死後の世界と再生の哲学 ― 森アーツセンターギャラリー「ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト」(レポート)
5000年以上前にナイル川流域で栄えた古代エジプト文明。その高度な文化と多くの謎は、長年にわたり多くの研究者たちを魅了してきました。
ピラミッドやミイラはなぜ、どのように作られたのか?古代エジプトの人々の暮らしや死後の世界への考えとは? ブルックリン博物館の古代エジプトコレクションから厳選した約150点の遺物を紹介する展覧会「ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト」が、森アーツセンターギャラリーで開催中です。
森アーツセンターギャラリー「ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト」展示風景
ピラミッドやツタンカーメンの黄金のマスクで知られる古代エジプト文明ですが、その背後には豊かな日常生活がありました。
展覧会の冒頭では、各地で発見された遺物を通じて、古代エジプトに生きた人々の暮らしの豊かさとリアルな姿を感じてもらいます。
1st ステージ「古代エジプト人の謎を解け!」展示風景
古代エジプトで最も理想とされた職業は「書記」でした。神聖な文字を操る書記は、神官や官僚なども含む名誉ある役職でした。中王国時代の『ドゥアケティの教訓』では、父が息子に書記の素晴らしさを説き、農民や漁民、大工など他の職業を過酷なものとして描いています。
一方で、書記は清潔な服を着て名誉と安定を得られるとされていました。しかし、近年の研究では、書記も腰痛や肩凝りに悩んでいたことが分かっています。職業観には理想と現実のギャップがあったのです。
《書記アメンヘテプ(ネブイリの息子)》新王国時代・第18朝 アメンヘテプ2世治世 前1426~前1400年頃
古代エジプト王の名前は神と結びつき、宗教や政治を反映していました。クフ王は「クヌムは我を守りたもう」を意味し、メンチュ神やトト神、アメン神に由来する名の王も登場しました。宗教改革を行ったアクエンアテンや「ラーが生んだ者」を意味するラメセス1世が続きますが、後に外国由来の王名が現れ、統治の終焉が示唆されています。
この像は王の名前が失われていますが、頭部の様式からギザの大ピラミッドを建造したクフ王ではないかと推測されています。王は上エジプトの白冠をかぶり、セド祭の衣装を着用していると考えられます。クフ王の彫像は非常に少なく、象牙製の小像や、ブルックリン博物館のこの作品など、わずかな例しか確認されていません。
《王の頭部》古王国時代・第3王朝後期~第4王朝初期、前2650~前2600年頃
古代エジプトのカルナク神殿は、最高神アメン・ラーを祀る最重要の記念建造物で、広さは100ヘクタール以上に及びます。中王国時代からローマ時代まで2000年以上にわたり増改築され、創世神話や宇宙観を体現する複合神殿として発展しました。
神域は周壁で囲まれ、「原初の海」を象徴する凹凸の形状を持ち、入り口には太陽が昇る地平線を象徴する塔門が建てられました。大列柱室には134本の柱が並び、「原初の沼」を表現。さらに巨大なオベリスクや、「原初の丘」とされる至聖所が配置されています。
2nd ステージ「ファラオの実像を解明せよ!」展示風景
古代エジプトの王族や貴族の墓には、冥界がある西への入り口として「偽扉」が設けられ、それは死者の霊魂が現世と来世を行き来するための象徴でした。扉には故人の名前や称号、供物リストが刻まれ、霊的に供物を受け取る場となっていました。
エジプト人は儀式や供物が続く限り、死者が来世で快適に暮らせると信じていました。また再生には肉体の保存が不可欠と考え、内臓を取り出し、遺体を乾燥させることで永遠に保存しました。ツタンカーメン王墓には生活用品だけでなく、食物も副葬品として納められていました。
】Final ステージ「死後の世界の門をたたけ!」展示風景
【写真
伝統的なミイラ作りでは、4つの臓器を防腐処理してカノプス壺に収めました。壺の蓋は神々の頭部をかたどり、それぞれ胃、肺、肝臓、腸を守る役割がある。ジャッカルのドゥアムトエフ、ヒヒのハピ、人間のイムセティ、ハヤブサのケベフセヌエフがそれに対応します。
「カノプス」という名称は、古代エジプトの港町カノプスで崇拝された壺形のオシリス神像に由来し、19世紀のエジプト学者が命名したものです。
《カノプス壺と蓋》(4体)末期王朝時代・第26朝、前664~前525年またはそれ以降
古代エジプトでは胎児を作るのは男性で、性交によって女性に胎児を移すと考えられていたため、女性だけでは再生できないとされていました。そのため、女性が復活するには一時的に男性に変身する必要があると信じられていました。
《〈家の女主人〉ウェレトワハセトの棺と内部のカルトナージュ》には、生前着ていた衣服をまとった姿が描かれていますが、女性の衣服を身に付けた姿で描かれた本作は珍しい例です。
《〈家の女主人〉ウェレトワハセトの棺と内部のカルトナージュ》新王国時代・第19王朝、前1292~前1190年頃
高度な文化や深い宗教観が現代の私たちを魅了し続けている古代エジプト文明。日常生活の豊かさから王権の象徴、死後の世界に至るまで、多彩な視点から古代エジプトの魅力を紐解いていく楽しい展覧会です。「30代はもう晩年!?」「古代エジプトの終活事情」など、会場各所にあるトリビア解説パネルもユニークです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年1月24日 ]
※作品はいずれもブルックリン博物館蔵