【ドキュメンタリー映画「夢を喰う THE WRESTLER」の藤森圭太郎監督インタビュー】 ロス五輪金メダリスト富山英明さんの半生を追う。「レスラー」の競技引退後の生き様とは
伊東市のミニシアター「金星シネマ」で12月4日から、三島市の映画監督・藤森圭太郎さんの長編ドキュメンタリー映画「夢を喰う THE WRESTLER」の上映が始まった。1984年のロサンゼルス五輪レスリング57キロ級金メダリストで現在は日本レスリング協会会長を務める富山英明さんの半生を追った作品は、2015年の製作開始から8年の歳月を費やして完成に至った。現役を終えてなおレスリングの高峰を目指して歩みを止めないレスラーの姿を映し出す。自らの地元に近い伊東市での上映を喜ぶ藤森監督と、本作について語り合った。(聞き手・写真=論説委員・橋爪充)
「この人に勝るキャスティングはないな、と」
-長編映画の監督は初めてですか。
藤森:自分が撮りたくて撮っているのは初めてですね。時間がすごくかかってしまいました。
-「フラガール」「悪人」「流浪の月」などで知られる李相日監督と仕事をされていたとか。
藤森:李さんとは10年以上の付き合いになります。「夢を喰う THE WRESTLER」の企画が実際に動き出したのは2016年。(助監督として参加していた)「怒り」の撮影を終えたぐらいの時期でした。
-富山英明さんとの接点はどのあたりだったんですか。
藤森:(2015年ごろ)ドキュメンタリー映画を作りたくて題材を探していたんです。いろんな人に話を聞いていたら、自分の父親が富山さんを知っていて。自分は1985年生まれなので、ロス五輪を知らないんです。富山さんのことも知らなかった。ただ「夢を喰う」という富山さんの自叙伝を読んだら「これは映画になる」というひらめきがあった。それで、父に紹介してもらいました。
-李さんは主に劇映画の監督ですよね。長編初作品をドキュメンタリー映画にしたのは何か意図があったんですか。
藤森:手法や描き方に関しては特に意識していませんでした。自叙伝を読んだ時は、劇映画として立ち上げるのも面白いかなと思っていたんですよ。でも富山さんにお会いした時の印象で、この人に勝るキャスティングはないな、と。自分がカメラ一つ持って映画が作るような形にトライしようと決めました。
-富山さんはレスリングの競技者として華々しい成績を残しています。こうした場合であれば現役時代を描くのが定石であるようにも思うのですが、なぜ引退後の40年に焦点を当てているのでしょう。この作品ならではの視点、特色が感じられます。
藤森:仮に劇映画という形を取っていたら、五輪でメダルを取るまでの半生を描くやり方を選んでいたような気がします。自叙伝もそこで終わっていました。ただ、その先が気になったんですよね。アスリートの引退後の人生がどんなかということ。そして引退後の方が人生は長いということ。そこがポイントであるような気がして。
「目の奥がメラメラしている」
-映画は2016年のモンゴル・ウランバートルでの国際大会の場面から始まります。それまでに富山さんとはどのような話をされていたのですか。
藤森:「こういう形で撮ります」というスタートではありませんでした。ご本人は「何で俺なんか撮るの」って言っていたんですよ。レスリングといえば高田裕司さんがいる、という意識だったようで。ご自分がレスリングの映画の取材対象者になることについて、ふに落ちていなかったようです。でもそこが良かったのかもしれません。「好きなようにやれば」という感じだったので。
-取材者(藤森監督)と取材対象者(富山さん)の距離がとても近いですね。富山さんが監督を務める日本大レスリング部の寮にもカメラが入っていく。このあたりの距離についてはどう測っていたのですか。
藤森:富山さんはある種、ひょうひょうとしていますからね。核心にたどりつくには難しい被写体だと思っていたんです。だから、ある時期からただただ横で見続けるスタイルに切り替えました。富山さんにとって空気のような存在になったようですね。そうしたら、自然に話しかけてくれるようになって。
-ご親族の葬儀の場面もありますね。
藤森:茨城県のご実家でのお通夜に行ったんですが、仏さまにカメラを向けるのに抵抗があって撮影できなかったんですよね。でも、戻る時に「これでいいのかな」「やっぱり撮るべきだ」と思いました。連絡したら、喪主のお兄さんに相談の上で受け入れてくれた。記録として撮ってくださいと。家族のように受け入れてくださいました。
