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菜月チョビ「子どもはもちろん、大人の中にいる子どもにも届けたい」 児童文学の舞台化に挑んだ、音楽劇『姉さんは、暖炉の上の、壺の中』インタビュー

SPICE

菜月チョビ

英国文学賞のブランフォード・ボウズ賞、ベティ・トラスク賞を受賞し、2017年全国学校図書館協議会・選定図書にも選ばれた、アナベル・ピッチャーの名作児童文学『さよなら、スパイダーマン』が、劇団鹿殺しの菜月チョビによって世界で初めて舞台化される。

OFIICE SHIKA×海外児童文学シリーズの第1弾として上演される音楽劇『姉さんは、暖炉の上の、壺の中―My Sister Lives on the Mantelpiece』は、同時多発テロ後のイギリスを舞台に作り上げる瑞々しい音楽劇。主演を、本作が舞台初主演となる「Lil かんさい」の大西風雅が主人公のジェイミーを演じ、ジェイミーのイスラム教徒のクラスメイト・スーニャを瀧野由美子、ジェイミーの姉・ジャスミンをロザリーナが演じる。本作を企画し、演出を務める菜月チョビに「海外児童文学シリーズ」を立ち上げた思いや本作を選んだ理由、見どころなどを聞いた。

ーー今回、どのような思いから、児童文学を舞台化しようとお考えになったのですか?

私は元々、教師を目指していて中高の教員免許を持っていますし、両親ともに国語の教師だったこともあり、お話を読むということがずっと好きで、大人になってからも図書館で児童文学を読んでいました。そうしたこともあって、ミュージカル『マチルダ』やミュージカル『ビリー・エリオット』といった少年少女の心を描いた舞台作品に興味を惹かれて。『マチルダ』はブロードウェイで観たのですが、楽しい舞台の中にも自分を救ってくれる“社会の生き方のコツ”が散りばめられた作品を観ることができたら、子どもたちの救いになるんじゃないかなと思ったんです。自分の家族が100点満点じゃないときに子どもはどうしていいか分からないですよね。どうしたらいいんだろうと困ってる子どもたちが、「こういう考え方もあるんだ」と気づくことができる。目の前の状況が100点満点じゃなかったら、どうやって元気を出せばいいのか。私自身も子どもの頃、分からなくて生きづらさを感じていたこともあったので、そういった作品を作りたいと思ったのが最初です。ただ、子ども向けの作品というわけではなくて、大人が観ても子どもが観ても、直感的にすごいと思って、素直になってメッセージが入ってくるような、そういうものを作りたいって思って立ち上げました。

菜月チョビ

ーー今回の作品は、アナベル・ピッチャーさんの『さよなら、スパイダーマン』を原作としています。この原作とはいつ頃、出会ったのですか?

大人になってからです。何冊か舞台化したいと思っている作品が溜まっていて、そのうちの一冊でした。

ーーこの作品をシリーズ第1弾に選んだのはどういった理由からだったのですか?

「本当に必要としている子どもたちが観られるようにするにはどうしたらいいか」ということを企画の最初の段階から考えていて、ずっとその方法を模索していたのですが、大きなプロダクションでたくさんの人の協力を得て作るとなるとどうしても時間がかかってしまいます。なので、まずは自分たちでプロトタイプを作って観せることから始めようと考えるようになりました。やりたい作品は大きい規模のものから小さい規模のものまでいろいろとあるけれども、その中でも核が絞られた家族をテーマにしたものだったら、自分たちのやりたいことを落ち着いて詰め込んでやれるのではないかと考えたんです。設定がコンパクトで、伝えたいメッセージが絞り込まれているシンプルな作品でもある今回の作品は、私がやりたい「児童文学の舞台っていうのはこれだよ」ということを示すのにいいのではないかと考えて選びました。

ーー先ほどお話に上がった『マチルダ』や『ビリー・エリオット』は、子ども役は子役のキャストが演じています。今回の作品では、子ども役も大人キャストが演じますが、それについてはどのような意図があったのですか?

