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高橋源一郎さんと、「書く」ことについて考えよう【学びのきほん 「書く」って、どんなこと?】

NHK出版デジタルマガジン

高橋源一郎さんと、「書く」ことについて考えよう【学びのきほん 「書く」って、どんなこと?】

作家・高橋源一郎さんによる「書く」ことのヒミツ講義

メール、SNS、日記など、これまでにないほど日常に浸透している「書く」という営み。

『NHK出版 学びのきほん 「書く」って、どんなこと?』では、作家の高橋源一郎さんが、わたしたちの「書く」の当たり前は間違っている――?! 文章は頭で考えて書いていない――? といった、私たちが気づいていない「書く」の本質に迫ります。

今回は、本書の「はじめに」から、高橋さんによる「作家なら誰でも知ってるけど、誰もが明かさなかった『書く』ことのヒミツ」講義へのいざないを公開します。

はじめに

 こんにちは。高橋源一郎と申します。作家です。作家というのは、「書く」ことをお仕事にしている人のことです。なので、毎日、なにかを書いています。そう、いままさに、わたしがやっている、この「これ」が、わたしがしている「書く」ということです。

「これ」ですよ。しつこいですけど。

 わたしは、いろいろなものを書きます。小説を書きます。エッセイを書きます。評論を書きます。解説を書きます。競馬の予想を書きます。誰かに手紙を書きます。請求書を書きます。人生相談の回答を書きます。メモに今月と来月の収入と支出を書き出します。そのときはたいていため息をつきます。いや、ほんとに。

 そして、ときどき、こう思うのです。

「書く」ってなんだろう、「書く」って、どういうことなんだろうって。「書く」って、ほんとうのほんとうは、どういうものなんだろうって。

 えっ?

 どうして、そんなことを考えるのかって?

「書く」なんてことは、別に不思議でも難しくもない。誰にだってできることだ。もちろん、上手に「書く」とか、職業として「書く」とかということになると、それなりのスキルが必要かもしれない。でも、ただ「書く」ことに、なぜもなにもないんじゃないか。みなさんは、そう思っていませんか?

 でも、ちがうんです。ぜんぜん。

 ただ「書く」ということ。誰もがみんなふつうにしているような、そのこと。実は、それは、とんでもなくややこしくもめんどうくさく、そして、そんなことよりも、びっくりするくらいおもしろいことなんです。それも、みなさんが(おそらく)想像もつかないような点において、です。そのことについて、わたしは、これから「書いて」いきたいと思っています。

 さて、みなさんも、たぶんいろいろなものを書かれるでしょう。紙の上に「書く」だけではなく、ネット上にだって「書く」ことはできます。LINEで誰かに「おはよう」と送るのも、「大好き」と送るのも、ただ「♡」を送るのも、みんな「書く」ことだといってかまいません。

 誰だって、いつでも「なにかを」「あるやり方で」「書く」ことはできます。そして、「書く」ことについて書かれた本も多いのです。

 たくさんありますよね。みんな、うまく「書き」たいし、いいものを「書き」たいから。けれども、それらの本たちを読んでみると、書いてあるのは、「あるやり方で」「書く」ことです。

 たとえば。

「わかりやすく」書く、とか。

「説得力があるように」書く、とか。

 いや、もっと具体的なやり方を教えてくれるものもあります。

「小説を書くために必要な88のやり方」とか、

「ビジネス文書の書き方」とか、

「ブログの書き方」とか、

「大学入試の小論文の書き方」とか、

「バズる書き方」とか、

「企画書の書き方」とか、

(実は、いま検索して見ているのですが、「小説の書き方」を教えてくれる本もほんとうにたくさんあります!)。

 もちろん、どの本にも意味があります。役に立つし(たぶん)。でも、それでいいのでしょうか。忘れられていることはないのでしょうか。

 それは、「なにかを」でも「あるやり方」でもなく、要するに「書く」ことそのものがなになのか、ということです。

 わたしがこれからみなさんにお伝えするのは、「書く」とき、誰もが(もちろんみなさんも)やっていることです。それにもかかわらず、ほとんどの人たちは、自分がなにをしているのかに気づいていません。

 でも、わたしたち「作家」は、みんな気づいています。「書く」ときになにが起こっているのかを。けれども、そのことは決して話さないし、書いたりもしません。なぜなら、それは「作家」にとって、もっとも大切な「秘密」の一つだからです。

 わたしたち作家は、何年も、何十年も、いま自分の目の前で起こっている「書く」ということについて考えてきました。というか、その現場をじっと見つめてきました。なにしろ、それが仕事なんですからね!

 そして、「そこ」では、まことに奇妙なことが起こっているのに気づいたのです。

 実際、作家たちが黙っているのは、そこで起こっていることを話しても、たぶん誰も信じてくれないからです。

「またまた、冗談をいって」とか「わざとおかしなことをいって、誤魔化そうとしているのですね」とか、「そんなことをいわないで、ほんとうのことを教えてください」とか、そんなふうにいわれるくらいなら黙っていよう……だから、わたしたちはずっと黙っていたのです。というか、そのことについては触れずに、ただ書いてきたのです。

 でも、わたしは知ってもらいたいと思いました。

 人というものが「書く」ということをするとき、「そこ」では、ほんとうはなにが起こっているのかを。

 そして、「そこ」で起こっている、目もくらむほど素晴らしいことを。

 それを知ったとき、「書く」ことは、みなさんにとって、それまでとはちがうなにかになるはずです。そのときにはもう、みなさんも、わたしたち作家と同じ「仲間」というわけです。仮に、小説やら評論やらを書くことにならなくとも。そして、そのことは、「書く」ときになにが起こるのかを知るということは、人間というこの不思議な存在を、より深く知るために、欠かせないことでもあるのです。

 いや、「はじめに」は、もういいでしょう。

 とりあえず、みなさんと一緒に始めてみたいと思います。

 人びとがなにかを「書く」とき、「そこ」では、いったいなにが起こっているのか。その「現場」を見学する旅に出かけることにしようではありませんか。

本書『NHK出版 学びのきほん 「書く」って、どんなこと?』では、「わたし」が書く/「考えずに」書く/「書けないこと」を書く、といったテーマで、高橋源一郎さんが「書く」の本質に迫る講義を展開します。

著者紹介

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)
1951年、広島県生まれ。作家、元明治学院大学教授。1981年「さようなら、ギャングたち」で第4回群像新人長篇小説賞を受賞しデビュー。1988年『優雅で感傷的な日本野球』で第1回三島由紀夫賞、2002年『日本文学盛衰史』で第13回伊藤整文学賞、2012年『さよならクリストファー・ロビン』で第48回谷崎潤一郎賞を受賞。他の著書に『一億三千万人のための『歎異抄』』『学びのきほん 「書く」って、どんなこと?』など多数。
※刊行時の情報です

◆『NHK出版 学びのきほん 「書く」って、どんなこと?』「はじめに」より抜粋
◆ルビなどは割愛しています

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