湯木慧 事務所退所を決め新たな道を選んだ現在の心境と新作『僕がこの世界を歌うのなら』に込めた想い
湯木慧のニューアルバム『僕がこの世界を歌うのなら』が4月23日に発売された。湯木は現所属事務所からの最後の作品であるこのアルバムについて「今までの活動や自分の生き様や8年という時間を振り返り、考えて、今作を作ることにしました」と語り、さらに「湯木慧の真っ直ぐな部分も捻くれた部分も、全て詰め込まれたのかな、と、思うのです」とこの作品の中に流れている“感情”をそう吐露している。
事務所を退所することを決め新たな道を選んだ彼女に改めて現在の心境と、このアルバムについてインタビューした。
――現所属事務所LD&Kからの作品としては最後のアルバムになります。どんなアルバムを“残そう”と?
すごく現実的な話をすると、今まで作った楽曲でまだ陽の目を見ていない曲たちをリリースしたかったんです。
――たくさんあったのでは?
そうなんですよ、“残したまま”というのが嫌だったんです。
――なるほど。
性格的に0か100なので、それまでのものと、これから作るものを切り分けたかったという気持ちなので、それまでを精算するものを作りたかったというのが、最初の動機だったと思います。でもそれだけじゃなくて“本当はこのアルバムに何を込めたいんだろう?”って考えた時「image」という新曲を書こうって思いました。
――“これまで”の思いを込めたアルバムに“これから”をきちんと示す曲を入れたんですね。
最後に残すならというより、タイトル通り私が、僕がこの世界を歌うのなら、何が歌いたいかということを考えた時、“感謝”を歌いたいと思ったんです。“愛”という言葉をよく使いますが、それはつまり尊敬や感謝のことだと思っていて、私が事務所を辞めることもここにつながっています。全てにおいてずっとイライラしていたんです。
――何に対して?
環境や態勢です。イライラって、色々な人やコトに感謝できない自分がいけないと思っていたんだけど、そうではなくて、感謝できる場所に移動しない自分がいけないと思ったんです。今までは環境を変えるのではなく、自分を変えようと思っていました。自分が悪いことが全て、という感覚があったけど、そんなことないなと。感謝できないことがいけないのではなく、感謝できる場所に移動することが必要なんだと感じて、それをアルバムのテーマにしようと思いました。退所を決めたらすごく感謝の気持ちが大きくなってきて、これを歌にしようと思ったら「image」という曲ができて、このアルバムの根幹ができて、リリースできていなかった曲を少し入れて、というのがこのアルバムの全貌です。
どっちを選択する?ってイメージしたときに、感謝できる自分でいられる方を選ぶことが正解だという答えにたどり着いて、動くことに決めました。
――感謝をするために自分が環境を変える、という思いに至ったきっかけは何かあったんですか?
いい人生運の人というか、いい“気”を持っている人って、よく動く人だなと思ったんです。
――少し意味合いが違うかもしれませんが“移動する人ほど幸せを感じる”という人もいますよね。
私もずっとそっち寄りの人間だと思っていたのに、ある時から“ここにいなきゃいけない”という思いに囚われていたと思う。それは結婚もしていなかった時だし、一人暮らしだったし、生活もあるし、色々なことが重なって“ここにいなきゃいけない”と思っていました。もっと早く気づけばよかったなって。でも動くって決めてからは、めちゃくちゃ元に戻ったという感覚があって、これこれ!みたいな感じになれたんです。滞っていた全てのことがよくなったと思います。
――リセットできてリスタートできた。
私は、小学生の頃から歌手になりたいという夢があったのでやり続けてきて。ここに所属しているからここでやり続けなければいけないって、ずっと思っていたけど、そうではなくて。今の夢ってなんだろうか?ということをここ数年ずっと考えていました。それを「image」という曲で歌いたかったんです。私だけではなく、こうしなきゃいけないということに囚われすぎて、型にはまっている人が多いと思う。でも社会に出るとそうじゃないって思うタイミングと環境がなかなかないから……。自分が進む道はいっぱいあるんだけど、決めるのが難しいじゃないですか、どっちにしようかな、やめてこうしようかなって。そのときに指標になったのが、私の場合は“感謝”だったんですよ。どっちの方が感謝できるかなって。ここで続けた方が人に感謝できそうだな、ここに居続けてもあんまり感謝できなさそうだな、どっちを選択する?ってイメージしたときに、感謝できる自分でいられる方を選ぶことが正解だという答えにたどり着いて、動くことに決めました。多分、今後“感謝できる方”を選ぶことが人生の指標になりました。
――忙しくしていると、立ち止まって考えたり振り返る時間って意外と取れなかったりしますよね。
気づくのに時間がかかるし、私も何か変えられるかどうかということを考えていたら、すごく時間がかかってしまって。その経験を歌にしようと思って「image」を書きました。
――過去のことばかりではなくて、現在に立って過去と未来を見つめているから明確に伝わってきます。
そうなっていったら嬉しいです。ただこの曲を書いてからは新しい曲をまだ書いていないので、これからどんな曲が書けるのかまだ自分でもわからなくて。でもさっきも出てきましたが、元の自分に戻った曲だと思います。
――このアルバムをリリースして、ツアーをやって、少しゆっくりしようとか、“その先”のことは考えていますか?