もちろん子どもに向けて作品を作るという気持ちもありますが、子どものときにどうしていいか分からないまま大人になった、大人の中にいる子どもにも届けたいという思いが強くあって。なので、子どものときの傷を知っている人に演じてほしいという思いが最初からありました。その傷を知っていて、子どもの心を持っている人でやろうと。

菜月チョビ

ーーなるほど。音楽劇として、音楽をたくさん取り入れたというのも、幅広い年代に向けてという思いがあるのでしょうか?

そうですね。私自身が、お芝居を観るのがそれほど得意じゃないので(苦笑)、音って大事だなと思うんですよ。例えば、「これはみんなのためだよ」などと言われて学校で観させられたり、「社会問題を考える作品だ」と意識させられて始まる作品はどうしても集中して見られなくて(笑)。カナダ留学中に大規模な花火大会でビートルズの曲に合わせて花火が上がったのを見たとき、花火のドンという大きな音に反応してビクッとなると、ビートルズの歌詞やメロディーが何も考えずにスッと入ってくるなと感じ、私が観たい作品はこれだと思ったんです。私がもし、お客さんだったら、素直に受け止められるのは、「これはいいものだ」と考えて観る以前の、もっと生理的な、動物的な反応を感じるものだと思います。なので、いつも私の作品には音楽やパフォーマンスがあるんです。今回の作品が持っているメッセージも、劇団公演の作品以上にヘビーな部分もあるので、子どもの心に帰るためにも、動物的なところで心を動かしてもらって、そこに自然に入ってくるという演劇の楽しさを感じていただければと思います。それは生ゆえの楽しさでもあると思います。

ーー「劇団公演の作品以上にヘビーな部分もある」ということでしたが、確かに本作もかなり重いテーマを扱っています。児童文学というともっと軽い、例えば冒険活劇のような作品をイメージしていたのですが、こうした重く、深いテーマの作品も多いのですね。

小学校中学年以降から中学生向けの児童文学は、大人向けの本よりストレートに苦しいところを描いている作品も多いんですよ。ファンタジーだけど現状の苦しさもしっかり描かれていたり、そうした苦しい現実からファンタジーに飛んだり。大人になって読む文学とは、少し違うと思います。大人の人は苦しさをいっぱい知っているから、文学になると曖昧になりがちですよね。何も起こっていないけど何か起こっているという感じで終わっていく。きっと、小学校中学年から中学生は、本当に助けて欲しいという思いがあるから、ストレートに言ってほしかったことが書いてあるのだと思います。私はそうした作品が好きです。そうしてディープな問題も描かれていますが、今回、この作品を選んだのは主人公のジェイミーという男の子がその傷に真正面から向かっているというわけではなく、どうしたらいいのか分からないという無邪気な目線で描かれているからということもあります。あらすじだけを読むとどんな暗い話が展開するのだろうと感じると思いますが、子どもの目線を通して描かれているので、子どもらしい無邪気さで問題に立ち向かったり、かわしたり、イメージの世界に飛び込んだり……カラフルで楽しくて、かわいいシーンがほとんどです。舞台を観ていただけたら、あらすじとは全然違う印象を持つと思います。かわいくて楽しいおもちゃ箱のような作品で、かわいいなと思って観ていたら、いつの間にかジェイミーと一緒に自分の中の悲しさに気づく。そんな作品にしたいと思っていますので、きっと楽しく観ていただけるのではないかと思います。

菜月チョビ

ーー演出する上で、今、こだわっているのはどんなところですか?

社会にたくさんある問題をそのまま描いて、「こういうことってあるよね」と言われても、大人の人は現実社会でそれを実感しているから、もう一回、詳しく教えてもらわなくてもいいと思うんです。むしろ、今がしんどいから、舞台でもそれを観るのはしんどい。なので、しんどい状況にいる子どもたちをそのまま描くのではなく、明るく笑って観られるものにして、みんな同じように辛さと向き合っているということを伝えたいです。劇場で非日常を味わって楽しい時間を過ごしてもらいたいという思いがあるので、演出的には、どう楽しく解釈するか、面白く笑い飛ばすかを大事にしていきたいと思います。

ーー個性豊かなキャストさんが揃っていますが、稽古をしてみての手応えはいかがですか?