-ああいう場所に立ち入れるほどの信頼関係が生まれたのはなぜでしょうか。
藤森:富山さんは「波長が合ったんじゃない?」という言い方をしてましたね。
-映像を通じて、富山さん、そしてレスラーという名前が付く人たちの肉体のすごみが伝わってきます。ただ、人間ドラマとレスリングの技術描写のバランスが難しかっただろうなと想像します。どんな点に気を配りましたか。
藤森:レスリングを題材にすれば(作品に)力が生まれると思ったのは、僕自身が競技を知らなかったことが幸いしたと思います。互いの体がぶつかって、一瞬で勝負が決まる。それで全てが変わってしまう。そこにテーマ性があるなと思ったんですよ。レスリングの専門的な描写は一定程度必要かもしれませんが、大きなテーマは「人が何かに向かって体で立ち向かっていく」というもの。そこを見せたいと思いました。
-いかにアスリートであろうと、人間である以上、加齢に伴って肉体の「衰え」「滅び」はやってきます。でも、富山さんはそれに徹底的にあらがおうとしている。そして指導者としても心血を注いでいる。その両方の追求の仕方が常人とは思えない。この映画では、その意志がよく現れているように感じました。
藤森:おっしゃる通りだと思います。レスリングに対する視線の送り方、目がずっと変わらないんですよね。肉体、そして顔のしわは変わっていくけれど、目の奥は常に変わらずメラメラしている。
-最後の場面、富山さんのモノローグを背中側からずっと撮影しています。
藤森:奥さまが亡くなって、1年後。納骨を終えて茨城の実家の近くで撮影しました。ご自分の人生を振り返るような話が始まりましたが、ずっと前を向いて歩いているんですよね。「こうやってまだまだ続いて行くんだな」という思いが湧くのと同時に「これがこの映画の着地点だ」とはっきり分かりました。
ー静岡県西伊豆町安良里の風景が複数回出てきます。作品中でも語られていますが、富山さんの別荘なんですか。
藤森:ご自分の実家の周りにはなかったので、海が好きなんでしょう。いろんなご縁があって安良里に別荘を構えているようです。編集後の作品では(安良里の場面を)2回使っていますが、取材ではもっと多く同行しています。富山さん、西伊豆の夕日の写真をよく送ってくれるんです。あそこでパワーをもらっているんじゃないでしょうか。
ピアノ曲に合わせて映像を編集
-全編にわたって響くピアノのソロ曲が素晴らしいですね。ジャズピアニスト野瀬栄進さんとの劇伴作りはどのように進めたのですか。
藤森:野瀬さんとは、ずっとお世話になった写真家の宮本敬文さんを介して出会いました。敬文さんは2016年夏に亡くなりました。野瀬さんは敬文さんが亡くなった時にトリビュート的なアルバムを作って、名刺代わりに僕にくれた。今回の映画では、それを何とか使いたかったんです。
-長めのショットに合わせてゆったり使っていますよね。
藤森:野瀬さんは、この映画のための劇伴を作ることを申し出ていただいたんですが、丁重にお断りして。ほとんどの曲は、敬文さんのトリビュートアルバムから使わせてもらいました。だから、かなり音楽に合わせた編集をしています。できるだけ切らないように。
-野瀬さんのピアノは間が多いので、映し出されている風景を眺めながらピアノの音を聞いていると、いい余韻が続くんですね。ちょっと前の場面を反芻する時間を与えられたように感じます。
藤森:野瀬さんは(米国)ニューヨークから、北海道の拠点までスタインウェイのピアノを運んできたんですが、何もエフェクトをかけていないのに音が「ビーン」と伸びるんですよね。今回の作品では音が減衰するまで映像を使っています。そのあたりも楽しんでいただけたらうれしいですね。
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■映画「夢を喰う THE WRESTLER」
上映館:金星シネマ
住所:伊東市吉田573-1
上映時間:12月4日(水)~12月8日(日) 毎日午後1時から
12月11日(水)~12月15日(日) 毎日午前10時から
鑑賞料金:一般1500円、シニア(60歳以上1200円、高校生1000円
イベント:
12月6日(金) 上映後に藤森圭太郎監督と出演の富山英明さんの舞台挨拶
12月7日(土) 上映後に藤森圭太郎監督と出演の富山英明さん、伊東市出身の高校生レスラー山本はるあ選手のトークイベント
※詳細は金星シネマの公式サイト(https://kinboshicinema.com/)参照