自己中な木々もちゃんと生きてる
人間の世界と同じように、樹木の世界にも自己中心的な性質を持った木々がいます。そんな困った彼らの生態には目を見張るものがあると語るのは、毎度おなじみ杉センセイです。そのワケをじっくり聞いてみましょう。
樹冠暮らしのニート
杉センセイ、この前森で、変なモノを見かけたんですよ。葉を落としたシラカバの老木に、ボールみたいな枝の塊がくっついていて…コレ、一体何なんですかね?↓
ああ、それはヤドリギ(Viscum album subsp. coloratum)っていうビャクダン科の低木やな。漢字で“宿り木”または“宿生木”と書くことから解る通り、彼らは半寄生植物で、生涯を通じて樹上で生活する。地表に触れることなく一生を終える、世にも奇妙な樹木や。
アレ、別の生き物だったんですか!? 土と一切接触せずに生きるとは、なんとも特殊な生き様ですね。
ヤドリギは、北半球の温帯に広く分布するねんけど、その特異な生態ゆえに、ヨーロッパでは古来から信仰の対象にされてきた。たとえば北欧神話の世界には、「この世に存在するあらゆるモノは“土・水・火・空気(四大元素)”のいずれかから生成される」という考え方があんねんけど、コレにまつわる有名なエピソードがある。
ある日フリッグという女神が、この世界の“万物”に対して、自身への忠誠を誓わせ、息子バルドルに一切の危害を加えないことを約束させた。ほんで、バルドルは不死身の神になるねんけど、結局彼はヤドリギの枝でできた槍で突き刺されて絶命してしまうんや。これはなんでやと思う?
あ、ヤドリギは土から生えてないから、四大元素とは関係がない、ってことか!フリッグが忠誠を誓わせた“万物”に、ヤドリギは含まれていなかったんですね!
その通り。“樹から樹が生える”という奇妙な光景が、古代から人々の興味を惹きつけてきたんやろうな。神話のモチーフになっているのも、それ故のことなんや。ただ、実際のヤドリギの生態は、神聖視するほどのモンでもないと、個人的には思う。あいつは、尋常じゃないぐらいセコい性格の持ち主なんや。
ほう、セコい、というのは……?
さっき言ったように、あいつらは半寄生植物。平気な顔して宿主の幹に根っこを食い込ませ、養分や水をパチっていくんや。甚だしく非常識で、図々しい習性と言うしかない。
もちろん光合成はできるから、ある程度の稼ぎはあるはずやねんけど、ヤツが自立することは決してない。大人になっても、ダラダラと見ず知らずの樹の幹に居座り続けて、生活費(水・養分)をせびり続けるんや。いわば、樹冠暮らしのニートやな。
面識のない、全く別の樹種に生活費の無心をするメンタルが凄いですね。宿主の樹からしたら、迷惑千万じゃないですか。
奴が寄生先を見つけ出す方法も、なんか無駄に精巧なんや。まず毎年12月ごろ、甘い果実を結実させて、ヒレンジャクやキレンジャクなどの野鳥をおびき寄せる。この果実の構造が結構特殊で、粘液で包まれた種子を内蔵しているんや。
ネバネバの種子は、糞と一緒に排出されたあとも、すぐには落下せず、鳥のおしりから糸を引いて垂れ下がる。ソレが、風に揺られて付近の枝・幹に付着すると、もうヤドリギの勝ちやな。粘液まみれの種子が、必死に宿主のからだにしがみついて、長い長い寄生生活がはじまるんや。
うわあ~なんか嫌な感じ。やたらと綿密に練られた寄生メソッドが、なおさらイラっとしちゃいます(笑)。「意地でも他人にタカってやる」という、変な強情さを感じますね。
普通にヤバい奴やけど、性格は温厚で、宿主の樹を殺すことは滅多にない。あくまでも宿主の負担にならん程度に、ちょっぴり栄養を分けてもらう、というスタンスらしい。宿主が死んでしまったら自分も死んでまうからな、過度な”搾取”はせえへんねん。……ただヤドリギって、なんか不器用なヤツで、稀に悪気なく宿主を殺してしまうんや。
いやいや、”悪気なく宿主を殺す”ってどーゆーコトですか!? “不器用”とか、そういうレベルの話じゃないでしょ!