舞台経験もバラバラなので、今は「同じ世界に生きている人間になる」ことを大事に稽古しています。ただ、舞台経験が少ないからこそ、すごくピュアな人が多く、“演じる”ということにも先入観がないので、嘘にならないなとも感じています。「役者さんってこうですよね」と役者っぽい演技をすることもないんですよ。役者というイメージすらない方も多いので、それがすごく面白いし、安心しているところでもあります。

ーージェイミー役の大西さんには、どのような印象がありますか?

彼の実年齢は20歳なんですが、15歳の少年のような印象です。すごく若い頃からお仕事しているので、もっと社会に慣れてしまって、ある意味、プロになっているのかなと思ったら、こんなにもボーッとしたまま20歳になる人もいるんだなと(笑)。もちろん、いい意味ですよ。きっとたくさんの情報やいろいろなものが降り注いできたと思うのですが、そのままの自分で成長してきたんだろうなということを感じます。初めてお会いしてお話したときにびっくりしました。人の目も気にせず、思いついたことをそのまま話す、子どものままのような人だなと思って。子どもらしさを演じる必要もないくらい真っ直ぐで、不思議な人で面白いなと思います。今回はストーリーテラーとしての役割もあり、ずっと走り続けなくてはいけないですし、ダンスも芝居も歌もあり大変だと思いますが、全くへこたれずに、来たものを受け止めてどんどん練習していく姿に頼もしさも感じています。

スーニャ役の瀧野さんもそうですが、アイドルとして人前に立つ経験がある方たち。アイドルは短時間で万人に魅力を伝えることが求められるお仕事だと思うので、その分、基本失敗や抜けているところはあまり見せられないのだと思います。ただ、瀧野さんは、抜けているところがかわいいことを肌で分かっている方です。なので、話していても安心感があります。

菜月チョビ

ーー音楽や振り付けにおいては、どのようなことを意識していますか?

児童文学の音楽劇というと、正しい大人と子どもが出てきて、美しい声で歌うというイメージがあるかもしれませんが、今回のお話にはやさぐれた人もいるし、突飛なキャラクターもたくさん出てきます。音楽も同じで、おもちゃ箱のような楽しさに溢れたものになっていると思います。イギリスの湖水地方の石造の素敵な街が舞台ですが、田舎ではあるけれども、子どもたちはちゃんと都会のことも知っているし、テンションが上がって歌う歌はカッコよくて、大人が聞いても子どもが聞いても歌いたいと思えるような楽曲になっていると思います。振り付けも、見ている方がすごいと思ってもらえるパフォーマンスを取り入れたいと思っています。今回、ステージングを大植真太郎さんと浅野康之さんにお願いしています。大植さんは猫のロジャー役でも出演されますが、バレエの世界の頂点で活躍をされていたのに、今はさらに幅広く身体表現の面白さに取り組んでいる方なので、思いもよらないステージングを作ってくださるんですよ。しかも、自分が踊るだけでなく、みんなができるように魔法かけてくださっています。気持ちが湧き上がるような、子ども心を刺激するステージングになっていると思います。

ーーありがとうございました! 改めて、公演に向けた意気込みをお願いします。

長年やりたかった児童文学の音楽劇なので、私自身もドキドキしています。あらすじを読むと重いストーリーだと感じるかもしれませんが、すごく楽しい作品です。これが演劇の入り口になればいいなと思っています。生で観るお芝居の良さを感じられる音楽とパフォーマンスが詰まった作品になっています。まずは、自分たちが1番観たいものを作れるように、今みんなでアイデアを惜しみなく出し合って作っていますので、ぜひ劇場にお越しください。それから、今回は配信もございますので、遠方の方や劇場に来られないという方も、ぜひこのOFFICE SHIKAの海外児童文学シリーズの第1弾をご覧いただき、私たちがやりたいと思っていることを見届けていただけたら嬉しいです。

菜月チョビ

取材・文=嶋田真己      撮影=中田智章

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