全部が終わった後どうしようかなとか、どうするのかなとか、何も考えてなくて。何も決めてないですが、逆に言えば曲を作らないって決めたわけでもないから。ゆきんこ(湯木慧ファンの呼称)を待たせていることになるかもしれないけど、安心して欲しいです。最初の頃はナチュラルにしていたら楽曲ができていたので、湯木慧がナチュラルに戻ってやりたいことをやるんだと思います。
――湯木さんのファンの方はみなさん温かいですよね。例えばSNSでの湯木さんの発言に対するコメントも、湯木さんに“寄り添っている”感じがすごく伝わってきます。
こんな人間のそばにずっといてくれて、本当に有難いし優しいなと思います。全然リリースしなくなったり、重いツイートしたりしているのに、離れずにいてくれていることに感謝しています。
――これまで世に出ていなかった曲が今回のアルバムには収録されていますが、みんなに聴かせたいと思っていたのに、それができていないことがずっと気にかかっていた?
曲によりますね。「バードコール」はライブではよく歌っていたけど音源になっていなかったので、みんなから要望がずっとあった曲です。コンセプチュアルな曲なので、時が来たらバチっとハマると思っていたけど、そのタイミングは来ず、という感じでした。
――サッカーのワールドカップを観たことがきっかけとなってできた曲ですよね?
ワールドカップを観た日の深夜、感動と落胆の中で作った曲です。朝日と鳥の声に背中を押されてギターを手にし、その空気感を歌に残したいと思いました。この曲は当時と思いは変わらずそのままの形で収録していますが、「となって。怒鳴って。」は、もうめちゃくちゃ歌詞を変えました。この曲は自分のことが嫌いになった時、自分を愛したいと思いながら作りました。誰かに必要とされたいと思っていた時期、勘違いしていた時期があって、でも大切なのは自分が自分のことを必要とし、愛することだと気づき、曲にしました。
――「earth」は?
すごく昔からその断片はあって、確かTwitterにこの曲のサビだけを歌っているショート動画を上げていたので、聴いたことがある人もいると思います。サビの歌詞は特に思想が強い歌詞ではなかったので、他の部分の歌詞もメロディもむちゃくちゃ変えていて、サビしかなかったので、AメロBメロDメロ落ちサビを新たに書いたので新曲といっていいかもしれません。
――「being picky」は湯木さんの違う一面を感じる曲です。
私のひねくれた部分が出ていると思います。いい人じゃなくて時にはクソッタレなことも考える自分がいて、でもその怒りがエネルギーになって曲が書けるんです。
――「かわるがわる感情に飲まれても」は?
この曲もほぼ変えていなくて、昔の自分が思ってることと今思ってることが変わってなくて“わかるわかる”って思いました。 西川(ノブユキ)さんのアレンジが大好きで、踊りだしたくなる曲です。
――「ふるさと」は故郷・大分の景色が描かれています。《還る場所があるから、生きる、生きる》という歌詞が印象的で、湯木さんが“再生”のために度々帰って自分を取り戻していた故郷の“匂い”と“色”を感じる曲です。
ずっと昔からある大切な曲で、大分の山奥で書きました。この曲もいつか絶対世に出したいと思っていたので、今回アルバムに入れることができて嬉しいです。
今は何も考えたくなくて。また作りたいと思うか、思わないか、それを自分も楽しみにしている、本当にナチュラルな状態なんです。
――今回、昔からある曲たちと改めて向き合って、新たな息吹を吹き込んだ曲もありますが、年齢を重ねてきた自分と重ねて、変わった自分、変わらない自分を感じましたか?
