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万能グローブ ガラパゴスダイナモス×ゴジゲン×小山田壮平『見上げんな!』―開幕に向かって走り始めた福岡の稽古場から―

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万能グローブ ガラパゴスダイナモス×ゴジゲン×小山田壮平『見上げんな!』

2005年に旗揚げしてから20年間、福岡を拠点に活動を継続してきた万能グローブ ガラパゴスダイナモス(以下、「ガラパ」)の主宰・椎木樹人があたためてきた企画がついに実現する。かつて夢を語り合った仲間たちが福岡に集結した。東京で劇団ゴジゲンの主宰・作・演出、映画監督として活躍する松居大悟。andymoriを結成し、解散後も音楽界で熱い支持を集める小山田壮平。旗揚げ以降、ガラパのほぼ全作品の脚本・演出を手掛けてきた川口大樹。そして椎木が信頼するキャスト、スタッフが各地から駆け付けた。
福岡屈指の賑わいを見せる街、天神の中心部近くで新たに歴史をスタートさせる「福岡市民ホール 中ホール」の初回記念公演として『見上げんな!』が4月4日に幕を開ける。

田島芽瑠

(左から)椎木樹人、田島芽瑠


手作りで生み出す立体感

二度の脚本読み合わせを経て早々に、俳優が実際に動いてみる稽古が始まった。稽古場には舞台監督手作りのバミリ(本番で使用する舞台セットの位置を正確に示すためのテープやマーク)が敷かれ、ガラパのメンバーが持ち寄った小道具があちこちに登場する。デジタル技術を駆使することが多い現代も健在の舞台ならではの手作り感に、どこかほっとする。
普段は別々の場所で活動しているとは思えないほど、俳優同士のチームワークは抜群。様々なパターンの演じ方をチャレンジさせる松居の演出、そしてコメディ群像劇である作品内容も相まって、明るく賑やかに、至る所で笑い声が響きながら稽古が進む。
『見上げんな!』というタイトルにちなみ、松居は早期段階から「高低差のある舞台」を希望していた。実際に舞台セットが組み立てられるのは劇場に入ってからだが、稽古場に俳優が立ち、動き回ることで、実際にはない階段がちゃんと存在しているかのように見える。そこに小山田の優しい音楽が重なり、視覚だけに留まらない立体感を生み出していく。楽しい場面に差し込まれるアコースティックギターのほんのささやかなセンチメンタルに心をぐっと掴まれる。
未だ誰も立ったことのない福岡市民ホール 中ホールのまっさらな舞台に、確かな技術を持つスタッフが作り上げる舞台美術がどのようなものになるのか、期待が高まる。

(左から)向野章太郎、神田朝香、松居大悟

(左から)田島芽瑠、富永真由


俳優とキャラクターが並走する

かつてHKT48に所属しアイドルとして活躍していた田島芽瑠は「緊張したことがない」と、稽古が始まって間もないとは思えない堂々とした姿で三月(みづき)を演じる。アイドルを卒業し、映像作家の道を歩み始める主人公として物語をリードしつつ、田島自身が持つカリスマ性とリーダーシップで稽古を引っ張っていく。一方、三月の妹である四月(しがつ)役の富永真由は「緊張している」と言っていたがそれを感じさせず、迷いのない演技を披露する。まっすぐな目力から、強かさを秘めた俳優だと感じる。休憩中に二人で台詞合わせに臨む姿は本物の姉妹のようだ。
三月と対峙するマネージャー役の善雄善雄は一見冷静沈着に見えるが、一筋縄ではいかない絶妙な温度感を醸し出し、ある悩みを抱える、三月の元カレ役の青野大輔が大胆に物語を新たなフェーズへと進めていく。

(左から)田島芽瑠、善雄善雄

(左から)田島芽瑠、青野大輔

向野章太郎はコテコテの博多弁でタクシーの運転手を演じ、福岡の街を走り抜ける。“地元のおじさん”感あふれる役作りで、舞台が福岡であることを見る者に深く印象付ける。
東迎昂史郎演じる持田が店長を務めるラーメン店でアルバイトをしているのは千代田佑李扮する小豆(あずき)。大切な思いを抱えるがため一生懸命に突っ走り空回りしてしまう持田と、それを厳しく、ときに優しくなだめる小豆の掛け合いは、かわいらしく微笑ましい。
福岡市役所の職員を演じる酒井善史は、彼にしか出せない説得力の強さでみるみる周りの人々を巻き込んでいく。期待を裏切らないその姿はヨーロッパ企画ファンも必見だ。
古賀駿作の役柄はとりわけ個性が強く少々現実離れしているが、稽古を繰り返すたびに手を変え品を変え飄々とやってのける。
多田香織が演じる水面(みなも)は、三月が映像作家の初仕事としてMVを撮ろうとしているバンドと深く繋がりのある重要なポディションだ。多田が持つ柔らかな雰囲気と核心を突く台詞のギャップに目が離せない。
取材のために福岡にやってきたライター役の神田朝香は持ち前の明るさを存分に発揮し、はしゃぐ姿が華やかだ。彼女と一緒に福岡の街を散策する気分を味わうのも楽しいだろう。
劇団旗揚げから看板俳優として活躍を続けている椎木はさすがの風格で、ときに場を引き締め、またあるときにはコミカルに舞台上の空気を動かしていく。各地から福岡にやって来た俳優やスタッフを懐広く迎え入れ、稽古の進行と作品どちらもより良いものにしようとばんばんアイディアを出していく姿も印象的だ。

(左から)千代田佑李、東迎昂史郎、富永真由

(左から)向野章太郎、神田朝香

椎木樹人

川口が手がける脚本は、登場人物にも、そのキャラクターに扮する俳優自身にも、親しみや愛情をたくさん、たくさん詰め込みながら筆を走らせたであろう片鱗が垣間見える。まるで俳優たちがこれまで歩んできた自分自身の人生に、実はキャラクターの人格が寄り添ってずっと一緒に生きてきたみたいだ。

酒井善史

(左から)千代田佑李、多田香織

(左から)古賀駿作、川口大樹


巡り巡るということ

本作に深く関連する惑星探査機「ボイジャー」は、1977年に宇宙に打ち上げられてから現在まで、地球からおよそ250億キロを越えた遥か彼方で活動を続けている。
川口と小山田と椎木の出会いは2001年。松居がヨーロッパ企画をきっかけにガラパメンバーと出会ったのは2008年。ガラパは今年で旗揚げ20周年。ガラパも小山田もゴジゲンもそれぞれの場所で活動を続け、各地でファンを獲得し、その名を界隈にとどろかせている。経験値を蓄え、実績を残し、見上げれば今後の展望が広がりまくっているであろう彼らが今、福岡の地で目線を合わせて一つの作品に取り組んでいる。ありとあらゆる場所や時間を巡り巡った彼らの集結。これはまたとない、刮目すべきエンターテインメントだ。
時間は、本当はただ一方通行に流れているにすぎない。遠い昔、途方もない宇宙に思いを馳せて太陽や月を観測した誰かが考えた一週間、一ヶ月、一年という周期によって、私たちは「幾年か前の今日」を振り返ることができるし、誕生日や記念日や同級生の概念が生まれた。
『見上げんな!』を観劇する2025年4月のかけがえのない一日が、巡りくる毎日をひたむきに生き続ける人にとって、一年後、数年後、数十年後、振り返ればほんのりと光る目印になりますように。

写真:藤本彦
取材・文:村田紫音    

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