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野村裕基、狂言の継承は「曲を体にダウンロードすること」ーー父・萬斎が「お子さまも楽しめる番組」と誘う、初春を寿ぐ狂言会でも体感

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野村裕基 撮影=浜村晴奈

1998年に近鉄劇場で始まり、2009年からはサンケイホールブリーゼで上演されている野村万作・萬斎による新春狂言シリーズ『万作萬斎新春狂言2025』。近年は裕基も出演し、親子三代の芸を楽しめる狂言会となっている。2025年は1月22日(水)と23日(木)に上演。毎年恒例の謡初、萬斎による軽妙洒脱なレクチャートークの後は、万作による言葉遊びの出家狂言「魚説法(うおぜっぽう)」、萬斎による狂言の代表的な名曲「附子(ぶす)」、そして裕基が山伏狂言の人気作「茸(くさびら)」を上演する。開催を前に萬斎、裕基が来阪し、作品の魅力や親子三代による狂言の楽しみ方などを語った。また、裕基には個別インタビューを実施、充実感あふれる日々を尋ねた。

奥から野村萬斎、野村裕基

親子三代の狂言師がそろい踏み、それぞれの年輪と咲かせる花を堪能

毎年、干支にちなんだ曲を披露するのが定番となっているが、今年は干支に関係のないものを選んだと萬斎。「今回はお子様とも楽しめる、初心者向けの番組になっています。ぜひ親子のみならず、親子三代でご覧いただきたいと思っております」と狂言入門に最適だと誘う。

お布施欲しさに供養を引き受けた新発意(しんぼち=修行中の坊主)。まだお経を知らない新発意は、海辺で育って聞き覚えた魚の名前を散りばめた俄説法を始めるという「魚説法」を人間国宝の万作が演じる。「新発意を父が演じるのですが、魚の名前をつなげてお経のように聞かせようと説法し始めるところは、お魚の名前をもじっているというのが一つの聞きどころで、すごく洒落た曲でございます。言葉で遊ぶという狂言の一つの基本芸を、芸歴90年の父が演じ、さらに最後は飛び魚の真似をしてジャンプします」と萬斎。狂言師の強靭な肉体も楽しんでほしいという。

野村萬斎

萬斎が演じる「附子」は小学校の教科書にも載っている最もポピュラーな作品。萬斎が続けてこう話す。「一休のトンチ話にもある非常に馴染みのあるストーリーです。この曲が本当によくできていると思うのは、人間の欲望と理性が戦うところです。演劇的にも非常によくできていると思います。砂糖を附子=毒と偽ったところ、かえって裏目に出てしまいます。最終的にどうなるかは、見てのお楽しみです」。

「茸」に出演する裕基は、次のように作品を解説した。「茸とはキノコのことです。家の中にキノコが生えてしまい、抜いても抜いても後からまた生えてしまって困った住人が、山伏に助けを求めます。山伏は私に任せろと自信満々に祈祷をするのですが、なくなるどころか増殖し続けるというお話です。キノコを演じるのも狂言師で、彼らが笠をかぶり、さまざまな面をつけて、身体機能だけで表現します。どうコミカルに表現するかという点も、面白くご覧になれるのではないかと思います」。

右から野村萬斎、野村裕基

普遍的な題材が、社会を映す鏡にもなる狂言。1970年代に万作がアメリカで「茸」を上演した際は、「ベトナム戦争批判ではないか」とニューヨーク・タイムズに載ったという。「山伏をアメリカにたとえたのでしょうね。強大な戦力でベトナムを攻撃しても、笠をかぶったいわゆるベトナム兵がゲリラ作戦を仕掛けてくると。狂言はシンプルですけれども、非常に鋭い目線を持っているなと思います。でも、小難しいことをやるわけではありません。見ていて楽しいお話です。「茸」を見たお子さまたちは帰る頃にはキノコの真似をしています」と萬斎、子どもと大人、それぞれの目線で堪能できる。

「狂言の経験をストレートプレイにも生かして」(裕基)

続いて、裕基の個別インタビューをお届けする。

野村裕基

——10月9日で25歳になられましたね。X(旧Twitter)には「SNSも頑張ります」と書かれていました。

はい(笑)。でも全然SNSの使い方をわかっていないので、いろいろ手伝ってもらいながらやっています(笑)。

——そうなのですね。裕基さんは能楽師で能狂言『鬼滅の刃』でも共演した大槻裕一さんや、歌舞伎俳優の中村鷹之資さんなど、古典芸能に携わる同世代の方との交流がありますが、彼らからはどんな刺激を受けますか?

ありがたいことにこのお二人とは特に仲が良いのですが、お二人ともきちんと古典芸能で評価をされていると僕は勝手に思っていて。単に同世代だからというわけではなく、本当に身体的にも、芸の部分でも高いレベルのものをお持ちだからこそ、舞台などを観ていてもすごく刺激になります。

——お二人とのお付き合いはいつからでしょうか?

