危険なカルトの洗脳か、“意識高い”の極北か?〈温かな狂気〉描く衝撃作『クラブゼロ』をミア・ワシコウスカが語る
ミア・ワシコウスカが語る『クラブゼロ』
ティム・バートン監督の『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)で一世を風靡し、『イノセント・ガーデン』(2013年)でパク・チャヌク、『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(2013年)でジム・ジャームッシュ、『マップ・トゥ・ザ・スターズ』(2014年)でデヴィッド・クローネンバーグ、『クリムゾン・ピーク』(2105年)でギレルモ・デル・トロと、名だたる鬼才と組んできたミア・ワシコウスカ。
彼女の次なる日本公開作は、生徒を“洗脳”する怪しげな教師に扮した『クラブゼロ』。名門校に赴任した栄養学の教師ノヴァク(ワシコウスカ)が提唱する究極の健康法、それは「意識的な食事」と呼ばれるものだった。脳内のイメージを活性化させれば小食でも問題なく、むしろ社会的な束縛から解放されるという怪しげな教えに感化された生徒たちは……。
本作を手掛けたのは、人間を狂わせる花を描きカンヌ国際映画祭女優賞に輝いた『リトル・ジョー』(2019年)のジェシカ・ハウスナー監督。持ち前のシニカルな作風とビビッドな色遣いが今回もさく裂し、ワシコウスカと蠱惑的な化学反応を起こしている。
このたび主演のミア・ワシコウスカの単独インタビューを実施。作品の舞台裏からクリエティブの思考に至るまで、存分に語っていただいた。
「観てくれた友人が1週間、口をきいてくれなかった」
―まず感想からで恐縮ですが、本作の観賞後、食に対する自分の価値観が変わってしまうほど「意識的な食事」という概念が鮮烈でした。単に衝撃的なのではなく、納得できてしまう部分が大いにあるのが秀逸でしたが、ミアさんはいかがでしたか?
私も全く一緒でした。ノヴァクの主張には半分が嘘、もう半分が真実めいたところがあり、その矛盾がとても興味深かったです。斬新なアイデアやコンセプトは過激になりすぎてしまうと危険なものに変貌しますが、ある程度であれば歓迎されるものです。本作はそのコンビネーションが絶妙で、ぜひ参加してみたいと思いました。
誰だって成長したいし様々な考え方にオープンでありたいと思うものでしょうが、それを突き詰めていった先に何があるのか――。この物語の場合は、エスカレートしすぎた結果飢餓状態になる生徒たちを描いていますが、基となる「意識的な食事」という考え方自体はおっしゃる通り、魅力的にも映るものでした。
―日本は食に対して寛容かつ旺盛なところがありますが、国や地域に根付いた文化によって、受け取り方が変わるようにも感じます。ミアさんの周囲の反応はいかがでしたか?
観てくれた友人は「怖かった」といって、1週間も口をきいてくれませんでした(笑)。ただ、リアクションは人によって本当に様々でしたね。カンヌ国際映画祭での上映時には「摂食障害を助長する内容ではないか」とおっしゃる方もいました。ただ私としては、この映画が描いているものはむしろ逆だと捉えていたため「何を言っているんだろう……」と感じました(笑)。
日本の食に対する意識に関しては自分はわからないのですが、オーストラリアにはこうしたコンセプト自体がないように思います。目の前に食事があったらそれを普通に食べればいいんだ、という感覚ですね。ただ一方で、摂食障害は現代の問題として存在はしているわけです。そうした意味では、現実問題をトリッキーに見せている映画といえるかもしれません。
怖いセリフをあえて温かく言わせる、監督の演出法
―生徒たちはもちろん、観客がノヴァクを信じられてしまうのには、彼女の徹底した揺らがなさがあるのではないでしょうか。ある種の信仰に生きている人独特のオーラが漂っていて、魅力的にも怖くも映る。演じるうえで、どうやってあの雰囲気を作り出したのでしょう。
やはり、組み合わせの妙だと思います。まず、彼女自身に自信がみなぎっていること。そして、自分でもなぜだかわからないのですが(笑)、彼女の言葉に妙な説得力を感じてしまうこと――。
ジェシカ・ハウスナー監督からは「脅威を感じるようなことを言うときにも、温かさを持って演じてほしい」と言われていました。実際、その方が怖いんですよね。仮に強い言葉をストレートに、アグレッシブに発したら、相手は警戒心を抱いてしまうものかと思います。しかしそれを温かく、柔らかく言うことで子どもたちは注意すべきポイントを気づかず、見逃してしまうのです。
―個人的にハウスナー監督は『ルルドの泉』や『リトル・ジョー』ほか、一貫して「妄信と揺らぐさま」を描いてきた方だと感じています。故に、その見せ方のお話は「なるほど!」と非常に刺さりました。ミアさんは監督と初タッグでしたが、いかがでしたか?
