鳩に学ぶドローンスワーム制御 [小林啓倫のドローン最前線] Vol.89
今回もバイオミメティクス(biomimetics)に関するニュースを紹介しよう。バイオミメティクスとは、生物の体の構造や動きのメカニズムなど、自然界に存在するものを参考にして新しい技術を生み出すことで、バイオミミクリー(biomimicry)とも呼ばれる。今回、研究者たちが参考にしたのは、私たちにもお馴染みの鳩だ。
鳩に学ぶ集団飛行
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鳩の集団飛行
参考映像を見るまでも無いかもしれないが、鳩は都会という障害物が非常に多い(しかもその種類が多種多様な)環境の中で、群れを形成したまま器用に空を飛ぶことができる。一方でドローンスワーム、すなわちドローンを群で飛行させる場合、障害物の多い環境では、各機がお互いにぶつからないよう飛行させるのは至難の業となる。そこで鳩たちの飛行技術を参考にして、ドローンスワームの制御を高度化できないか、というわけだ。
なぜ鳩はこのように、障害物の多い環境を集団で飛行できるのか。理由の一つは、鳩の群れが階層構造を形成しているためだ。
これまでの研究から、鳩の群れの中には「リーダー・フォロワー関係が存在する階層的ネットワーク」があることが分かっている。そしてこの組織構造により、群れ全体の飛行効率が高まることが実験によって示されている。群れ全体を導くリーダー(固定されているわけではなく、経験豊富なハトや、進行方向の変化に気づいたハトなどが担う)が存在し、そのリーダーの行動が群れ全体の方向性を決定することで、統制された飛行を可能にしているのだ。
この階層構造が障害物の多い環境においても有利なのは、それが意思決定の効率化と、情報伝達の最適化をもたらす点にある。リーダー鳩が障害物を検知し最適な回避経路を決定すると、その情報が階層的に伝達され、群れ全体が迅速かつ統一された行動を取ることが可能になる。別の研究によれば、鳩の群れは飛行フェーズに応じて階層的モードと平等主義的モードを切り替えることが知られており、この柔軟性が障害物環境での適応力を高めている。
さらに鳩は、障害物を避ける際に「最大の隙間と最小の操舵」という原則に基づいて飛行方向を調整する能力を持つことが明らかになっている。この障害物回避の効率性とリーダーシップ構造が組み合わさることで、群れ全体としての衝突回避と進路選択の最適化が実現されているのである。
実験結果
これらの研究結果を踏まえ、その制御アプローチをドローンスワームに応用したのが、中国の杭州市にある杭州師範大学の研究者ら(ちなみに同大学はアリババグループの創業者であるジャック・マーの出身校として知られている)。発表された研究論文によれば、彼らは鳩の集団飛行法に「仮想チューブ」という手法を組み合わせている。
仮想チューブとは、あらかじめ計画された安全な飛行経路のことを指す。障害物を避ける経路を「チューブ」に見立てているわけだ。そのチューブの中をドローンスワームが安全かつ効率的に飛行するために、鳩の群れのような階層的な役割分担(全体の経路に沿う役割、近くのドローンとぶつからないようにする役割など)を持つ制御方法を用いている。
この組み合わせにより、個々のドローンに複雑な計算をさせずとも、あらかじめ計画された安全な経路(仮想チューブ)から逸脱せず、スワーム内の他のドローンとの衝突を避けながら、群れ全体としてまとまって飛行することが可能になるという。
残念ながら実機での検証はなされていないのだが、研究者らはコンピューター上でのシミュレーションを実施。その結果、今回提案された「仮想チューブ計画法」の有効性が実証されたそうだ。
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仮想チューブの中をドローンスワームが移動するシミュレーション結果。(a)~(d)の純で、ドットで示される個々のドローンが、衝突やデッドロックといった問題を発生させることなく、★で示されるゴールに到達したことが示されている。[/caption]
具体的には、ドローンスワームが計画された仮想チューブの中を安全かつ効率的に飛行できることが示されただけでなく、ドローン間の衝突も回避され、各機が安全な通路を確保した上で、仮想チューブで示された経路をしっかりと追従することが保証された。
またこの手法が、障害物が多い環境や、狭い通路でも適切な経路を生成できることが確認された。さらにスケーラビリティやデッドロックの問題にも対処できることが示されたという。つまりドローンスワームを構成する機体の数が増えた場合でも有効に機能し、さらにデッドロック(狭い場所で複数のドローンが出くわし、お互いが相手に道を譲ろうとして、結果的に誰も前に進めなくなるような状況)も回避されるというわけだ。
ドローンが私たちの住む身近な場所にも進出し、空を縦横無尽に飛び回る――そんな未来像が描かれて久しいが、実際には複雑な都市環境により、なかなかドローンの進出は進んでいない。しかし外を見れば、そこには既に、空を我が物顔で飛び回っている鳥たちがいる。彼らに学ぶことが、ドローンの普及をさらに進める近道なのかもしれない。