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訪問介護の基本報酬引き下げの影響は?現場の声から見る課題と対策

「みんなの介護」ニュース

藤野 雅一

2024年度の介護報酬改定により、訪問介護の基本報酬が全体的に引き下げが行われました。

厚生労働省は処遇改善加算の引き上げを補填策としていますが、現場からは「経営悪化」「人材不足の深刻化」「サービスの質の低下」といった切実な声が上がっています。

日本医療労働組合連合会が昨年5月から9月にかけて行った調査によると、基本報酬が下がったことについて94%の訪問介護事業所が「反対」を表明しており、「賛成」とする回答は0件となっています。

この結果からも、現場と制度設計との間にある認識の差が浮き彫りとなっています。

本記事では、訪問介護事業所が直面する課題と、その影響を最小限に抑えるための対策について詳しく解説します。

訪問介護の基本報酬引き下げの概要

2024年度介護報酬改定の概要

2024年度の介護報酬改定は、全体として1.59%の改定率となりました。

この改定の主な特徴は以下の通りです。

改定率の内訳 介護職員の処遇改善分:0.98% 介護職員以外の処遇改善分:0.61%

その他、処遇改善加算の一本化による賃金引き上げや、光熱費・水道費にかかる基準費用額の増額による施設の収入増加の見込みを合わせて、0.45%相当の改定効果が予測されています。

改定の基本的な考え方 介護保険制度の持続性の確保を重視 サービスごとの経営状況の違いを踏まえた対応 介護職員の処遇改善につながる配分方法の工夫

厚生労働省は、2024年度の改定について、地域包括ケアシステムの充実や高齢者の自立支援を目的として実施しました。

介護職員の賃金については、2025年度に2.0%のベースアップが確実に実現するよう、今後も処遇改善を進めていく方針です。

さらに、この改定では、介護サービスの質を維持しつつ持続可能な制度を構築することも重要な目的の一つとなりました。各サービスの経営実態や地域特性を考慮しながら、効率的なサービス提供体制の整備を目指すものとなっています。

なお、介護報酬は原則として3年に1度の頻度で改定が行われ、その都度、介護保険事業に関する実態調査の結果や社会情勢の変化を踏まえた見直しが実施されています。次回の改定は2027年度に予定されていますが、必要に応じて緊急的な改定が行われる場合もあります。

訪問介護における基本報酬引き下げの具体的数値

2024年度に行われた改定では、訪問介護の基本報酬が以下のように変更されました。

身体介護の場合 20分未満:167単位 → 163単位
20分以上30分未満:250単位 → 244単位
30分以上1時間未満:396単位 → 387単位
1時間以上1時間30分未満:579単位 → 567単位
以降30分を増すごとに算定:84単位 → 82単位 生活援助の場合 20分以上45分未満:183単位 → 179単位
45分以上:225単位 → 220単位
身体介護に引き続き生活援助を行った場合:67単位 → 65単位 その他のサービス 通院等乗降介助:99単位 → 97単位

このように、すべての基本報酬区分において約2%程度の引き下げが実施されています。

一方で、処遇改善加算については高い加算率が設定されており、賃金体系などの整備や一定の月額賃金配分などにより、14.5%から最大24.5%までの加算を取得できる仕組みとなっています。

引き下げの理由と厚生労働省の見解

訪問介護の基本報酬引き下げの背景には、訪問介護事業所の経営状況が良い状態にあるとの判断があります。

2023年度の介護事業経営実態調査によると、訪問介護の収支差率は7.8%であり、全介護サービスの平均である2.4%を大きく上回っていることから、厚生労働省は報酬の適正化を図るために基本報酬の引き下げを決定しました。

また、基本報酬引き下げに対する補填策として、処遇改善加算の引き上げを実施するとともに、特定事業所加算の見直しも行われています。具体的には、看取り期にある利用者へのサービス提供や、中山間地域での継続的なサービス提供などを適切に評価する観点から加算の要件が見直されました。

さらに、介護職員の処遇改善加算は介護保険事業の中で最高の加算率となっており、特定事業所加算やターミナルケア加算などを算定することで、事業者の経営改善につながるとしています。

しかし、現場の状況は厳しく、最大限の加算を申請した場合でも、人件費の引き上げは困難だとする事業者の声も報告されています。また、処遇改善加算については申請が必要なため、申請作業の負担や手続きの煩雑さを理由に、加算の取得が難しいという声も上がっています。

