「これってカスハラ?」。静岡県など行政や企業に広がる、被害者を守るカスタマーハラスメント対策
「お客様は神様」では済まされない。理不尽な要求にどう向き合うか
カスタマーハラスメント(カスハラ)の問題が話題となっています。今年の4月、開催中の大阪・関西万博の会場周辺で警備員が来場者に土下座で謝罪する動画がSNSで拡散され、物議を醸しました。
企業のカスハラ対策やカスハラを受けた人のメンタルケアなどを専門的にサポートしている株式会社マイルートプラス代表取締役・伊庭和高さんに、SBSアナウンサー松下晴輝が聞きました。
松下:まずカスハラとはどのような行為を指すのでしょうか。
伊庭:顧客や取引先(クライアント)による常識の範囲を超えた不当な言動のことで、従業員の働く環境を著しく害するものです。正当なクレームや苦情は企業にとって改善の機会になり得るのですが、カスハラは従業員に精神的な苦痛を与える有害な行為です。
この言葉が最近広く使われるようになってきたのは、社会が新たな課題として意識し始めたことを示しています。「お客様は神様」なんて言葉もありましたが、不当な言動をとる客は神様でもなければ、もはやお客様でもないと企業が明確にできるようになってきました。
こんな行為もカスハラ。暴言・暴力からSNS誹謗中傷まで
松下:「受け取り方の違いではない」とのことですが、どんな行為が具体的にカスハラに該当するんですか?
伊庭:業種によっても変わりますが、例えば東京都が全国に先駆けてカスハラのガイドラインを制定しています。長い説教など長時間にわたって従業員を拘束する行為も該当します。万博会場での土下座の強要も、具体的な例としてガイドラインに載っています。
従業員への暴言や暴力、胸ぐらをつかんだり物を投げつけたり、唾を吐く行為も、「バカ」「役立たず」など、人格を否定する言葉もカスハラに当たります。
人格を否定する「バカ」「役立たず」。割引要求も該当
伊庭:最近の例で言うと、SNSでの誹謗中傷もカスハラです。従業員の顔や名札の写真を撮ってSNSに投稿するのもカスハラになります。つきまとい、わいせつ行為などもセクハラに分類される行為、理不尽な要求もカスハラですね。ホテル業界で言えば、根拠のない客室のグレードアップ要求や、過度な割引要求、些細な問題に過剰な補償を求めるケースなどが該当します。
松下:SNSの発達も関係していると思いますか?
伊庭:そうですね。SNSを通じて誰もが簡単に意見を発信し、顧客が企業を簡単に批判できるようになったんですね。顔や名前が見えない匿名で利用できるので、対面より過度な言動になりがちです。その結果、誹謗中傷によるカスハラが発生しやすくなると考えられます。
それに加えて「お客様は神様」という言葉があるように、これまで企業が顧客の要望を優先しがちだった時代背景も、カスハラを助長していると考えられます。
日常的にストレスを抱える人が増えたことで、そのはけ口としてカスハラ行為に及ぶケースも増えています。厚生労働省が2022年に実施した労働安全衛生調査では、なんと82.2%の労働者が「現在の仕事や職業生活でストレスを感じることがある」と回答しています。仕事をしている人の多くがストレスを感じていれば、それを発散させる対象としてカスハラ行為に及ぶ可能性もあるということですね。
静岡県でも条例化の動き
松下:仕事の鬱憤(うっぷん)やストレスを店員さんなどにぶつけてしまうという負のスパイラルですね。自治体などの行政や企業もカスハラ対策に追われているという報道を目にしました。
伊庭:厚生労働省が昨年末、企業にカスハラ対策を義務付ける方針を決定しました。この影響もあって対策が進んでいます。東京都でも「カスハラ防止条例」が制定・施行され、他の都道府県でも広がりを見せています。静岡県でも2026年度から禁止条例を施行したいという報道がありました。行政や企業において、優先度の高い取り組みとして対策が進められています。
店員に向けられる理不尽な言葉
松下:接客業の方にとっては心配ですよね。どれくらいの人がカスハラを経験しているのかというデータはあるんでしょうか?
伊庭:さまざまなデータがありますが、「7割近くの従業員の方がカスハラを経験した」という調査結果もあります。
松下:私も大学生の時に接客のアルバイト先で、今思えばカスハラだったんじゃないか?というキツイ言動を受けたことがあります。年齢やキャリアを問わず悩んでしまう問題ですよね。
伊庭:私も学生時代、コンビニでのアルバイトで、カスハラ的な言動を受けたことがあります。大変悩みました。
どんな職業でも「一人で対応しない」が鉄則
松下:そういった悩みをどのように解決すればいいんでしょうか?
伊庭:カスハラを受けるとどうしても相手の言動に動揺してしまい、平常心を保てなくなりがちです。ですので、どんな職業であっても大事なのは「一人で対応しないこと」です。
カスハラに遭遇したら、できるだけ早く複数人で対応できる体制を整えてください。「上の者に確認いたします」といった理由をつけて、他の従業員と一緒に対応することが望ましいです。職場でカスハラ対策の方針が定められている場合は、それに従って対応しましょう。
ちなみに、弊社ではカスハラを受ける可能性がある従業員や管理職のメンタルケアも行い、従業員が自力で気持ちを立て直す方法も伝えています。カスハラを受けたら、できる限り早く平常心を取り戻さないと、仕事がつらくなるので、メンタルケアに意識を向けることが大切です。
企業から相談を受ける際も、カスハラへの対応だけでなく、カスハラにおびえる精神的なつらさのセルフケアについて必要性を感じるとの声も多く聞かれます。
松下:カスハラを受けた後のことも考えるのが非常に大変そうですね。
伊庭:最悪の場合、休職や離職に繋がる可能性もありますからね。
松下:カスハラを他人事だと思わず、一人一人が向き合っていくべきだと感じました。伊庭さん、どうもありがとうございました。
※2025年5月27日にSBSラジオ「IPPO」で放送したものを編集しています。今回お話をうかがったのは……伊庭和高さん
株式会社マイルートプラス代表取締役。高校教員を経て、独立した2017年から現在まで7,000名以上のお客様を支援。自身もカスハラを受けた経験があることから、企業におけるカスハラ対策をサポート。カスハラやクレームを受けても現場の社員や管理職が自力でメンタルを立て直せる3ステップを、全国各地の企業研修や講演会で解説。著書も複数出版。