【湘南の酒を造る人 インタビュー】茅ヶ崎 熊澤酒造・ビール一杯に込められた物語
湘南エリアで、自らの価値観や技術を大切にしながら、 クラフトビールや地酒といった 「湘南の酒」を生み出す人たちにフォーカスする「湘南人」の新企画。
第1回目は茅ヶ崎にある「熊澤酒造」にお伺いしてお話を聞いてみました。
熊澤酒造は湘南に唯一残る酒蔵で、150年以上の歴史を持っています。日本酒「天青」やクラフトビール「湘南ビール」で知られ、そのお酒一杯一杯は、この地の歴史の記憶や人の想いがこもった文化そのものです。
楽しい場にある酒を自ら造りたい
「楽しい場には必ずビールがあります」。そう語るのは、熊澤酒造で醸造責任者を務める筒井貴史さんです。
筒井さんが熊澤酒造に関わったのは2005年。インターンシップで蔵を訪れたことがきっかけでした。
翌年に入社すると、当時は人手不足でほぼ一人に近い体制で現場を任されました。
基本的な引き継ぎしかない状況で始まった最初の二年間は「地獄のようだった(笑)」と振り返りますが、それを支えたのは「ビールが好き」という単純で強い思いでした。
「楽しい時間や笑いの場にはビールがある。その場を支えるものを自分で作りたい」。その想いが苦しい時期を乗り越えさせました。
全国と世界から学びを吸収
筒井さんの学びは全国の醸造所を訪ね歩くことから始まり、やがてクラフトビールの本場アメリカにも足を伸ばしました。
最新の醸造技術やトレンドを吸収し、近年ではヨーロッパの伝統的な醸造文化にも関心を寄せています。
知識や経験は引き出しとなり、今では季節ごとのフルーツビールや新しいスタイルのビール開発へと活かされています。
湘南の食材と丁寧な手仕事
特に大磯みかんや夏みかん、レモングラスや柚子といった地元食材を丸ごと仕入れ、一つ一つ手作業で処理する工程には強いこだわりがあります。
みかんの白い果皮の部分を丁寧に取り除き、えぐみを避けるなど、地味で手間のかかる作業を惜しみません。
「ジュースを買って入れてしまえば早いけれど、それではストーリーも味わいも生まれない。きちんと向き合うからこそ出せる味がある」と筒井さんは語ります。
丹沢の水が支える味わい
熊澤酒造の味を支えるもう一つの要素は水です。仕込みに使うのは丹沢山系の中硬水で、日本の水としては珍しくミネラル分が豊富。
この特性がロースト麦芽を使う黒ビールと相性良く働き、世界大会での受賞にもつながっています。
また、熊澤酒造には豪華な設備があるわけではありませんが、原料管理や清掃・洗浄といった「当たり前を当たり前にやること」を徹底する姿勢が品質を生んでいます。
地味で見えにくい作業こそが、美味しい一杯を支えているのです。
酵母が生きたまま出荷される「湘南ビール」
真摯な姿勢でつくられる「湘南ビール」は、無ろ過・非加熱処理で酵母を生かしたまま出荷される、ピュアでフレッシュな味わいが特徴です。
定番の「ピルスナー」や「アルト」「IPA」などに加え、世界最大級のビールコンテストで金賞を受賞した「シュバルツ」、湘南みかんや片浦レモン、茅ヶ崎産ピンク生姜を使ったコラボレーションビールまで、多彩なラインナップが揃っています。
冷蔵保存で120日という品質保持期限を設けているのも、鮮度へのこだわりの表れです。
造ることと伝えること
蔵での仕事に加え、筒井さんはイベントや飲食店の対応、時には広報的な役割まで担っています。営業チームを持たない熊澤酒造においては、作り手自らが発信者でもあります。
「美味しいのは大前提。でも、それをどう伝えるかも同じくらい大事。イベントでお客さんから“美味しい”と言われる瞬間が、一番の喜び」と話します。
地域とともにある酒造り
熊澤酒造は地域との関わりも深いです。茅ヶ崎の田園風景を守る「酒米プロジェクト」では、自分たちで米づくりに取り組み、酒造りの原点を地域と共に育てています。
また、自家栽培ホップを使った「ハーベストホップビール」は、収穫当日に仕込みに入れる鮮度が命の一杯。
熊澤酒造 オクトーバーフェスト限定で提供されるこのビールは、土地の季節をそのまま閉じ込めた特別な味わいです。
一杯に込められた物語
熊澤酒造の一杯は、人と土地をつなぐ物語です。水と畑、手をかける人の姿、そしてイベントで交わされる「美味しい」という一言。その積み重ねが、一杯一杯を特別にしています。
筒井さんの挑戦は続きます。湘南に生まれる新しい酒文化は、これからも地域と共に育ち、訪れる人々の喉と心を潤していくのでしょう。
筆者は「ハーブセゾン」と「ヴァイツェン」を飲んでみました。ハーブセゾンは香り高いハーブのさわやかさが特徴。小麦を使用したヴァイツェンは苦味が少なく、フルーティーでやさしい味が印象的でした。
酒がつくられるストーリーや想いを知り、味わう一杯はこのうえなく格別です。
みなさんもぜひ、湘南ビールを試してみてください。
熊澤酒造
営業時間
酒蔵部・本部8:00〜17:00/レストラン等は店舗により異なる
電話番号
0467-52-6118
アクセス
JR香川駅より徒歩5分
住所:神奈川県茅ヶ崎市香川7-10-7
駐車場:あり