夏アニメ『雨と君と』藤役・早見沙織さんが語る、音・空気・言葉に宿る“美しさ”の表現とは?/インタビュー
累計発行部数50万部突破。週刊ヤングマガジンにて連載中の、二階堂幸による人気漫画『雨と君と』がTVアニメ化。7月5日(土)より、テレビ朝日系全国24局ネット”NUMAnimation”枠・BS朝日・AT-Xにて放送中です。
ずぶ濡れの帰り道、藤は、自称「犬」と出会う。フリップを使って意思疎通ができる相棒の“君”と、四季を感じながら、日常を過ごしていく――ー。藤を演じる早見沙織さんに、作品の魅力やお芝居について語ってもらった。
【写真】“犬”と暮らすリアルな日常──早見沙織が感じた『雨と君と』の魅力/インタビュー
美しい絵と物語。“音”を大切に描いていったアニメ
──原作の印象をお聞かせください。
早見沙織さん(以下、早見):絵と物語、どちらも美しくて素敵だなと思いました。イラストを見ているだけで世界に引き込まれますし、物語を追ってみれば、繊細で柔らかいだけでなく、エッジの効いたところもある。藤のストレートな物言いだったり、君のコミカルな動きだったり、割とギャップがあるところも多くて、一気に引き込まれてしまいました。
──ちょっと不思議だけど、日常がしっかり描かれている作品ですよね。
早見:君というちょっと異質な存在はいるんですけど、こういう日常って、どこかであるかもって感じにさせてくれる、リアルさがありますよね。
──絶対にファンタジーなんですけど、リアルですね(笑)。
早見:そこは藤や周りの人が持っているパーソナリティーなんでしょうね。みんなバラバラなのに、ひとつの世界ができあがっている。でも、現実もそうだと思うんです。この人はこういう人ですって、ひと言では言い切れないのが人間だし、そういう人たちが共存しているのが、この世界なんですよね。そんな人たちが、君という異質な存在を受け入れているのが、とても素敵だなと思いました。
──そもそもが多様な世界の中で、フリップに文字を書いて自分の意思を伝える自称「犬」がいても、おかしくはないですから(笑)。
早見:なかなかレアキャラですけどね(笑)。みんな、ふーんってなっているのが面白いですよね。完全に言葉を理解しているのに。
──こういうリアリティのある世界観を、アニメで演じる難しさはありましたか?
早見:やりやすさと難しさのどちらもありました。誰かと会話をしていれば、それで『雨と君と』が成立するし、その空気感も生まれていく。それはやりやすい部分でしたし、みんなで録れたことが生きる作品でもありました。
難しさでいうと、すごく繊細に描かれている作品だったので、日常の中にある感情の機微みたいなものを、どれだけ丁寧に表現できるかという意味で、ハードルがものすごく高かったんです。だから私自身も、集中して臨まなければいけないなと思いました。少しでもズレがあると、それがそのまま反映されてしまうので、とても気を使うんです。
──アフレコのときは、絵が完成されているわけではないでしょうから、どこまで加えて、どこまで引くのかという塩梅も難しそうです。
早見:それでも、絵はきれいでしたけどね。だからこの作品に関しては足し算をしすぎないというか。どちらかというと引き算をする方向だったかなと思います。
──早見さんもキャリアを重ねてきていると思いますが、今だから、こういう繊細な表現が必要とされる作品をできたと思いますか?
早見:これは言語化するのが難しいんですけど、確実に昔より今のほうが表現はできる気はしているんです。日常モノって、自分の中ではすごく親和性があって、やりやすく感じることが多いんです。作り込み過ぎずに、そのままお届けするというのが肌に合うほうなんですけど、『雨と君と』は、その中にちょっと非日常があるし、緩急がとても大事になってくるので、ただの日常を描いているようだけど、作る側はすごく考え尽くされたバランスで絵や音を作っているんですね。それがアフレコのときの映像からもありありと感じられたし、月見里智弘監督や音響監督の吉田光平さんの話からも感じたので、それを受け取って、咀嚼して、自分のお芝居に昇華していくというのは、きっと昔よりもできるようになってきていると思うんです。だから、今、巡り会えて本当に幸せです。
──早見さんは、聞いたらすぐにわかるくらい個性的で、美しい声だと思っているのですが、この作品では、いい意味で、世界に溶け込んでいるような感じがしたんです。
早見:ありがとうございます。でも、それは作品が引っ張り出してくれたところがあると思います。この作品と出会えたから、この表現が生まれたので。もしかしたら10年前に出会っていてもできていたかもしれない……けど、今のほうがはっきりとそれを出せている感覚があるんです。
──ここまで話を聞いていて、作品への思い入れが伝わってきましたが、そもそもオーディションだったのでしょうか?
