堅牢だった住宅は、フレーム構造の確立や大判ガラスの普及などで窓によって内と外をつなぐ暮らしへのビジョンが表現されるようになった。「フィッシャー邸」では外壁と連続したガラス面と開き戸にベンチを組合わせた窓辺をつくりだしている。

キッチン:現代のかまど :近世では使用人などの家庭内労働者が炊事を担っていたが、工業化で労働が向上に移ると近代では主婦が家族のために炊事を担うことになる。菊竹清訓の「スカイハウス」では、時代の変化に合わせて交換可能とする「ムーブネット・システム」を実践している。

調度:心地よさの創造 :1920年代以降の建築家やデザイナーは「バウハウス」をルーツとするシンプルで機能的な調度を生み出すようになった。床の間や座敷と椅子に座る暮らしを統合した調度も含めた藤井厚二の「聴竹居」など調度と建築が融合する取組みがみられる。

メディア:暮らしのイメージ:近代の建築は常にメディアと共にありプライベートだった住宅が暮らしのイメージとして展開されるようになる。「ケース・スタディ・ハウスプログラム」は一連の提案住宅として完成後の一定期間一般公開する展示プログラムであった。建築自体がメディアになったという。

ランドスケープ:住まいと自然:近代のランドスケープは自然環境の制御と自然環境と共にありたいとするふたつが拮抗する。リナ・ボ・バルディの「カサ・デ・ヴィドロ」は植物が少ない土地で床を半分浮かせることで周りの植物が目に入るように設計された。

展覧会で紹介された日本の名住宅「聴竹居」、「土浦亀城邸」、「スカイハウス」、「SH-1」

藤井厚二の「聴竹居」展示コーナー(撮影:福永一夫)

今回の展覧会では日本の名住宅が4邸紹介されている。
そのうち3邸はLIFULL HOME'Sで紹介しているが改めてみていこう。

まずは藤井厚二の「聴竹居」。
日本の環境共生住宅の原点とされ、2017年7月に国の重要文化財として指定された。
LIFULL HOME'S PRESSでも数回にわたって「聴竹居」を取り上げた( 「日本の環境共生住宅の原点。戦前に建てられた藤井厚二『聴竹居』に豊かさを学ぶ」 「京都・大山崎の「聴竹居」。家族を愛し、5度も自邸を建てた藤井厚二の科学と悦楽」)
各々の過去の記事で「聴竹居」の藤井厚二の思いや建物の紹介はみていただくとして、今回の展覧会では"環境とともに暮らす日本の家"として光や風、空気の循環などを取り入れながら、着物の生活の中の椅子は低く背の帯が抜けるように設計したなど、調度にまでこだわった藤井の設計を紹介している。

次に紹介するのは、土浦亀城邸。
東京・目黒にあった建築家・土浦亀城の自邸だが、一度解体の危機になったものの、現在では東京・青山の「ポーラ青山ビルディング」の敷地の一角に移築されている( 「土浦亀城・信子の自邸が解体の危機を乗り越えて移築」)。1995年に東京都指定有形文化財、1999年にはDOCOMOMO Japanによる最初の20選に選ばれている。
今回の展覧会の紹介では、ドイツで考案された鉄骨と規格化パネルで組み立てる「トロッケンバウ」を日本の大工技術と木造に翻訳した木造乾式工法を用いた住宅として紹介している。

菊竹清訓の「スカイハウス」のモックアップ展示(撮影:福永一夫)

3つ目は菊竹清訓の「スカイハウス」。
社会の変化に伴い成長する建築・都市のあり方を追求した「メタボリズム」の日本の建築の代表格である。「メタボリズム」に通じる自らの建築思想である「とりかえ可能な住宅」を具現化した菊竹清訓の自邸は、国の重要文化財に内定となった。LIFULL HOME'S PRESSではこの住宅と菊竹の設計思想が伊東豊雄や妹島和世にも影響を与えた逸話も載せた( 「菊竹清訓の「スカイハウス」 "全員が対等"という家族観が生んだ「メタボリズム」の出発点」)。
今回の展覧会の紹介では、菊竹が住宅をリビングなどの「空間装置」とキッチンなどの「生活装置」に分け、後者を更新することで変化に対応する「ムーブネット・システム」と呼び、家族の変化にあわせた増改築を繰り返したことを紹介している。

