堤防や磯で見かける青い小魚<ソラスズメダイ>を飼育してみる その美しい姿は採集の「原点」?
関東以南の太平洋沿岸では、青く輝くスズメダイの仲間を海で見ることができます。それらは、スズメダイ科に属するソラスズメダイという魚です。
防波堤や海で大きな群れを作っているソラスズメダイの姿はきわめて美しいもの。そして、海水魚採集家である筆者にとって、ソラスズメダイの採集は「原点」とも言えるのです。
ソラスズメダイの美しい姿を見て、採集して飼育したいと考える人もいると思います。しかし、その楽しみを知ってしまえば最後、もう後には戻れません。
ソラスズメダイは海水魚採集家の「原点」
私は魚の採集や飼育を趣味としているのですが、その原点といえるものの一つが1991年夏の出来事です。
当時4歳だった私は、家族旅行で和歌山県の海を訪れました。そこでは海で泳ぐだけでなく、網を持って、父親と魚を採集して遊んでいました。
バケツの中には、カゴカキダイやオヤビッチャ、アナハゼのほか、きらきら光り輝く青い魚がいました。それが、ソラスズメダイでした。
それ以降、私はこの趣味にのめりこむようになったのでした。
ソラスズメダイはこんな魚
ソラスズメダイPomacentrus coelestis Jordan and Starks,1901はスズメダイ科・ソラスズメダイ属の魚です。
この属の魚はほぼ熱帯・亜熱帯に生息していますが、このソラスズメダイ(とナガサキスズメダイ)は温帯の環境によく適応した種で、紀伊半島や四国でも越冬しています。体長は8センチ、全長で10センチほどになります。
ソラスズメダイ属の魚たち
ソラスズメダイ属(Genus Pomacentrus)は、熱帯のサンゴ礁に生息するスズメダイ科のいちグループ。
種数は非常に多いのですが、すべての種が南アフリカ東岸から、中央太平洋に見られるもので、東太平洋や大西洋には分布せず、ハワイ諸島や、イースター島からの記録もありません。
また、広域分布種のほか、狭い海域に固有の種もいくつか知られており、種数は80を超える大所帯のグループです。
ソラスズメダイ属の魚は青いものが多いかと思いきや、実際には青いものは少なく、日本産ソラスズメダイ属魚類で成魚でも青いものはソラスズメダイとクジャクスズメダイくらいです。
海外ではほかにも尾鰭下葉の黒いアンダマンダムゼルフィッシュ(アレンズダムゼルとも)や、腹部が鮮やかな黄色になりその範囲が広いゴールドベリーダムゼルフィッシュなどが知られていますが、中には西インド洋(モルディブなど)にすむカールレアンダムゼルのようにソラスズメダイとの見分けが困難な種さえいるのです。
ソラスズメダイ属の中には、幼魚の体色が非常に美しい種が何種か含まれています。メガネスズメダイやオジロスズメダイ、ナガサキスズメダイ、クロメガネスズメダイなどといった種です。
しかしながら、これらの魚は残念ながら成長に伴い地味な色彩に変わってしまい、また、体が真っ黒になる種については同定が困難になることも多くあります。
ソラスズメダイによく似るルリスズメダイ
ソラスズメダイによく似た青いスズメダイ科の魚に、ルリスズメダイという魚がいます。
従来は日本太平洋岸の各地で青いスズメダイ科の魚が採集されると、ルリスズメダイやシリキルリスズメダイと同定され報告されたケースもありますが、その後、九州以北で採集され「ルリスズメダイ」として報告されたものは、ほとんどがソラスズメダイの誤同定である可能性が高いとされました。
ルリスズメダイの分布は実際には高知県、鹿児島県南さつま市、薩南諸島以南とされており、相模湾でも水中写真が撮影されているものの、相模湾の個体は残念ながら人為的な移入によるもの(飼いきれなくなり放流したなど)ではないかと筆者は思っています。
ルリスズメダイはソラスズメダイに似ていますが、鱗の模様が異なることや、鰭の色彩に違いが見られます。
