【高野寛さん「Modern Vintage Future」 】 「アンビエント」な作品群に際立つ存在感
静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。今回は、シンガー・ソングライターの高野寛さん(静岡県出身)の11月27日発売のデビュー35周年記念アルバム「Modern Vintage Future」を題材に。
シンセサイザーをメインに、全編エレクトリックサウンドで構築された新作は、ギター弾き語りのイメージが強い高野さんにとっては新境地と言えるだろう。
専門誌のインタビューではYMOからの影響と、本作の制作期間がコロナ禍であったことが、こうした音像の要因になったと答えている。
ライブができなくなった生活の中で、「宅録」に時間を費やすという流れは、多くのミュージシャンが体験したと想像するが、本作はその最良の成果の一つとも言えるのではないか。
シンガー・ソングライターとして歌詞やメロディーを表現のツールとして操ってきた高野さんが、そこから解き放たれたように聴こえるからだ。
従来の高野節とも言える「青い鳥飛んだ」「STAY,STAY,STAY」の端正な旋律や歌声以上に、本人がライナーノーツで「アンビエント」と表現している諸作が印象深い。
特に「心を落ち着けるためによくアンビエントの曲を作っていたが、その一曲にシンプルな歌を乗せてみた」とする11曲目「Windowpane」の固く閉じたつぼみがゆっくり開いていくような曲想が、12曲目(ボーナストラック)のインスト「#105 remix」につながる流れがいい。2曲続けると、次第に楽曲が「複線化」していくように聴こえる。
13曲目「202001012」の油絵の具で色を足したり削ったりするような構成の7分44秒はスリリングだし、14曲目「Instant House」は力強いキックがパーティーのような雰囲気を盛り上げる。15曲目「Breath」のドラムン・ベースは洗練の局地だ。
閉塞感にさいなまれ、出口が見えなかっただろうコロナ禍に身を置きながらも挑戦を繰り返す「音楽家の本能」がにじむ。やれることを、切らさずやるしかないんだ。(は)