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「おじたちから評判いいよ」で得た自分の価値。パパ活女子の末路は惨め一直線なの?【恵比寿の女・山本 晴乃23歳 #3】

コクハク

おじに頼る生活は、もういい(写真:iStock)

【何者でもない、惑う女たちー小説ー】

【恵比寿の女・山本 晴乃23歳 #3】

ニトリの家具に囲まれた私の部屋(写真:iStock)

 恵比寿のエステサロンで働いている晴乃は、同い年のお客様である港区女子のまひなから誘われ、ギャラ飲みに参加する。気乗りはしなかったが、同席していた社長からポンと自分では買えない最新型のスマホをプレゼントされて…。【前回はこちら】【初回はこちら】

 ◇  ◇  ◇

 まひなは途中でいつの間にか消えていた。

 一方、晴乃は宴のノリにのみこまれ、ラストまで華として滞在した。ギャラはタクシー代を含んだ3万円+α。男たちから素直に受け取ってそのまま帰路についた。

 家賃7万円の小さな部屋に帰るなり、晴乃は借りた服のまま倒れ込む。ニトリで買ったパイプベッドのきしむ音が響く。

 いつの間にか朝を迎えていた。

 終盤のテキーラショットが残る気怠さがある。ただ、晴れやかさで身体が満ちていた。

20万円を一晩で貰えたのと同じ(写真:iStock)

 夢じゃない。傍らには新しいiPhoneがあるのだ。

 貧乏人の悪い癖、値段を検索すると、それは20万円近くだった。たった一晩で、それが手に入った事実と、冷静に向き合う。ひび割れたスマホからは、まひなから『おじたちから評判いいよ。またよろしくー』とLINEが入っていた。

『ぜひ、お願いします』――晴乃は土下座のスタンプを素直な気持ちで返した。

自分にはそれだけの「価値」がある

 確かに、気疲れする一夜だった。相手にねっとりと触れられた。イラッとすることもあった。もうひとりの自分との戦いだった。

 だがそのストレスこそ、自分に与えられたものの価値なのだろう。客商売と同じだ。お互いの、需要と供給のバランスを満たしただけなのだ。

 1時間4万円のエステに価値を見出す人がいるように、若い女と過ごす時間に同等の価値を見出す男がいる。その価値が自分にあるとされたありがたい気持ちもあった。

 晴乃は、割り切ることにした。多少の迷いをはらみながら。

おじさんの扱い方も慣れてきた(写真:iStock)

 幸いなことにサロンで厄介客の接客をした経験や、年配の多い地域で育ったことが功を奏した。

 何回かギャラ飲みをこなすと、次第に慣れてくるものだ。

 3カ月ほどで、それなりの立ち回りができるようになっていた。ギャラ飲みから繋がり、個人的なお誘いも来るようになった。

「稼げる時間はあっという間だよ」

「大人のカンケイは、絶対ナシならいいですけど」

「うんうん、大丈夫だって。約束するからさぁ」

 もったりと腰に手を回しながら、説得力のない言葉を中年男はささやく。

 新しくできたばかりという、麻布十番の鮨店のカウンター。漆黒の店内が付け焼刃のラグジュアリーを演出している。鳥肌を悟られない厚手のニットを着てきてよかったと晴乃は安堵する。

 彼は何回目かのギャラ飲みで知り合った経営者の男だ。

「でもさ、もったいないよね。稼げる時間はあっという間だよ」

カウンターで鮨をつまむ「あの女」って…

 男はその日のお手当をカウンターの下で手渡ししながらつぶやいた。当たり前のように晴乃は受け取り、今年二度目の誕生日祝いとして受け取ったカプシーヌに雑に詰め込んだ。

「あっという間だから、大事にしてるんです」

「大事ねえ…使い時を見極めないと」

 男は、晴乃のタイトスカートの上で指先を遊ばせながら酒臭い吐息を吹きかける。能面の微笑で晴乃はごきげんに応えた。

セクハラは適当にかわす(写真:iStock)

「ご教授、ありがとうございます~」

「固いなあ。間違うと、ああいうオンナになっちゃうよ」

 彼はカウンターの隅でひとりきり鮨をつまむ女性に視線を投げた。

 薄暗い中、スポットライトが当たったような照明がやたらと目の下のたるみとひとりの存在感を浮かび上がらせている。

 晴乃はその女に見とれ、頷くことはできなかった。

 ――あれ、あの人…?