ソラスズメダイの鰭、特に尾鰭や臀鰭は黄色ないし白っぽいのですが、日本産のルリスズメダイでは青もしくは透明で、そのような色彩にはならないので見分けられます(パラオやインドネシア、ニューギニアでは鰭が黄色いルリスズメダイがいる)。
また色彩もソラスズメダイはブルーグリーンの色なのに対し(ただし色彩をしばしば変化させることに注意)、ルリスズメダイはより濃い青色になります。
ソラスズメダイを採集してみよう
毎年夏から秋にかけて関東から九州の太平洋岸(ただし、ところによっては周年見られる)や、日本海岸の一部地域ではソラスズメダイの姿を見ることができます。
潮だまり(タイドプール)というよりは、海に潜って水深1メートルほどの場所で見られることが多いです。2本の短い網を手にもち、はさみうちにするようにすると簡単に採集することができます。
うまく網をさばけば10匹以上採集することができますが、飼育することを考えると少数を大事に持ち帰るのが安全。
また、採集シーズン初期に出てくる全長2センチ以下の小型個体は非常に弱く、扱いには注意が必要です。
漁港や防波堤の上からでも見られますが、そのような場所ではふつう、潜ることが禁止されています。そのため、潜って採集するというやりかたは使えず、長い2本の網を使って追い込むようにして採集します。
またタナゴ針などの細かい針を使って釣ることもでき、写真のようなカキの殻が多い場所ではこの方法が最も確実で、魚の体表を傷つけにくいので飼育もしやすくなります。
ソラスズメダイを飼育する
ソラスズメダイの飼育は、一般的な海水魚、例えばカクレクマノミなどをうまく飼育できている環境であれば、難しいところはありません。
水温は一般的な熱帯性海水魚飼育の適温とされる25℃でよく、ダメージを受けていなければ、大体翌日には餌(配合飼料)も食べてくれるはずです。
注意すべきなのは混泳で、小さな弱い魚、例えば遊泳性のハゼなどとの混泳はできるだけ避ける必要があります。
逆に本種の幼魚はまだかよわいところがあるため、強い魚との混泳は避けたいところです。
このようにソラスズメダイの飼育は海水魚としては容易ではあるものの、色彩の維持という意味ではやや難しいところがあります。
ソラスズメダイはあっという間に色を変えてしまい、体を青くしたり、黒っぽくしたりします。背景が黒っぽいと黒くなることもあるのかもしれませんが、明るいサンゴ水槽でも黒っぽくなってしまうことがあります。
夜間の休息時は写真のように全身が黒くなるほか、個体によっては灰色のまだら模様が現れることもあります。
自然下では「水温の低下に伴い体色は黒みを帯びる」との記述も見られ(ただし25℃で飼育していても黒っぽくなる)、「色を変えるのがソラスズメダイの魅力」ととらえるとよいでしょう。
磯に出てソラスズメダイを観察しよう
私にとって、ソラスズメダイは海水魚採集の原点。あの日、和歌山県の磯でカラフルなソラスズメダイとの出会いが、今の私を作っているといっても過言ではないといえます。
磯採集へ出かけてソラスズメダイを網におさめたら、ぜひ観察ケースの中でじっくり観察してみてください。
そして気に入ったらお持ち帰りして、じっくり飼育してみてください。ただし、お約束として、飼育した魚は最後まで世話するということを忘れなようにしましょう。
(サカナトライター:椎名まさと)
文献
樋口聡文・久木田直斗・本村浩之. 2022. 九州初記録のスズメダイ科魚類ルリスズメダイ.Japan.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 22: 5?8.
本村浩之・松浦啓一、(2014)、奄美群島最南端の島 ― 与論島の魚類.鹿児島大学総合研究博物館、鹿児島市・国立科学博物館
中坊徹次編(2013)、日本産魚類検索 全種の同定 第三版.東海大学出版会
西田高志・松永 敦・西田知美・佐島圭一郎・中園明信.2004.宗像郡津屋崎町沿岸魚類目録.九州大学大学院農学研究院学芸雑誌, 59: 113?136.