2人の日本人画家の軌跡 ― 兵庫県立美術館「藤田嗣治×国吉康雄」(読者レポート)
兵庫県立美術館で特別展「藤田嗣治×国吉康雄:二人のパラレル・キャリアー百年目の再会」が開かれています。
20世紀前半の激動の時代を、日本・パリ・ニューヨークで活躍した二人の画家の代表作をはじめ多くの作品と手紙などの資料で二人の軌跡をたどる展覧会は、興味が尽きません。
20世紀前半をパリとニューヨークで生きた画家二人の軌跡
藤田嗣治といえば、おかっぱ頭にまる眼鏡のイメージを多くの人が持っている画家ですが、東京美術学校卒業後、単身フランスにわたり、1920年代、「素晴らしき乳白色の下地」と称賛された独自の画風で、パリの寵児としてフランスでの名声を博しました。
(左)藤田嗣治《タピスリーの裸婦》1923年 京都国立近代美術館
一方、国吉康雄は、16歳で労働移民として渡米後、画才を認められて研鑽を積み、アメリカ具象絵画を代表する画家としての地位を確立します。「ユニバーサル・ウーマン」と呼ばれる女性像を描き、人気を不動のものにしました。
国吉康雄《化粧》1927年 福武コレクション
本格的な二人展は、国内外の美術館で初の試み
1975年に、兵庫県立美術館の前身である兵庫県立近代美術館で、別々にそれぞれの展覧会を開催して以来、まとまった二人の作品が紹介されるのは約50年ぶりとなります。
二人の年齢は3歳違いですが、藤田嗣治が東京の陸軍軍医の次男で東京美術学校卒業後、パリに留学、一方、国吉康雄は岡山から労働移民として渡米後、自活しながら美術教育を受け、頭角を現していくというように、二人には共通点が少ないと考えられていたため、二人そろっての二人展は国内外美術館での初の試みです。
《会場風景》
今展覧会では、国内から藤田嗣治37点、国吉康雄79点など約120点の絵画作品などが展示されています。
二人がフランスとアメリカで活躍したという違いで、作品を所蔵する美術館や研究者が異なるため、一つの展覧会としてまとめることがむずかしいと考えられていました。
それらの困難を乗り越え、今回展覧会が開催されるに至りました。私たちは観覧者としてそのおいしい果実を存分に味わい尽くしましょう。
《会場風景》
二人の作品をおなじ空間に並べることによって見えてくるものは?
20世紀前半、二人は、それぞれの思いをもって、国際港・神戸からフランスへ、アメリカへ旅立ちました。
1925年、パリ留学後、絶頂期を迎えた藤田がいるパリを国吉が訪れます。アメリカ在住歴20年になる国吉もパリでは新人でした。その後1928年にも国吉はパリを訪れますが、パリで二人の直接の交流は確認されていないということです。
藤田嗣治《自画像》1929年 東京国立近代美術館
パリとニューヨーク、離れた地とはいえ、二人は日本出身の画家として独自の画風を確立していきます。いずれも、西洋と東洋の技法を独自に融合した点で評価されています。
二人の作品をおなじ空間に並べることによって、国吉康雄の個展を見るだけではなかなかわからなかった、藤田嗣治によって照射された国吉康雄の魅力に気づけるはずです。
《会場風景》
絵画のほか、手紙などの資料も多数展示!二人の直接の交流を示す「色紙」も初公開!
今展覧会では、約120点の二人の絵画のほか、手紙などの資料66点が展示されています。
パリで二人の直接の交流を示すものはありませんでしたが、今展覧会の準備を通して、二人の直接の接触をしめすエビデンスが見つかったとのことです。
その一つが、今回確認された「色紙」です。1930年、ニューヨークでの「藤田嗣治画伯歓迎会」での席上寄せ書きです。写真でも、肉眼でもわかりにくいのですが、国吉康雄と近藤赤彦が描く牛の左上に、藤田嗣治が描いた暖簾とサインがかすかに確認できます。
藤田嗣治と国吉康雄の直接の交流をしめすエビデンスとして世界初公開です。
《会場風景》右:国吉康雄、近藤赤彦、藤田嗣治《色紙》1930年 トム&シェリル・ウルフ氏所蔵
パリとニューヨークで別々に花開いた二人の才能が、ニューヨークで交差しました。そのことがその後、それぞれにどんな影響を与えたのか、興味深いです。
その後、太平洋戦争を挟み、二人が相まみえることはかないませんでしたが、100年後、今展覧会で二人は再会を果たしたと言えるかもしれません。その瞬間に立ち会える私たちは、なんという幸福でしょうか?
兵庫県立美術館のみの開催で巡回なし!絶好の機会を見逃す手はない!
周到かつ綿密に準備され、二人の画業が網羅された今展覧会ですが、兵庫県立美術館での開催のみで他の美術館への巡回はありません。
二人がそれぞれの思いを抱いて旅立った神戸の地、兵庫県立美術館での開催は二人展には最もふさわしい場所かもしれません。
今展覧会では、二人の代表作も多数展示されています。藤田嗣治の女性群像の到達点である「舞踏会の前」は、必見です。
《会場風景》
国吉康雄自らが「自らの最高傑作のひとつ」とコレクターへの手紙に書いた「ミスターエース」は、戦後に描かれました。色彩豊かな鮮やかさと同時に意味ありげな不穏さも感じさせます。
国吉康雄《ミスターエース》1952年 福武コレクション
特別展「藤田嗣治×国吉康雄:二人のパラレル・キャリアー百年目の再会」展は、兵庫県立美術館で8月17日まで開催中です。
今まで個別に語られてきた二人の画家について、おなじ空間に並べることによってより鮮明に対比させることができます。その興味深い化学変化をご自身でご体験ください。
[ 取材・撮影・文:atsuko.s / 2025年6月13日 ]