 ふと、女に特別な気配を感じた。

やっぱりバレていた「ええと、あれは」

友梨佳さんはひとりでも来れるんだ(写真:iStock)

 数日後。

 閉店後の片づけをしていた晴乃は、ふたりだけになったタイミングで、友梨佳から突然話しかけられた。

「山本さん、あの鮨屋どうだった?」

 薄暗い死角にいたため、バレていないと思っていたが、やはり存在は認識されていたようだ。

「イマイチじゃなかった? 知り合いの店だし、ご祝儀代わりに伺ったけど」

「あ…ええと、あれは」

「いいのよ、仕事さえちゃんとしてくれれば」

 友梨佳は、うろたえる晴乃をフォローするように告げた。

友梨佳のまっすぐな視線に胸が痛む

 責めているわけでないことは表情でわかる。純粋な日常会話のひとつのはず。まひな曰く、彼女もそんな過去があるということなのだから。

 ただ、自然と謝罪の言葉が出てしまう。

「すみません…」

「なんで謝るの?」

 その通りだ。晴乃は誰に対して謝っているのかわからなかった。

「すみません…」(写真:iStock)

 もしかしたら、自分の中で迷いや後ろめたさがあるのかもしれない。尊敬している人に言われて思い知る。

 そんな気持ちがあるくらいなら、パパ活など手を出す資格はないのかも――迷いながら顔を上げた時、そこには友梨佳のまっすぐな視線があった。

「いいの。堂々としなさい。将来、正当化できる自分になっていれば結果OKなんだから」

 ドクン、と胸が波打つ。

したたかな女の「成功談」は嫌われる

 ネットを眺めていると『パパ活女の悲惨な末路』がこれ見よがしに提示される。高慢で惨めな女は娯楽として消費されがちだから。

 だけど、したたかな女の成功談は耳にほとんど入って来ない。

 おもしろくないからだ。あっても、悪意ある表現で語られ、それが一歩踏み出そうとする女の呪いとなっている。

私の憧れの女性だ(写真:iStock)

 カウンターでひとり、鮨をつまむ友梨佳は格好よかった。

 だけど、あのおじは惨めな女だと表現していた。同意できなかったことを思い出す。

「じゃあ、お疲れ様。がんばってね」

 サロンから出ようとする友梨佳の背中が目の前にある。

 7cmのハイヒールでまっすぐ立つその背中は大きい。距離は近いのに、まだ遠い背中。早く辿りつきたいと、素直に見上げる。

「後悔しないように生きます」

「まぁ、すべてが自己責任だけど」

 友梨佳は、ニヤリと微笑んだ。清潔感あるヌードなルージュに彩られた口元から、綺麗にホワイトニングされた歯をちらりと見せて。

自分の選んだ方法で後悔したい

おじに頼る生活は、もういい(写真:iStock)

 個人的な関係を誘って来たおじには、丁寧におことわりを申し出た。

 以降、月を経るごとに連絡は途絶えがちになっているが、それはそれでいい。自分を尊重してくれるおじはまだたくさんいるのだから。

 はじめてのギャラ飲みから半年。晴乃は、相変わらずの日々を過ごしていた。変わったのは友梨佳のテストに合格し、お客様の前に立つことができるようになったくらいだ。

 色々言う人はいる。

 だけど、後悔をするなら自分の選んだ方法で後悔したい。

 言われたとおりにして、その選択が間違っても、その人は責任をとってくれない。だから、したたかに、まっすぐに、生きる。

後悔のない人生をしたたかに送ろう

まひなは強く生きているはず(写真:iStock)

 休憩時間、Diorのチャームが揺れるiphoneで、母親へ今朝届いたお米2kgのお礼LINEを送った。

 連絡帳を眺めていると、気がつけばここ数カ月、まひなからの連絡が来ないことに気づいた。

 サロンにもやって来ない。

 この前赴いたギャラ飲みの現場で、太おじに切られたとか、整形に失敗したなどという真偽不明な噂は耳に挟んだが…。

「ま、いいか」

 知らせのないのは良い便りだと晴乃は思うことにする。

 まひなが後悔のない人生をしたたかに送っているのを願いながら。

Fin

(ミドリマチ/作家・ライター)

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