さっきも触れた通り、一人暮らし(1つの宿主に1個体が棲み着いているパターン)のヤドリギは、基本的に宿主の生活を脅かすことはない。ただ中には、宿主に無断で“シェアハウス”を始めるヤドリギもおるんや。この場合、宿主の側が参って、そのまま亡くなってしまうケースがある。大人数のヤドリギが、1本の樹にタカって、養分を巻き上げるわけやからな、屈強な大木もそんなコトされたらかなわんわ。
ただヤドリギたちも、悪気があって無許可シェアハウスをやってるわけではない。実がついたヤドリギには、大勢の野鳥が集まるわけやから、その周囲に糞が付着する頻度も上がる。せやから、すでにヤドリギが棲み着いてる樹には、第2、第3のヤドリギが定着しやすいんや。コレはヤドリギの意思とは関係なく起こることやから、仕方ないっちゃ仕方ない。
なるほど、野鳥が糞をするタイミングはコントロールできないとは言え、結果的に超過密シェアハウスが始まっちゃうのは、完全なるヤドリギ側の誤算ですよね。宿主が枯れたら、ヤドリギ自身も枯れるわけですし。一番割を食ってるのが、なんの関係もない宿主側、ってのがまた悲惨。マジで迷惑なタイプの不器用さですね(笑)
まあ樹木の世界は深くて広い。信じられへんぐらい自己中なヤツとか、セコいやつが仰山おる。はっきり言って、ヤドリギなんてまだ紳士的なほうやで。
まじすか!? 今の話で、ヤドリギの好感度はタダ下がりしたけど…コレ以上にヤバいやつがいるのか…。
殺意を持つ樹木たち
ヤドリギはただのニートで、本人の性格に難があるわけではない。“勝手にシェアハウス”で宿主を殺してまうのは、あくまでも事故や。
それだけでも十分嫌ですけどね(笑)
森の中には、揺るぎない殺意を込めて、他の樹種を攻撃するヤツもおるんや。事件性を感じるやろ。
怖っ!樹木って、そんなアウトローな種族でしたっけ?
意外に思うかもしれへんけど、人類は太古の昔から、樹木たちの世界に渦巻く“殺意”の存在に気がついていたんや。
約2000年前、古代ローマ時代のこと。『博物誌』(古代ローマの百科事典)の著者として知られる博物学者・プリニウスは、クルミの樹の周囲では他の植物がうまく育たないことに気がついた。ほんで彼は、「クルミの樹の影には、不思議な魔力が宿っていて、その範囲に生える全ての植物が枯れてしまう」という記述を博物誌に残したんや。
影に魔力が宿っているって、なんか古代ローマらしい発想ですね…。ほんまかいな、って感じですけど。
それがホンマやったんや。1928年に、アメリカの科学者が、クロクルミ(Black Walnut /Juglans nigra)という樹の樹皮を解析したところ、ジュグロンという有機化合物が検出された。このジュグロン、植物にとっては強力な毒素で、光合成や呼吸を阻害する性質を持ってる。クロクルミは、そんな“劇物”を、根から幹、葉っぱまで、からだの全ての部位から発散して、周囲の植物を枯らしてまうんや。
こういう風に、特定の植物種が、化学物質を使って他の植物の成長を意図的に阻害したり(促進するケースもある)する現象を、生態学の世界ではアレロパシーと呼ぶ。プリニウスの記述は、科学的にも筋が通ったモノやったんやな。
周囲に毒素を吐き散らしながら成長するって…。確かに、事件性を感じますね(笑)
クルミ属の樹種は、皆共通してこの性質を持っていて、日本の樹やとオニグルミ(Juglans mandshurica var. sachalinensis)が、常習的にジュグロンをぶっ放しよる。このオニグルミ、なかなか容姿端麗な樹でな、オーストラリアやニュージーランドでは景観樹として人気やねん。悠々と羽状複葉を伸ばした、爽やかな樹姿を見てると、つい気を許してしまって、自分の庭に招きたくなるのも頷ける。ただ、もともと横柄な性格の樹やからな、現地の生態学者をキレさせてしまったんや。オニグルミの野生化が進むニュージーランド北部では、「彼らのアレロパシーのせいで、在来の植生が劣化している」という噂も聞く。
近年の研究では、クルミ属だけでなく、ホオノキやカエデ、ブナなど、多くの樹種が一定程度のアレロパシーを引き起こすと判明してる。森の樹木たちは、お互いに牽制し合って生きてるんやろうな。
殺伐としてますね…(笑)。手持ちの劇物を使って、互いに遠隔攻撃を仕掛けながら生きていくって、ルール的には遊戯王っぽいですけど…。森の樹木たちは、生身の体を晒して、数百年単位の時間軸でそのゲームに挑んでるんですね。
カードゲームみたいな、遠隔攻撃や、頭脳プレイだけやない。相手に飛びかかって、強烈なタックルをかましてくる、ガチの格闘家もおるで。熱帯〜亜熱帯の森に多い絞め殺しの樹が、その代表格やな。
何ですか、そいつ。名前からして野蛮ですね。
名前相応の、凶悪な生態の持ち主やで。彼らは着生植物として樹上で発芽した後、自身の根を宿主に絡みつかせて成長するんや。文字通り“絞め技”をかけられた宿主の樹勢は、ジワジワと衰退していき、最後には死んでしまう。ほんで、宿主が元々保有していたスペースは、完全に乗っ取られるんや。
クワ科イチジク属の樹や、フトモモ科メトロシドラス属の樹が、定期的にこういった凶行におよぶ。中には、“他者を絞め殺さないと生きていけない!”という、サディスティックな性質を持つ樹種もおる。