早見:オーディションでした。以前、コミックスのPVでナレーションをやらせていただいたことがあって、そのときに原作を読ませていただいたんです。すごく素敵な作品で、もしアニメのオーディションがあったら呼んでいただきたいなぁと思っていたら、その後、お声がけをいただけて。
オーディションは掛け合いだったんですけど、ミミとレンと希依ちゃん役の方とご一緒できたのが、とても面白かったです。まだコロナが明けたくらいで、そんなに掛け合いでのオーディションもない中で、それでも掛け合いをするということは、そこを重視されている作品なんだろうなと思いました。自分の中で、こうしたい、ああしたいもあるけど、現場で変わるのは当たり前だし、会話が変わっていくのを楽しんでやれたらいいなと思いながら臨みました。
──ナレーションもして、思い入れが強い作品で、あまり作りすぎず現場で対応しようと思えるところがすごいです。
早見:いや、でも緊張しましたよ(笑)。決まったときもすごく嬉しくて、ここからだな!と、アフレコまでドキドキしていました。アニメの最初のアフレコも、二階堂幸先生とスタッフの方々からの挨拶が始めにあったんですけど、監督と音響監督さんから、「この作品は“音”を本当に大事にしていこうと思っているんです」という話があったんですね。声も音ですから。だからすごく緊張したし、プレッシャーもあったし、藤と君のやり取りで、この作品の空気の温度が決まると思ったので、そこは本当に繊細に、意識を向けていこうと思いました。
──でも、君はフリップで会話するから、そんなに音があるわけではないですよね?
早見:いや! 君は、麦穂あんなさんが担当されているんですけど、動物のプロフェッショナルと言ってもいい方なんです。麦穂さんが本当に素晴らしい表現をされていて、君のリアルだけどちょっとファンタジーなところ、デフォルメされているのを、ずっと隣で聞くことができたんです。だから相棒のような気持ちでやっていたし、会話をするわけではないんですけど、すごく伝わってくるんですよね。変な話、SE処理だったら、自分の表現も変わっていただろうなと思います。隣に表情豊かな表現をしてくださる麦穂さんがいらしたから、引き出してもらえたところがめちゃくちゃありました!
──しっかり会話ができていたんですね。
早見:できていました。でも、リアルに隣にいるからこその弊害もあって、気持ちが優しくなりすぎちゃうんですよ(笑)。大好きー!ってなるから、特に序盤、藤は愛想があるほうではなくクールなので、優しくなると「今の言い方は優しすぎる」とディレクションをいただくことが多かったです。
美しさを表現するために試行錯誤した1クールだったと思います
──個性的なキャラクターが多く登場しますが、個人的には、父の辰雄と藤とのやり取りが面白かったです。かなり冷たくあしらわれている父が不憫で。
早見:良い意味で、何の情もないというか(笑)。藤もお父さんに対してはツッコミが辛辣なんですよね。それがかなり面白かったし、やっていても楽しかったです。
──それもリアルですよね。お父さんは、娘に何を言われても堪えていないし。
早見:めげないですよね。何度だって生き返る(笑)。母の道子役を園崎未恵さん、父を上田燿司さんが演じているんですけど、本当に最高でしたし、ぴったりでした。上田さんは現場で1人だけ声のボリュームが大きいんですけど、「お父さん、めっちゃ声が大きくて最高!」って思っていました(笑)。対して未恵さんは、藤に通じるものがある母をクールに演じられていて、よりビシバシ言うんですけど、お母さんはお父さんのことをめっちゃ好きなんだろうなって描かれ方をしているし、実際そういうディレクションもあったんです。「惚れ込んでいるけど、それを出さずにサバサバしている」みたいな。一方でお父さんは情熱的でおちゃらけているから、そのバランスがすごく良かったです。
私も藤をどう作っていくかを迷い考え、試行錯誤の連続だったんですけど、未恵さんと掛け合いをしたときに、これがルーツなんだ!とすごく思ったんです。なので、未恵さんの表現や表出のさせ方には本当に刺激をいただいて、影響を受けていました。
──その人のルーツがわかるのは大事ですよね。この親に育てられたから、こうなっているんだというのがわかるので。
早見:そうなんです。家族を描いていただけると、ルーツが見えて面白いなと思いました。基本的には母に似ているけど、突発的に行動するところとかは、父の血も受け継いでいるなと思うし、あのお父さんを受け入れているお母さんの構図って、必要なときに必要なことを言わない藤を受け入れている母の構図と同じだから、藤とお父さんって、母から見たら近いんだと思います。
──早見さんも、両親の子だなぁと感じたりしますか?
早見:感じますね。うちは母がファンキーで、父が真面目なので逆かもしれないけど、どちらの要素もちゃんと受け継いでいるなと思います(笑)。
あと、二階堂先生が毎回アフレコに来てくださっていたんですけど、先生は、藤に通じるものがあるなと感じていました。
──先生とは、何か会話もされたのですか?