ツアーのスタートに合わせて、全曲をセルフレビューしてまとめた本を出すのですが、改めて自分の作品ときちんと向き合う時間があって、そこで感じたのは、もちろん言いたいことは変わっていくんだけど、言ってきたことは変わっていないっていうか。言いたいこととしてはちょっと変わるんだけど、残してきたものが違うなって思うことはなかった。あれやりたい、これやりたいということがたくさんあったので、言いたいことはブレているかもしれませんが、例えば「一期一会」みたいな曲とか「スモーク」や「一匹狼」みたいな曲を今も書きたいと思っているのかって言われたら、別にそうではないというのが本音です。
――それがまさに今の湯木慧ですね。
今は何も考えたくなくて。また作りたいと思うか、思わないか、それを自分も楽しみにしている、本当にナチュラルな状態なんです。
――ファンの投票で選ばれた、Disc2の弾き語りのライブ音源を聴くと改めてその“強さ”を感じます。
Disc2はゆきんこへの感謝の気持ちを込めたというのが一番大きいです。
――期待に応えなければ、という気持ちもずっと大きかった?
それは確かにあったかも。ゆきんこが深く考察できるように、もっと曲の中に入り込んでもらうには?とか、これには意味を持たせてやろうって考えて、練って、書いていた時期もありました。少し前に『EIGHT-JAM』を観ていた時、森山直太朗さんの言葉を聞いて、すごく共感してツイートしたことがあります。
――森山直太朗さんがハナレグミ永積崇さんから言われた“家で歌っているような感覚をとり戻したほうがいい”という言葉ですね。
こうやってステージに立ってスポットライトを浴びて、特殊な仕事を我々はしている。そういうことをずっと続けていると、求められているところばっかりをこすってこじれていく、とおっしゃっていて。めっちゃわかると思って。
――それで自分のゼロポイント、原点みたいなものを失わないほうがいいという意味で“家で歌っているような感覚をとり戻したほうがいい”という言葉でしたよね。
本当にその通りで、よくぞ言語化してくださいましたと思いました。私は“命”を歌わなければいけない、そういう曲を求められているからそうしなければと思っていた時期もありました。森山さんやハナレグミさんは“こじれていく”ことに気づいて、環境なのか自分の考えなのか何かを変えて進んできたのだと思います。私も今それに気づいてから環境を変えるという選択をした。私もその感覚がわかるというところまで来たんだなとも思いました。社会に出て仕事している人たちがどうかはわからないけど、自分が気づかないうちに、みんなから“求められているもの”になろうとして、だからどんどん自分がなくなっていったのかな、とも思います。
――なるほど。
それだと曲が出てこなくなるのは当たり前か、と。それがプレッシャーやストレスだったり、悪循環のひとつの種だったかもと今は思います。だから一人でやってみるとどうなるのか見てみたい。
――一人でやっているとまた誰かと一緒にやりたくなってくるかもしれませんね。
きっと繰り返すんでしょうね。離れて、くっついて、離れてくっついて、みたいに。
みんながついてきてくれたことを間違いじゃなかったんだ、追いかけてきてよかった、と思えるようなステージにしたいです。
――リリース記念弾き語りツアー『はじまりはじまり』がスタートします。どんなライブになりそうですか?
特別なことをやろうとは思っていなくて、今までやってきたことをやるだけです。それはゆきんこのみんなも、私が特に変わったことをやろうというタイプじゃなくて通常営業だろうって思っているはずです(笑)。今回のアルバムのDisc2もそうですが、今までの曲も歌うし、ライブ全体で何か特別なメッセージを伝えようというより、みんながついてきてくれたことを間違いじゃなかったんだ、追いかけてきてよかった、と思えるようなステージにしたいです。もちろん今の自分の気持ちをしっかり伝えたいです。
――最後にファンの方にメッセージをお願いします。
このツアーをもって事務所を退所しますが、その先のことは正直何も決めていません。でも、心はとても前向きでワクワクしています。死ぬまで終わりなんてないと思うので、あえて『はじまりはじまり』というタイトルを付けました。ゆきんこのみんなには安心してほしいというか、これで終わりますという雰囲気ではなくて、あくまでも通過点であり、始まりであり、ある意味終わりであり、ということでまだ見ぬ物語の最初の1ページだと思っています。今まで支えてくれた皆さん、本当にありがとうございます。感謝の気持ちを胸に、これからも自分らしく歩んでいきます。
取材・文=田中勝久 撮影=菊池貴裕