サイコパスすぎる…。格闘家というより通り魔ですよ、そんなの。ニート生活をするだけのヤドリギが、かわいく思えてきました。
イカれた奴らも、森にとっては欠かせない存在
樹木たちの世界って、私達が思っているよりも治安が悪そうですね(笑)。それぞれの樹種の、ドロドロした思惑が折り重なって、森の生態系が出来上がっているんですね。
そうやな、外面だけ良くて、裏でヒドイことやってる樹木なんていっぱいおる。あいつらだって生き物やからな、綺麗事だけでは森は回らん。
みんな生きていくのに必死、ってことですよね。
人間の世界の一般常識に照らし合わせれば、今回紹介した樹木たちの生態は、とても褒められたもんではない。ただ彼らも、森の生態系の中では重要な役割を果たしているんや。たとえばヤドリギは、面積が小さく、他の森林との接続がない森(孤立林分)の植生を、充実させる役割を果たしている。孤立林分では、新しい植物が入り込みにくいために、植物種の多様性が低くなる傾向があんねん。でもそこの林冠にヤドリギが棲み着いて、野鳥が寄ってくるようになると、多種多様な植物の種も運ばれてくる。ほんで、徐々に植生が多様化していくんや。
ヤドリギが、植物種子の流通網を管理する野鳥たちをアテンドすることで、孤立した森同士が相互に接続されて、生態系全体が活性化するんですね。
アレロパシーには森の健康を維持する機能がある、という説も提唱されてる。アレロパシーって、すごく複雑なシステムで、発生源の植物種と、作用する植物種の組み合わせが決まってるねん。たとえばクルミ属のアレロパシーは、シナノキ属、マツ属、カバノキ属に対しては効きやすく、ブナ属、ニレ属、トネリコ属には効きにくいという報告がある。そしてクルミ属自身も、他の樹種からのアレロパシーを受けることもある。
それぞれの樹種が、ある程度の規則性をもってアレロパシーを発動させることで、結果的に多種多様な樹種に、何らかのアレロパシーが効くことになる。ほんで、樹種同士の勢力関係が均衡に保たれるんや。
なるほど、個々の樹木が発したアレロパシーが、複雑に作用しあって、結果的にそれぞれの樹種の勢力が、適度に抑えられるんですね。
その通り。“健康な植生”とは、樹種同士の勢力バランスが適切に保たれた植生やからな、アレロパシーがなければ、特定の樹種の勢力が異常に拡大したり、逆に弱まったりして、森の秩序はたちまち崩れてまうで。
ヤドリギもクルミも、絞め殺しの樹も、一見するとめっちゃ自己中なヤツですし、実際そうなんでしょうけど、彼ら無くして森は回らないんですね。それぞれの樹種が、自分の私利私欲を追求するために獲得した生態が、結果的に生態系全体に寄与している、っていうところが面白い…。無作法極まりない生存戦略が、複雑に交錯して、最終的には森全体の健康が維持されていくんですもんね…。生態系というシステムが、いかに精巧にできているか、よくわかります。
短い場面だけで切り取れば、あまり気持ち良いものではない言動も、視点を変えてみたり、広い視野・長い時間軸で捉えてみたりすると、案外プラスのエネルギーを持っていた、なんてコトは人間の世界でもあるんちゃう?
植生も、人間社会も、“一対一”の構造ではなく、“多対多”の構造なんや。自分と相手との、一対一の関係性だけに基づいて他者を評価してしまうのは、あまりにも偏っているし、勿体ない。他者との関係性で悩んだときは、相手の言動を”多対多”の広い視野で捉えてみるのも、ええかもしれんな。
まあ人間関係の問題は、変にポジティブに考えすぎないほうが良いかもしれませんよ。誰でも生きてたら、本当に嫌なことはあるわけですし。
それもそうやな。人間の社会は、樹木の社会と違って、ものすごく短い時間軸で回ってるし、精巧にできてるわけでもないからなあ(笑)。森の景色を俯瞰するようなマクロな視点と、樹木の人生のような長い時間軸で物事を捉え、自分の人生の中に、森の生態系のような心地よい循環をつくることが、幸せに生きるためのコツなんかもな。知らんけど。
《杉センセイまとめ》 ・ヤドリギは、根を宿主の幹に食い込ませて養分や水を横取りする。宿主を殺すほどの搾取を行うことは滅多にないが、1つの宿主に複数のヤドリギが寄生している場合は、宿主が疲弊して死んでしまうこともある。ヤドリギがひとつの宿主に密生してしまうのは、甘い実を求めて野鳥が集まり、既存の個体の周囲にその糞が付着してしまうためで、偶発的なアクシデント。ヤドリギが悪いわけではない ・孤立した小面積の森に野鳥を引き寄せ、新しい植物種の種を運んできてもらい、植生を充実させることも、ヤドリギの役割のひとつ ・クルミ属をはじめ、多くの樹種は、根や幹、葉から毒素を放出し、他の植物種の成長を抑え込む。植物が化学物質を使って、周囲の植生の生理状態に介入することを、アレロパシーと呼ぶが、これには植物種同士の勢力バランスを均衡に保つ効果がある ・絞め殺しの樹は、着生植物として樹冠で発芽したあと、根を宿主に絡みつかせて宿主を殺害する。凶悪な生態だが、複雑な構造をした彼らの幹は樹上棲の動物たちの住処になる
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