最後は広瀬鎌二の「SH-1」。
構法に関心を持ち続け、簡単に建てられる鉄骨の家を広めるため、手に入りやすい比較的安価な部品を組合わせて短期間で建設できるようにした広瀬の自邸。「SH-1」をきっかけとして標準化されたのちの量産住宅の生産システム貢献したと紹介されている。会場ではその構法の一部がサンプル展示されていた。

広瀬鎌二の「SH-1」の構法モックアップ

近代建築巨匠の名住宅。ル・コルビュジエの「ヴィラ・ル・ラク」、ミース・ファン・デル・ローエの「トゥーゲントハット邸」

日本だけでなく、近代建築家を代表する巨匠の作品にも少し触れてみたい。

数々の名住宅・名建築を手がけ、日本の建築界にも大きな影響を与えたル・コルビュジエ。
今回の展覧会では、スイスのレマン湖畔にコルビュジエが両親のために建てた住宅「ヴィラ・ル・ラク」が紹介されている。
両親が安らかに暮らせる環境にコルビュジエの住宅に対するヴィジョンが凝縮されているという。大きな横長の窓から湖や山々の風景が望め、思い通りの広さと屋上庭園など新しい建築の考え方が具現化された。

もう一人は、ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライトと共に、近代建築の三大巨匠といわれるミース・ファン・デル・ローエ。
「トゥーゲントハット邸」はチェコ・ブルノ近郊にあり、市街を見渡せる傾斜地に建っている2階建ての住宅だ。彼の名言として「レス・イズ・モア」、「神は細部に宿る」が有名だが、「トゥーゲントハット邸」にも構造的な透明感、最小限の装飾、素材の本質を強調するデザインなどその建築ビジョンがみえる。

ミース・ファン・デル・ローエ設計の未完のプロジェクト「ロー・ハウス」を原寸大展示

ミース・ファン・デル・ローエの未完のプロジェクト「ロー・ハウス」の原寸大展示(撮影:福永一夫)

今回の展覧会の大きな見どころが、2階会場に設置されたミース・ファン・デル・ローエの未完のプロジェクト「ロー・ハウス」の原寸大展示だ。

そのスケールは幅16.4m×奥行16.4mに及び、原寸大での実現は世界で初めての挑戦となるという。ミース・ファン・デル・ローエは、「ロー・ハウス」に関する多くの計画案を残していたが、建物として "実在する" ものは世界にひとつもないため、残された図面や資料をもとに模型を作り、原寸大で実現したという。

今回その制作にあたって国立新美術館では初となるクラウドファンディングで資金を募った。無事、クラウドファンディングの目標額を超え、制作費用に充てられた。

実存しない空間を実際に体験できるのは貴重な機会となる。ぜひ、2階の展示も見てほしい。

名作住宅の設計思想、近代における住まいへの実験が今の私たちの住宅にどのように活かされているのか、名住宅から学べるこの展覧会。展覧会は2025年6月30日まで国立新美術館で開催されており、その後は、兵庫県立美術館にて2025年9月20日~2026年1月4日のスケジュールで巡回予定だ。

すべての住宅の写真も含めこの記事で紹介できないが、百聞は一見に如かず、名作住宅を様々な視点から味わえる貴重な展覧会にぜひ足を運んでほしい。

■「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s」
https://living-modernity.jp/

会期
2025年3月19日(水) ~ 2025年6月30日(月)
休館日:毎週火曜日

開館時間
10:00~18:00
※毎週金・土曜日は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで

会場
国立新美術館 企画展示室1E、企画展示室2E
〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2

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