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脳科学で認知症予防を 東大教授・池谷裕二氏が語る介護の未来

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今回のゲストは、東京大学薬学部教授の池谷裕二氏。脳科学の研究者として、海馬の研究を中心に「脳の可塑性の探求」をしてきた。これまで、文部科学大臣表彰(若手科学者賞)など数々の受賞経験を持ち、著書である脳講義シリーズの完結編『夢を叶えるために脳はある』は累計44万部を突破。今回の取材では、池谷氏が注目の研究や脳科学の見地から強くおすすめする健康法などについて伺った。

九九も覚えなかった小学生が東大教授へ

―― 先生は、脳科学の研究者でいらっしゃると思いますが、薬学部所属なのですね。

池谷 僕はもともと「がんの薬をつくりたい」と思って薬学部に入ったんです。学部を選ぶ直前にがんで伯母が亡くなったことから、そう思うようになりました。

伯母とは亡くなる半年前に会っていたのですが、そのときはとても元気でした。しかし、若かったこともあり、あっという間にがんが進行したんです。お葬式に参列したとき、「がんの薬があったら、伯母を救えたかもしれない」という思いを持つようになりました。

数日後、希望の学部を書類に書いて提出する日を迎えたのですが、気付いたらそこに「薬学部」と書いていました。それまで、理学部の理科一類というところに所属して工学や理学ばかりを学んできたので、薬学部への進学なんて考えたこともありません。

自分でも不思議な選択でしたが、今考えれば、まさしく若気の至りってやつですね。

―― 先生にとって、人生の方向性を決定付けた出来事だったのですね。脳科学を学んだきっかけについても教えてください。

池谷 大学で研究室の配属を決めるとき、最初に振り分けられたのが、脳科学だったんです。たまたまのようにも思えますが、脳の研究を通して見えてくる生命の神秘に得体の知れない面白さを感じて、ここまで研究を続けて来ることができました。

―― 先生は、文部科学大臣表彰若手科学者賞を始め、数々の受賞経験がありますが、小学生の頃は勉強が苦手だったというSNSの投稿を拝見しました。

池谷 そうなんです。九九も覚えられない小学生でした。ちなみに、小学5年生のときの通知簿は、国語が2で、それ以外の科目はすべて3でした。

―― そこから東大の教授になられていますが、いつから勉強ができるようになったのですか?

池谷 中学校に入ってからかなぁ。中学で担任になった先生の言葉が大きかったんです。家にテレビも冷蔵庫も置かないような変わった先生でしたが、真っすぐ生徒に向き合ってくれる方でもありました。

その先生が、最初の授業で言ったんです。「中学生になったら小学生の頃とは違う。毎日学年プラス1時間勉強しなきゃいけない」と。1年生なら1日2時間、2年生は1日3時間勉強するように……との方針でした。

それを聞いて妙に納得し、素直に勉強を始めたんです。しかし、僕は九九もできないまま中学生になった人間です。毎日勉強するようになったからといって、急に成績は伸びることはなかったですね(笑)

―― 大逆転のきっかけが、ますます気になります。

池谷 勉強を続けるモチベーションになったのは、みんなよりも英語ができたことでした。

英語に関しては、小学5年生のときから塾で習っていたんです。でも、興味があったからではありません。イヤイヤ通わされていた絵画教室を辞めたいと言ったら、代わりに、兄が学んでいた英語の塾に通わされることになりました。

どうしても上手く描けない絵を習わされるよりはマシだろうと思って、英語の塾に通うことにしたんです。

そのような始まりではありましたが、少しずつ英語の力はついていました。同級生とは2年の差がついていたので、学年のなかでも、そこそこテストの点数が取れたんです。

人生で初めて「俺、テストで点数取れる!」って思いましたね(笑)。

その後も毎日2時間勉強していたら、ビリに近かった成績が真ん中くらいの成績になっていきました。

好奇心を育ててくれた生い立ち

―― 今では、成績が悪かった頃の先生は、想像できないですね。やる気のスイッチが入ったら、一気に集中するタイプだったのでしょうか。

池谷 そうかもしれないですね。もともと「知ることは面白い」という気持ちはあったんです。例えば、釣りにおいても「どんなエサを作ったら良い獲物が獲れるか」と考えたり、「大きな魚は、海のどの辺にいるか」と調べたりするのが好きでした。

そのほかにも、建築、車、電車、宇宙など、いろいろなことに好奇心が向くような少年だったんです。

―― 幼い頃から好奇心が強かったのですね。

池谷 そうですね。中学生になってからは、この好奇心が勉強に向きました。勉強が趣味になったと言うと嫌味に聞こえるかもしれませんが、実際、新しいことを知るためには、勉強が一番効率良くできているんです。順序立てて体系的に学べますから。

―― 先生は、気付いたら好奇心旺盛な少年に育っていたのですか?

