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歌枕とは?日本美術にも描かれた風景と想像力が織りなす世界

イロハニアート

昔の人が和歌に詠んだ場所、それが歌枕(うたまくら)です。そこに行ったことがない人でも思いを馳せる美しい風景は、時には絵画や工芸品のデザインとしても表現されました。 美術館でもきっと、作品名や解説に「歌枕」が登場することはよくあるはず。そんな魅力的な歌枕の世界をわかりやすくご案内します。

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色絵龍田川文皿

, Public domain, via Wikimedia Commons.

歌枕とは何か


歌枕とは、平安時代から和歌や百人一首の歌に詠まれてきた地名のことです。桜は「吉野山」、紅葉は「龍田川」など、古の日本人たちは実際の名所や旧跡を愛でるのはもちろん、想像上の心の風景としても慈しんできました。

和歌に特有の言葉というと、枕詞(まくらことば)を思い浮かべる人もいるかもしれませんが、両者はまったく別のものです。枕詞は和歌の表現技法のひとつで、「あしひきの」で「山」、「ぬばたまの」で「夜」といった特定の単語を引き出すための言葉です。

歌枕の英語訳には特に決まった表現はなく、Utamakuraとそのままローマ字で表し、a place famed in poetryといったように「歌に詠まれた地名」であることを説明するパターンが一般的です。なかなか外国語で表すのが難しい、日本独自の感性ともいえるでしょう。

サントリー美術館

引用元:歌枕 あなたの知らない心の風景

歌枕は古典文学との関連性が深く、飛鳥時代から奈良時代にかけての『万葉集』に由来し、江戸時代には『奥の細道』で松尾芭蕉が歌枕を巡る旅をしたことも知られています。

現実世界の場所のイメージを超えて、その土地を実際には見たことがない人にも、共通の景色を思い起こさせる歌枕。豊かな想像力が生み出した、心の旅の奥深さに驚かされます。

歌枕の代表例と和歌


歌枕の代表的な地名を紹介します。

歌枕所在地特徴・情緒・和歌との関係吉野(よしの)奈良県吉野町桜の名所として特に有名。春の象徴として多くの和歌に詠まれる。武蔵野(むさしの)東京都国分寺市・小金井市・府中市など広がる野原が特徴で、秋・寂しさ・無常・孤独・放浪を象徴する地。宇治(うじ)京都府宇治市静寂で風雅な地として、多くの和歌や物語に登場。『源氏物語』宇治十帖の舞台でもある。小倉山(おぐらやま)京都府嵯峨野紅葉と深い関係があり、百人一首の編纂地とされる。天の香具山(あまのかぐやま)奈良県橿原市万葉集に多く登場する神聖な山。神話とも関わりが深い。

歌枕を知るには、和歌に触れることが一番です。代表的な歌枕が登場する歌を二つ見てみましょう。

吉野山みねなる花はいつかたのたににかわきてちりつもるらん 西行
『山家集』巻上:春

ここでいう「花」とは桜のことで、奈良県の吉野山(吉野)は古くから桜の名所として知られた場所です。吉野といえば桜、というイメージがすでに根付いていたことが多くの和歌から読み取れます。

武蔵野は袖ひつはかりわけしかとわか紫はたつねわひにき
『後撰集』巻一:春上

関東平野、現代の東京都や埼玉県の辺りに広がる「武蔵野(むさしの)」も有名な歌枕の一つです。武蔵野はすすき野原と月のイメージで語られることが多く、秋を連想させる言葉でもあります。

国際日本文化研究センター

引用元:和歌データベース

他にもさまざまな歌枕があり、その数は1,000を超えるともいいます。一覧は書籍にまとめられており、辞典として参照することが可能です。

東京堂出版

引用元:歌枕辞典

歌枕と日本美術


日本の美しい風景は、古くから画題やモチーフとしても愛されてきました。特に有名な歌枕としては、吉野山(吉野)の桜、龍田川(龍田)の紅葉、宇治の柳橋水車などが挙げられます。

ここからは歌枕がどのように日本美術に描かれ、表現されてきたのかを探究してみましょう。

小林清親《吉野山》


『吉野山』 桜,Mt. Yoshino, Cherry Blossoms

, Public domain, via Wikimedia Commons.

春爛漫の吉野山を、まるで絵葉書のように切り取った小林清親の《吉野山》。画面いっぱいに咲き誇る桜の淡い色彩が印象的です。

清親は、風景を光と影で鮮やかに描き出した明治時代の浮世絵師です。しかし、この作品では、吉野の自然をどこか懐かしい情感を込めて柔らかく描いています。

龍田川蒔絵硯箱


龍田川蒔絵硯箱

, Public domain, via Wikimedia Commons.

この硯箱に表されているのは、紅葉の名所として知られる奈良の龍田川(龍田)。水面に散りゆく鮮やかな紅葉が、金粉の梨子地をふんだんに使った蒔絵で繊細に表現されています。

硯箱はかつて書道具として使われたものですが、このように技巧が凝らされたものは、実用性だけではなく美術品として観賞する喜びも与えたのでしょう。

吉野龍田図大小揃金具


吉野龍田図大小揃金具(重要文化財) - 江戸時代、後藤一乗作。東京都・個人蔵。

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刀の鞘や柄を飾る金具に、息をのむほど美しい風景が凝縮された《吉野龍田図大小揃金具》。小さな世界に広がるのは、桜が咲き誇る吉野山と、紅葉が川面を染める龍田川という、二つの名所の情景です。

春と秋をそれぞれ象徴する桜と紅葉は、四季の豊かな景色として同時に表現されることも多くあります。作品名に「吉野龍田」と付いているものがこれに該当し、華やかさが魅力です。

長谷川等伯《柳橋水車図屏風》


長谷川等伯《柳橋水車図屏風》16世紀~17世紀、桃山時代~江戸時代、紙本金地彩色、屏風6曲1双、香雪美術館、兵庫

, Public domain, via Wikimedia Commons.

緑色の柳が垂れる橋と、水車の車輪が印象的な長谷川等伯の《柳橋水車図屏風》。この絵に表現されているモチーフが象徴する歌枕は、京都の宇治です。

宇治にはさらに宇治山、宇治橋、宇治川といった歌枕があり、いずれも強いイメージを持っています。また、音が「憂し(うし)」にも通じることから、憂いや悲哀の感情を表す際にも使われる言葉でした。

歌枕で日本美術をもっと楽しめる!


歌枕は単なる地名を超え、豊かな物語や情感を人々に想起させる特別な場所です。その美しい風景は、時代を超えて日本美術の題材となり、絵画や工芸品に描かれてきました。

美術館で歌枕をテーマにした作品と出会ったら、その土地はどこにあるのか、何が有名でどんなふうに愛されてきたのか、ぜひ注目してみましょう。歌枕を知ることで日本の風景や文化への理解が深まり、美術鑑賞も一層趣深いものとなるでしょう。

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