とても精密な印象を受けました。先ほどのお話と重なりますが、「不条理なセリフであっても自然に言ってほしい」というようなお話もあり、ナチュラルに見せているけれど実は人工的に作られた独特な雰囲気でした。撮影期間中には漠然と「なんだか不思議な感じがする」と感じていたのですが、中盤ぐらいでハッと気づいたことがありました。
普通の映画だったらシーンの真ん中になりそうな部分から始まったり、或いは皆が座ったままシーンを通して動かないまま話が進んでいったり、ずっと同じ場所に立ったまま展開していったり――。初めて台本を読んだときはハウスナー監督の作品を未見だったため彼女の映像面での作家性を知らず、もう少し自然なリアリティベースなものとして読んでいました。いざ現場に行ったら、そうした先入観とは全く違った撮り方で面白かったです。
―これも先ほどおっしゃったコンビネーションの妙かと思いますが、ハウスナー監督は色彩感覚も独特ですよね。衣装や美術然り、こうしたビジュアル面に関してはどんな印象を受けましたか?
私も非常に特徴的と感じました。ちなみに本作はオックスフォードで撮影を行っていて、元々ミッドセンチュリー的な設(しつら)えでした。そのため、かれらがいつの時代にどこにいるのか、いまいちわからないところがありますよね。それが観る方がどこか落ち着かないような、心がざわざわする効果につながっているのではないかと感じています。また、それぞれの話す言葉のアクセントも結構バラバラで不可思議な感じを強めていますし、衣装もあまり普通ではないタイプでした。
自分の存在がかき消される強烈な世界観に惹かれる
―ミアさんはこれまで、『イノセント・ガーデン』『嗤う分身』『マップ・トゥ・ザ・スターズ』『クリムゾン・ピーク』等々、美しいけれども歪な世界観の作品に多く出演されてきました。自分も含めて「次はどんな映画作家と組んでくれるのか」と楽しみにしているファンは多いかと思いますし、本作でハウスナー監督と組まれると聞いた際もガッツポーズをしたくらいです(笑)。ミアさんご自身も、こうした空気感の作品に惹かれているのでしょうか。
まず、自分がそういうタイプの作品をオファーされることが多い傾向があると思います。ただそれは、私が選んできた結果によるものかもしれません(笑)。そうした意味では、いまおっしゃったような世界観が好みではあります。自分という存在がその世界の中に入り込んで消えてしまうような、強烈な世界観に惹かれているところはありますね。もちろん、歪みがなくナチュラルな作品で心を強く揺り動かされるものに出合えたら、参加したいと思います。
ジェシカ(・ハウスナー)の場合はメールで脚本が送られてきたのですが、作品のムードをビジュアルでまとめたイメージボードを一緒に作ってプレゼンしてくれました。それがとにかく強烈な世界観で、「参加したらどうなるんだろう、どんな世界に入り込ませてくれるんだろう」と気になって仕方なくなり、出演を決めました。
―そうした感覚は、いち観客としても地続きなものでしょうか。つまり、観る側としてお好きなジャンル/タイプなのかどうか……。
いい質問ですね。自分が観る側だと、実はエッジーなものはちょっと苦手です。私自身はソフトな人間ですから(笑)。子ども向けのアニメやガーデニング番組を観ています。
―以前お話を伺った際に、ご自宅の庭いじりが楽しいとおっしゃっていましたもんね。ミアさんは現在、生活拠点を故郷のオーストラリアに移されて、心惹かれる作品と出合ったら仕事に出るライフスタイルに移行したと伺っています。僕自身はなかなかワーカホリック状態から抜け出せないまま体調を崩してしまったのですが、どうしたらバランスを保てるのか、よければ何かアドバイスをいただけないでしょうか。
わあ、何とお答えすればいいのか非常に難しいですが(笑)……そうですね、誰にも正解はわからないんじゃないかと思います。私自身は他人からも、なんなら自分からもアドバイスはほしくないですし、何が正しくて間違っているのか判断のしようがないとも思っています。仕事に関しても、自分ではわかったつもりではいても間違ってしまうこともありますし、バランスが取れているように見えてもそれはあくまでイメージで、実際にはごちゃごちゃしているかもしれません。自分の人生を正しくやれている人なんて、一人もいないんじゃないでしょうか。
―最後に個人的な質問をしてしまい恐縮ですが、その言葉が大変沁みます。本日はありがとうございました!
こちらこそ、ありがとうございました。どうかお体にお気をつけて。またお会いできるときを楽しみにしています!
取材・文:SYO
『クラブゼロ』は2024年12月6日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開