二人とも小さい頃から知っていましたが、交流は大きくなってからです。大槻裕一さんとは僕が小学1年生の頃に共演したことがあって、僕が「二人袴」をやって、裕一さんが「土蜘蛛」をやりました。ただ、プライベートで仲良くなりだしたのは高校生くらいですかね。ちょうど僕がイギリスから帰ってきた頃です。鷹之資さんは、大学生の頃でした。彼は、京都の(能楽師の)片山幽雪先生にお能を習っていらっしゃって、今は九郎右衛門先生に習っていらっしゃいます。九郎右衛門先生のご紹介で、父と僕、鷹之資さん、九郎右衛門先生で食事をする機会をいただき、初めてお会いしました。そこでしゃべるようになって、気づいたらすごく仲良くなっていました。

野村裕基

——裕基さんのお話しぶりからお二人をリスペクトされている様子も伝わってきます。そんな仲間ができるのはいいですね。8月には鷹之資さんとインスタライブもされていましたね。

インスタライブは月1回の頻度でやっていこうみたいな話になっていて、9月、10月はやったのですが、お互いにとても忙しくて11月はできませんでした。12月にはまたできるかなという感じです。インスタライブにはまだ慣れないですが、普段、歌舞伎や狂言をご覧になっている方々からのコメントは視点が鋭いですね。たとえば、鷹之資さんの勉強会で8月に行われた『第九回翔之會』で「二人三番叟」をやった時のことでは、「お客さんへの見せ方は鷹之資さんの方が上手だった」というご感想や、「国立能楽堂は僕のホームなのかもしれない」というようなご感想をいただきました。

——2023年3月にはストレートプレイの『ハムレット』にご出演されるなど、お仕事のジャンルも多岐にわたっていると思いますが、お芝居はこれからもやっていきたいですか?

そうですね。鷹之資さんが舞台『有頂天家族』に出演されることが決まった時、歌舞伎以外の作品は初めてということで「どういうふうにやってたの?」と相談に乗ったりしました。逆に僕も鷹之資さんに劇場のことなどを聞いたりして。鷹之資さんからお話を聞いたり、いろんなお芝居を観に行くと、「やっぱりいいなぁ」と思う時はありますね。

——どういうところがいいですか?​

狂言は決まった型とセリフで表現しますが、芝居はそういう決まったものから外れてもいいところもあって。ただ、何が正解かわからないという恐怖はあります。そこは怖いけれど、これもできるし、あれもできると選択肢も多くて、可能性を感じます。これは狂言にはない話です。狂言で型と全く違うことをしたら、当然、指導されます。でも、狂言で培ったやり方を芝居に生かせるので、父もそこを楽しんで舞台や映像作品をやっているのかなと思います。

——正解がわからないという怖さがあるけれども、チャレンジしたい。

そうですね。芝居は足袋も履かなければ装束も着ませんよね。『ハムレット』ではかかとの高いブーツを履いていたのですが、ブーツを履いたことがなかったらから、最初は歩きにくかったです。でもそこで、普段からお芝居している人の気持ちが分かって。また、延々と独白をする場面がいくつもありましたが、狂言の中にも「語り」があるので、それに近しいなと思って、狂言のいわゆる「序破急」のようなものをストレートプレイの独白に落とし込むことができました。

野村裕基

——11月14日(木)には早稲田大学商学部で「家族経営と狂言について」というテーマで講義をされたそうですね。どんなお話をされたのでしょうか?

あの講義は、普段はいろんな企業の社長さんが登壇されているのですが、僕はたまたま祖父(万作)の同窓組織の方からお話をいただきました。最初に狂言の話をして、みんなで「このあたりの者でござる」と言ってみましょうとワークショップのようなことをして、最後にファミリービジネスとしての狂言というのはどういうものかという話をしました。「ビジネス」といっても僕たちは数字的に考えることはあまりないのですが、我々は家族経営ですので、祖父、父、僕と、同じように「猿から始まり狐で終わる」という修業のカリキュラムがあることや、きちんと修業をして、親子で継承する。それも口伝という口で伝えるのだと話しました。たとえば「附子」は小さい頃からやるものですが、『万作萬斎新春狂言2025』では父の年齢でもやります。ということは、体にきちんと染み付けなければいけないものです。父から言われたことをおうむ返しに何度も繰り返して身に定着させていく。そうやって、ある意味、体に曲をダウンロードさせることによって継承していますというようなことをお話したつもりです(笑)。

——ダウンロードと狂言を表現されるのは新しいですね。『新春狂言』では親子三代でされます。取材会で萬斎さんが「20代は「若木の桜」、父はまさしく「老木(おいき)の花」でありましょう。私は還暦が見えてきておりますけれども、一輪、二輪の花を咲かせた古木が朝霧に包まれているような3種類の花をお楽しみいただけるのではないかなと思います」とお話されていましたが、裕基さんはどう思われますか?

祖父は93歳ですが、稽古もますます厳しくなっている、あの年齢でも妥協を許さないところがあります。それは自分の人生に狂言が染み付いているからだと思います。それがある意味、活力になって、今も元気に舞台にも立っているのだろうと思います。また、後進にも教えることも、自分の活力になっているのではないでしょうか。

野村裕基 99

——万作さんのどういったところにすごいと思われますか?

たとえば急に集中力が切れた時、人は分かりやすくそれが出てしまうものだと思うんです。それは本能的なものだから、自分で抑えようとしてもどうしようもない。でも、祖父がそういうような状態に陥ったところを見たことがありません。父もそうですね。「三番叟」は僕でさえ体力的にしんどいと思うことがあるのですが、祖父の「三番叟」を見ると、経験がものを言うんだなと感じました。当然、舞台に出ている人間の集中力は急に切れるものでもないと思いますが、あの年で集中力を保ち続けていられることはすごいことなのではと思います。僕はまだ大学を出て3年で未経験なことが多いですが、三人の中で一番体力があると思いますので、公演ではその活力を皆様にお届けしたいですね。

取材・文=Iwamoto.K 撮影=浜村晴奈

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