早見:ちょうど中盤くらいでしっかり話せるタイミングがあったんです。お互い緊張していたこともあって、あまり話せていなかったんですけど、思い切ってお話をしに行ったんです。そのとき、意訳ですけど、“美しいものを追求してもいいんじゃないかと思って、この物語を作っている”というような話をちらっとされていて、それがすごく印象に残っているんですよね。
それ以外にも、先生がどういう環境と、どういう人生でモノ作りの道に行かれたのかとか、いろいろなお話をすることができたんですけど、先生の中に眠る藤のパーソナルな部分も見えた気がしたし、“美しさ”をこの作品で表現する思いというものも、垣間見られた気がしました。
私も、その“美しさ”を音でも表現したいと思ったし、それに対して、すごく必死だったんです。よく、白鳥は、見えない水の中では必死に足を掻いている、みたいなことを言いますけど、まさにそういう思いで、美しさを表現するために試行錯誤した1クールだったと思います。
──先生から、藤の声について何か言われましたか?
早見:表現のところで、「ここのシーンはこういう感じです」というのを教えてくださることもありましたし、優しいお姉さんとかわいい1匹ではなく、不器用でトゲのある女とかわいい1匹で、ギリギリかわいい1匹が物語を中和してくれているような作品だと思っているとお話されていたんです。確かに、絵柄とか君に中和されているけど、藤って不器用だし、わりとストレートな物言いをしているんですよね。だからそのバランスを大事にしなければと思っていました。
──もう少しほかのキャラクターについて伺いますが、まず希依役は湯本柚子さんでした。
早見:子役さんなんですよね。もうすごくかわいくて、現場が、「希依ちゃん、希依ちゃん!」みたいな感じで、いてくれるとすごく現場が華やかになるというか、空気が変わるんです。なので希依ちゃんが活躍する回は、ほんわか楽しい感じになっていました。
──続いて、ミミとレンですが、高校からの親友感が出ていましたね。
早見:ミミ・レンがいてくれるときは、マイク前で掛け合っていても、級友みたいな感じに思えて、居心地がいいなと思うシーンがたくさんありました。
──学生時代の友達って、良い意味で遠慮がないですしね。
早見:だからディレクションも、会話がきれいすぎるとNGになるんですよ(笑)。みんなが好き勝手にやっているのがいいから、同じ方向を向いていないほうがいいというか。それぞれが好きなことを、同じ家でしているみたいな空気ですよね。それが出ているとOKになるんです。でも、3人のパーソナリティが全然違うのに友情が成立するのがすごいなと思いました。
──でも学生時代の友人はそういう感じがありますよね。趣味とかで集まっていないから。
早見:そうかもしれないですね。この作品は、ある意味全員がそうで、監督も、「全然個性が違う、多様な人たちが自分を変えずにいられる場所がちゃんと存在しているという作品にしたいから、合わせなくていい」とおっしゃられていたので、それがこの作品のリアルさにつながっていたのだと思います。
──お二人のお芝居はいかがでしたか?
早見:レン役は佐藤聡美さんは、ふわ〜っとしているけど、意思がしっかりされている方で、それがレンからもすごく感じられて、掛け合いをしていると、ひとつひとつのセリフにハッとするんです。かわいいけど、この3人の中で一番、大人みを感じるところがありますね。
ミミ役の鎌倉有那さんは、かわいいんです! スッとしていらして、ミミと通じるところがあるんですけど、要所要所で見せるリアクションが、スッとしているところから、フッと崩れるんです(笑)。その本人のキャラクターが、ミミにも乗っているなぁと思いました。
──ちなみに、君みたいな同居人は欲しいですか?
早見:いたら最高ですよね。意思疎通も図れるし、癒やされると思います。読者や視聴者の皆さんも、君がいてくれたらいいなと思っているんじゃないですかね。
──最後に、ファンへメッセージをお願いします。
早見:今回、1クールで、四季を巡るような感じに物語が再編成されているんです。それがまた良くて、藤が季節を感じていくんですけど、君がいるから、そんな季節の変化にも気付ける、みたいなところがあるんです。そんな日々のささやかな気付きをたくさんもらえる作品だと思っています。
時間がゆっくり流れているし、穏やかに観てもらえる作品だと思うので、安心したい方や、癒やしが欲しい人にもぴったりだと思います。そうかと思えば、突き刺さるような言葉のチョイスも多いので、観ていてハッとなるところもあるんです。たとえば、日々の生活の中で、何かしらの違和感、居場所に対する疑問、自分への疑問、などを感じたことがある方には、刺さる言葉も多いのかなと思います。
あと、藤は小説家なんですけど、モノ作りをする人、何かをクリエイトする人、仕事じゃなくても何かを生み出す作業をしたことがある方にも突き刺さるところはあると思います。小説を書くことに対するお話が、何話かあるんですけど、大好きだからこそ、心底嫌になる瞬間とか、何でこの作業をしているんだろうとか、物語を紡いでいくことに対する苦悩や喜びも詰まっているので、そういうところも見て、何かを感じていただければと思います。
[文・塚越淳一 / 写真・胃の上心臓]