このように、厚生労働省は基本報酬の引き下げに対してさまざまな補填策を用意していますが、現場からは制度の複雑さや実務上の課題、経営面での懸念など、多くの不安の声が上がっているのが現状です。

基本報酬引き下げによる訪問介護事業所と介護職員への影響

経営面への影響

訪問介護の基本報酬引き下げは、事業所の経営に深刻な影響を与えています。2024年5月から9月にかけて実施された「訪問介護の基本報酬引き下げについてのアンケート調査」によると、既に68%の事業所が経営の悪化を報告しており、今後については76%の事業所が悪化を懸念しているという結果が示されています。

実際の影響を具体的な数字で見ていくと、コープ福祉機構の調べによれば、2024年4月と5月について、前年同月比で-1.3%の収支差率の悪化が見られています。

経営状況の悪化は、事業所の規模に関係なく発生しており、特に小規模事業所では事業継続自体を危ぶむ声も聞かれています。東京商工リサーチによると、2024年の訪問介護の倒産件数は81件となっており、前年よりも20.8%増加しました。この倒産件数は、2000年の調査開始より過去最多を記録しています。

また、経営を維持するために稼働率の引き上げを余儀なくされる事業所が増えており、これにより職員の負担が増大し、サービスの質の低下につながる懸念も出ています。前出のアンケート調査では、14%の事業所が実際に職員の稼働率を上げており、これは人手不足をさらに深刻化させる要因となる可能性があります。

特に深刻なのは、収入減少により新たな設備投資や職員の処遇改善が困難になっている点です。物価高騰や燃料費の上昇が続く中、基本報酬の引き下げは事業所の経営体力を著しく低下させる結果となっています。

人材確保・定着への影響

訪問介護の基本報酬引き下げは、人材確保や定着にも大きな影響を及ぼしています。

同アンケート調査によると、現在38%の事業所が新規職員の採用困難を報告しており、今後は45%の事業所がその影響を受ける可能性を懸念しています。

さらに、8%の事業所が新規職員の採用中止を余儀なくされており、将来的には14%の事業所が採用中止を危惧しています。

特に問題視されているのは、介護職員の処遇面への影響です。報酬改定から半年も経っていない時点で、既に16事業所(全体の9%)が賃金水準の引き下げを行っており、49事業所(全体の27%)が一時金の減額を実施しています。さらに、今後の影響については、35事業所が賃金水準の引き下げを、66事業所が一時金の減額を想定せざるを得ない状況に追い込まれています。

人材確保が困難な状況下で、さらに採用を抑制せざるを得ない事態は、残された職員の負担増加につながり、結果として離職率の上昇を招く悪循環を生み出す可能性があります。

現場からは、「時給を上げづらくなったため、募集をかけても問い合わせさえもない」「ヘルパー人材不足に拍車をかけてしまう」といった切実な声が上がっています。

介護業界全体で人材不足が深刻化している中、基本報酬引き下げによる処遇面での後退は、新たな人材の確保を一層困難にし、既存の職員の離職を促す要因となることが強く懸念されています。

サービスの質への影響

基本報酬引き下げは、訪問介護サービスの質に深刻な影響を及ぼしています。

日本医療労働組合連合会の調査によると、現時点で9%の事業所がサービスの質の低下を実感しており、将来的には30%の事業所が質の低下を懸念しています。この大幅な上昇は、訪問介護サービスの根幹を揺るがす重大な問題として捉える必要があります。

サービスの質の低下には、複合的な要因が関係しています。

収入減少による人員削減 サービス提供回数の制限 職員一人あたりの負担増加 事業運営の効率化による質の犠牲

実際に「限られた職員人数で提供できるサービスは決まっており、収入を上げるのにも限度がある」という意見も寄せられています。この状況は、人材不足とサービスの質の問題が密接に結びついていることを示しています。

とりわけ深刻なのは、介護職員のモチベーション低下の問題です。基本報酬の引き下げにより、職員の間で将来への不安が高まり、現在の職場で働き続けることへの迷いが生じてしまうケースもあります。

また、「やりがいや志はあっても普通の生活ができる給与水準でなければ継続はできない」という訴えもあり、処遇面での課題がサービスの質に直接影響を及ぼすことにもつながりかねません。

