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【光る君へ】なぜ藤原実資は火を消さない?『前賢故実』肖像画のエピソードを紹介

草の実堂

「やれやれ……」ぼやく藤原実資(イメージ)。菊池容斎『前賢故実』より

NHK大河ドラマ「光る君へ」皆さんも楽しんでいますか?

本作では様々な平安貴族が登場・活躍する中、ひときわ存在感を高めているのが藤原実資(さねすけ)。

劇中では秋山竜次がカタブツで筆まめ(日記『小右記』執筆)、そして意外と女性関係の華やかな人物として演じられています。

実資の肖像画

本作を通じて実資に興味を持ち、インターネットで調べるようになった方も多いのではないでしょうか。

「藤原実資」で画像検索すると、恐らくよく見かけるこの画像。どこかで見覚えがあるかと思います。

藤原実資。菊池容斎『前賢故実』より

こちらは幕末から明治時代に活躍した絵師・菊池容斎が手がけた『前賢故実』という伝記集の1ページ。

神話の時代から南北朝時代にかけて、数百名もの肖像画と略伝がまとめられました。

その一つである実資の肖像画というわけです。

見てみると、実資は振り返って御簾についた火を見ており、手には笛を持っています。

「このシーン、いったい何があったんだろう?」

そう疑問を感じられた方も多いことでしょう。

筆者もそう思ったので、今回調べてみました。

このエピソードは仏教説話集『十訓抄(じっきんしょう)』に収録されており、実資の賢明さを示したものだそうです。

さっそく見てみましょう。

すぐ消せた火をあえて消さない実資。その理由は?

ある時のこと。実資が新居に引っ越しました。

夜は冷えるので火鉢を出して温まっていたところ、炭火がはぜて御簾に当たります。

普通なら燃え移るはずもないのですが、次第に御簾が焦げ、やがて火がついてしまいました。

とは言えごく小さな火ですから、手で叩くなり息を吹きかければすぐ消せたでしよう。

しかし実資は火を消すどころか、火を眺めるばかりで何もしません。

放っておくと御簾の火は徐々に大きくなり、このままでは火事になってしまうでしょう。

それでも実資は火を消そうとはせず、ただ眺めているばかりでした。

「殿様、何をなさっているんですか!」

大きくなっている火を見つけて、従者が駆け寄ってきます。

すぐにも火を消そうとしますが、実資はそれを止めさせました。

「なぜですか?このままではせっかくの新居が焼けてしまいます!」

「よいから、言う通りにせよ」

「そんな……」

いったい実資は何を考えているのでしょうか。

後から駆けつけた者たちも、燃え盛る火を呆然と眺めるばかりです。

ここまで来ると、火は天井まで燃え移り、もう自力での消火はできません。

従者らにしてみれば「言わんこっちゃない」でしょう。

炎を眺めていた従者たちも、我先にと逃げ出しました。

「殿様も、早く避難なさいませ!」

「……そうだな。表に牛車(くるま)を回してくれ」

実資はそう言うと、自分の部屋から笛だけ持って出ていきます。

「家財道具や財産はどうなさるのですか?」

「持って行かん」

「なぜ?すべて焼けたら一文無しですよ!」

「考えがあるのだ。よいから言う通りにせぇ」

「……かしこまりました」

果たして実資は用意された牛車に乗り込み、悠然と屋敷から避難しました。

振り返って見れば、屋敷は囂々と炎を巻き上げ、紅蓮の舌に舐めとられていきます。

「本当に、これでよかったのですか?」

「諄(くど)い。後できちんと説明するゆえ、心配いたすな」

「はぁ……」

炎は燃えるだけ燃え盛った挙げ句、実資の新居をことごとく焼いてしまったのでした。

新居が焼けるくらいなら……実資かく語りき

別の実資。『紫式部日記絵巻』より

さて。小さな火を見逃したばかりに、新居から焼け出されてしまった実資を、人々は笑いものにしたことでしょう。

「何でも小さな火が大きくなるまで、ボケッと見ていたらしいぞ」

「すぐ消せただろうに、ほんのひと手間を惜しんで新居を丸ごと失ってしまった」

「世の人々は賢人右府(けんじんうふ。賢い右大臣)などと誉めそやすが、本当は単なるウスノロなんじゃなかろうか」

……などなど、まさに言いたい放題。

こうした巷の嘲笑を耳にして、従者らは悔しいやら恥ずかしいやら。

「殿様、どうか先日の理由をお教え下さい!」

従者らに詰め寄られる実資。しかし動じることなく、悠然と説明したのでした。

実資「よかろう。あの夜、火鉢の走り火が御簾に燃え移った。普通ならば有り得ないことだが、それが現実に起こったのは、天が災いをもたらしたゆえだ。そうに違いあるまい」

実資「確かにあの時、火を消そうと思えばすぐに消せた。しかしあの火が天のもたらした災いであるならば、災いを袖でもみ消すことなど叶うまい」

実資「ここで火を消せば、新居は無事かもしれない。しかし新居を失う以上の災いが必ずもたらされるだろう」

実資「新居などすぐに建て直せるが、その災いを避けた報いがどのように降りかかるか分からない。ならば新居くらい、燃えるに任せようと考えたのだ」

実資「財産を持ち出さなかったのは、災いの一環を持ち出さないようにするためだ。笛だけはどうしても大切なので、これだけ持ち出したが……どうか見逃してもらいたい」

より大きな災いを避けるためにこそ、新居が焼ける程度の災いは甘んじて受けた。どのみち天のもたらした災いからは逃れられないのだから……そんな実資の説明に、従者らは一同感服します。

やがてこの話が広がって、実資は賢人右府の名を取り戻したのでした。

終わりに

……あたらしく家を造りて、移徙せられける夜、火鉢なる火の、御簾のへりに走りかかりけるが、やがても消えざりけるを、しばし見給ひけるほどに、やうやうくゆりつきて、次第に燃え上がるを、人あさみて寄りけるを制して、消さざりけり。
火、大きになりける時、笛ばかりを取りて、「車寄せよ」とて出で給ひにけり。いささか物をも取り出だすことなし。
これより、おのづから賢者の名あらはれて、御門より始め奉りて、ことのほかに感じて、もてなされけり。かかるにつけては、げにも家一つ焼けむこと、かの殿の身には数にもあらざりけんかし。
ある人、のちにそのゆゑを尋ね奉りければ、「わづかなる走り火の、思はざるに燃え上がる、たたごとにあらず。天の授くる災ひなり。人力にてこれを競はば、これより大きなる身の大事出で来べし。何によりてか、あながちに家一つを惜しむにたらむ」とぞ言はれける。……

※『十訓抄』より

今回は藤原実資の肖像画に描かれたエピソードを紹介しました。

『前賢故実』に描かれるほどだから、何か意味があるんだろうけど何なんだろう?と思っていたので、調べられてよかったです。

他にも実資の賢人右府エピソードがあるので、また改めて紹介できればと思います。

文 / 角田晶生(つのだ あきお)校正 / 草の実堂編集部

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