自閉症娘の成長と共に開き始めた父子の距離。悩む母が涙で本音をぶつけた日
監修:室伏佑香
東京女子医科大学八千代医療センター 神経小児科/名古屋市立大学大学院 医学研究科 生殖・遺伝医学講座 新生児・小児医学 博士課程
娘が赤ちゃんの頃は、積極的に育児していた夫
わが家の娘(ASD/自閉スペクトラム症、現在小学校4年生) は、生まれた時から私の想像を絶する育てづらさでした。抱っこしていないと寝ない、母乳も飲まない娘に、私は心身共に疲弊していました。産前産後は実家に里帰りをしていましたが、夫が仕事で不在の間1人で世話をするのは無理だと思い、1ヶ月間のつもりだった里帰りをさらに1ヶ月延長してもらったほどでした。
生後2ヶ月が過ぎ、ついに夫の待つ自宅に帰りました。私は気合を入れて帰りましたが、想像以上に夫も気合いを入れて待っていてくれていました。
ほぼ一日中泣いて抱っこしないと寝ない娘に対して、夫は夜の担当を申し出てくれました(母乳は飲まなすぎて、完全ミルク育児に切り替えていました)。何時間も泣き止まない時や何日かに一度は交代したものの、仕事をしながら夜もみてくれて本当に感謝していました。
献身的に育児をしていた夫に変化が?
娘の乳児期は献身的に頑張ってくれていた夫でしたが、娘が1歳を過ぎると、多動やパパのお世話を嫌がる「パパイヤ期」など違う育てづらさが出てきました。次第に、夫は子育てに対して壁を感じるようになってきたようでした。私も育てづらさを感じていましたが、夫は娘と2人きりになるのを拒否し、子育てを「大変なもの」としか認識しなくなっていきました。夫は娘を「怪獣みたい」「俺は公園に娘と2人で行けない」「可愛いよりも大変」と言うようになり、今思うと「育児ノイローゼ」のようになっていたように感じます。
娘は1歳半健診で要観察になり、発達障害なのでは?と思った私は療育を始めたいことを夫に伝えましたが「ママがそう思うならいいよ」と即答でした。私は「他人事みたいだけど、反対されるよりはいいか」と思っていました。
徐々に開き始めた娘と夫の距離
娘は2歳4ヶ月でASD(自閉スペクトラム症)と診断されました。ほどなくして、わが家は他県に引っ越しをしましたが、その引っ越しをきっかけに夫は娘の寝かしつけをやめ(娘が夫を拒否して泣くので)、一人で自分の部屋で寝るようになりました。休日に娘を連れて遠出する時なども、夫には留守番してもらうようになりました。これ以上夫に子育てを負担に思ってほしくないと、私が考えたことでした。
その頃私は、夫にも娘の発達のことを知ってもらいたいと思い、発達障害に関する本をすすめました。しかし夫の返答は「どうしてもっていうなら、今内容を口頭で教えて。それからどうしても読んでほしいところに付箋をつけといて」でした。このあたりから、娘のことに関して夫には意見がないことが気になるようになりました。発達外来にかかっても、療育に行っても、幼稚園を選ぶ時も自発的な気持ちを感じないのです。
そして、娘のこだわりや特性を理解して臨機応変に対応しない夫に、娘はどんどん懐かなくなっていきました。
娘の5歳の誕生日に起きたトラブル。思わず涙した私に、夫は……
そして月日が経ち、娘の5歳の誕生日がやってきました。夫と娘の関係は悪くなる一方でしたが、事前に「その日は家族仲良くできるよう協力してね」と夫には伝えていました。それにもかかわらず、誕生日の当日に夫と娘は喧嘩をしました。私は初めて夫の前で泣きました。夫はすぐに謝ってくれましたが、私はその日の夜に思っていたことをたくさん伝えました。
うちの子は定型発達の子ではない。ASD(自閉スペクトラム症)なんだ。親がしっかり向き合って、信頼できる存在にならないと今後親子関係が破綻する。いつまで目を背けているつもりだ。病院にも療育にも興味を示さないし、娘のことなんてどうでもいいと思ってるのか。私が一番恐れているのは発達障害の二次障害で、ストレスなどが原因で自傷行為に発展することもある。また父親と仲が悪くなり家に居場所がなくなって家出したらどうするんだ……と。
夫は衝撃を受けた顔をして私の話を聞いていました。そこまで先のことは考えていなかった、どうしてもその場その場の感情で接してしまうと言って再度謝ってくれました。
本音をぶつけた日を境に、変わり始めた夫
この日を境に夫は娘への態度を変えたような気がします。病院での話も詳しく聞いてくれるようになったし、就学相談の時も、発達検査の結果を見てはじめは 「通常学級でいいんじゃないの?」と言っていましたが、特別支援学級に行かせたいという私の意見に理解を示して「しぇーちゃんが楽しく通えるほうにしよう」と言ってくれました。娘が一時期不登校になった時も「しぇーちゃんが落ち着いて過ごせる場所を探せばいい。学校に絶対に行く必要はないよ」と娘に話し、いつでも味方であるとしっかり伝えてくれていました。
わが家は、夫婦で同じ方向を向いて育児することに時間がかかりました。夫だけでなく私自身にも落ち度はあり、夫と言い合いになることを避けていたところもあります。娘は現在9歳になりました。今では夕食のあと3人でいろんな話をしたりカードゲームをして楽しく過ごしています。
執筆/マミヤ
(監修:室伏先生より)
ご家族のしぇーちゃんへの向き合い方、しぇーちゃんとお父さまの関係性について詳しく共有してくださり、ありがとうございます。お子さんのことをとても大切に思っているのに、拒絶されたように感じてしまって葛藤を感じたり、どのように接したらいいのか分からなくて戸惑いを抱えたり、というご経験がある方は少なくないと思います。外来ではお母さまとお子さんだけでお話にいらっしゃったり、ご家族でいらしてもお母さまが中心にお話しされることもしばしばあります。しかし、お父さまのお気持ちやご家族全体の関係性に思いを馳せること、そしてご家族全員の心が健康でいられるようなサポートなどもとても重要なことだと、マミヤさんの記事を読ませていただいて、私自身も改めて感じました。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。