このような状況が続けば、利用者が必要なときに適切なサービスを受けられなくなる可能性が考えられます。訪問介護は高齢者の生活を支える主要なサービスであるだけに、その質の低下は地域包括ケアシステムの根幹を揺るがすことにもなりかねません。早急な対策が求められる状況といえるでしょう。

訪問介護サービスの持続可能性を高めるための対策

経営効率化と新たな加算の活用

訪問介護事業所は、基本報酬引き下げの影響を最小限に抑えるため、経営面での対策を迫られています。特に注目されているのが、介護職員等処遇改善加算や生産性向上推進体制加算などの新設された加算の積極的な活用です。

2024年度の介護報酬改定では、介護職員等処遇改善加算・介護職員等特定処遇改善加算・介護職員等ベースアップ等支援加算について、各加算・各区分の要件及び加算率を組み合わせた4段階の「介護職員等処遇改善加算」に一本化されました。これにより、事業所内での柔軟な職種間配分が可能となり、人材確保に向けてより効果的な運用が期待されます。

経営効率化を実現するためには、以下の施策が考えられます。

各種加算の取得要件の確認と申請手続きの実施 ICTの導入による業務効率化の推進 収益構造の見直しと経費削減 事業規模の適正化 職員配置の最適化

こうした経営効率化の取り組みにより、業務プロセスの改善や人員配置の最適化が進み、コスト削減効果が期待できます。

また、新たな加算制度を活用することで、基本報酬引き下げによる収入減少を一定程度補うことが可能となるでしょう。さらに、ICT導入による事務作業の効率化は、職員の負担軽減にもつながり、サービスの質の維持向上にも寄与することが期待されます。

人材育成と処遇改善の推進

訪問介護サービスの安定的な提供には、質の高い人材の確保と定着が不可欠です。2024年度の介護報酬改定では、介護職員の処遇改善に向けた新たな取り組みが導入されました。

介護職員等処遇改善加算の見直しでは、加算率の引き上げにより、2024年度に2.5%、2025年度に2.0%のベースアップが可能となる水準が設定されました。特に訪問介護においては、加算率が最大で24.5%と高く設定されており、職員の処遇改善を重視した改定となっています。

具体的な処遇改善の内容としては以下の取り組みが挙げられます。

月額賃金の改善を最優先とした加算の活用 資格や経験に応じた昇給の仕組みの整備 キャリアパスの構築による将来展望の提示 研修制度の充実による専門性の向上

しかし、この改定が実効性のある処遇改善につながるかどうかは、各事業所の取り組み次第といえるでしょう。事業所によっては、基本報酬の引き下げが影響して、運営自体も厳しくなり、加算のための取り組みを行う余裕がなくなるケースも考えられます。

経営状況の悪化が懸念される中、いかに人材育成と処遇改善を両立させていくかが、大きな課題となっています。

今後の展望

基本報酬引き下げの影響を緩和するための各種加算は整備されましたが、すべての事業所がこれらの加算を活用できるわけではありません。

小規模の事業所では、加算の取得要件を満たすための体制整備や事務作業の負担が大きくなります。特に、過疎高齢化地域においては、顧客の少なさやヘルパーの人材不足が相まって、事業継続が困難な状況になることもあります。

こういった事業所では、基本報酬引き下げの影響を直接的に受ける可能性が高まっています。さらに、高齢者虐待防止措置などの対応が十分にできない場合は減算となり、ますます経営が難しくなるケースもあります。

今後の課題として、以下の点への対応が求められるでしょう。

小規模事業所への支援体制の構築 加算制度の条件緩和と運用負担の軽減 地域特性を考慮した報酬体系の見直し 介護人材の確保・定着に向けた新たな施策

今年の5月には、新たに介護事業経営概況調査が実施される予定です。この調査結果は、介護報酬の設定などに活用される重要なデータとなります。今回の基本報酬引き下げによる影響が、この調査を通じて明らかになることで、今後の介護報酬の見直しにつながる可能性もあります。

このような状況を踏まえ、訪問介護サービスの安定的な提供体制を維持するためには、現場の実態に即した制度の見直しや、きめ細かな支援策の検討が必要となるでしょう。

介護保険制度の持続可能性と、質の高い介護サービスの両立に向けた検討が、今後も進められていくものと考えられます。

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