池谷 多分、親譲りだと思いますね。父は今、84歳なのですが、車の整備士をしていました。興味があることしかやらないタイプで、車や釣りばかりに没頭していたんです。

その代わり、子どもの好奇心も大切にしてくれましたね。私が、魚や宇宙に興味を持っていることに気付いたら、さっと図鑑や天体望遠鏡なんかを買ってきてくれました。

それらを使ってみると、楽しいから、魚や宇宙にもっと興味が湧くじゃないですか。そうやって、子どもの好奇心が育つことを、さりげなくサポートしてくれましたね。

―― ご著書『夢を叶えるために脳はある 「私という現象」、高校生と脳を語り尽くす』のあとがきに書かれていた捨て猫のお話が、先生の原点のように感じました。

池谷 実家の広い敷地に車が何台かあったのですが、そのなかに野良猫が子どもを産みに来ていたんです。あるとき、子猫を親に見せたいと思って、家に連れて帰ったんですよね。でも、母に見せたら、育てられないから返してくるように言われました。しぶしぶ子猫を返しに行ったんですが、親猫は人の手に触れた子猫を引き取りに来なくて……。

結局その子猫は死んでしまったんです。そのとき、世の中には、それぞれの世界のルールがあることを感じました。

私は、かわいい子猫を親に見せたら喜ばれるだろうと思って連れて帰りました。それは、私のなかでの“こうすればうまくいく”というルールでした。しかし、猫の側には「人に触られたものは育てない」というルールがあったんです。

この体験から、自分の思惑とは別のところに働いている法則をもっと知りたいと思いました。

―― 法則をもっと知りたい、ですか。

池谷 私のなかには、まるでミニマリストのような考えがあるんです。ひとつの法則や公式を知ることで、一気に世界が開けるなら、それを知りたいという思いです。その法則を知っておくと、さまざまな問題の解決に応用できるかもしれません。それに、少ない知識でいろいろなことを理解できたら、ほかのことに時間とエネルギーを使えるので。

―― 先生のご著書のなかでも、脳のお話でありながら哲学的だと思う部分が多かったです。子猫のエピソードもそうだと思うのですが、子どもの頃から哲学的な考えをしていたのですか?

池谷 そうかもしれないですね。

私は、子どもの頃から「人間はなぜ生きているんだろう」とか「私が感じている感覚は、ほかの人も同じなんだろうか」と考えていました。今思えば、そのこと自体が哲学ですよね。

ほかにも、赤色を見て「この赤色は隣の人には緑に見えているかもしれない」と考えたり、「あの人は黄色が好きだと言うけど、あの人の言う黄色は、私には赤色に見えているかもしれない」などと考えたりしていました。

それに「頬をつねったときの痛さは、隣の人も同じような痛みに感じるのだろうか」とか(笑)。これは絶対に解決されない哲学の深い謎です。

鍵になるのは、五感を刺激するさまざまな経験

―― 先生が研究のテーマにされている「脳の可塑性」について詳しくお聞きしたいのですが、具体的にどんなことを差しているのでしょうか。

池谷 脳の可塑性というのは、脳が新たに何かを学習したり成長したりすることです。一方、脳が悪い方に変化すると病気につながることがあります。

―― 良い方向に変化するためにはどうすれば良いでしょうか。

池谷 五感を使って多様な経験を積み、脳に学習させることです。同じような経験ばかりしていると、思考がワンパターンになって、発想が貧弱になってしまいます。

若い頃からさまざまな経験を積むのが望ましいですが、中高年になってからでも脳は変化します。

―― 例えば、どのような経験を積むのが良いでしょうか。

池谷 実体験が良いです。旅行で言えば、映像を見たり旅行記を読んだりして満足するのではなく、実際に現地に行ってみる。絵が好きなのであれば、写真集や画集で見るだけではなく、美術館に足を運んでみるという具合です。

「やってみる」「行ってみる」「手足を動かしてみる」のように、直接五感で体験することが大切です。

―― 特定の分野だけの経験をするのではなく、いろいろな経験を少しずつ積むのが良いのでしょうか。

池谷 それがいいです。入口は、興味を持ったひとつのことでも良いと思うんです。しかし、ひとつのことを極めようと思ったら、その周辺のことにも触れる機会が出てきます。どんな分野でも掘り下げると面白いし、深くなりますよね。

―― そう言えば、推しができたら、コンサートに行くための交通手段を考えたり服装にこだわったりしますね。世代が違う推し活仲間ができるかもしれないし、推し活仲間の趣味に刺激を受けて世界が広がったという声も聞きます。

池谷 そうですね。いろいろなことに取り組んでみると、人との出会いも生まれて会話が弾みます。コミュニケーションを取る機会が増えると、認知症予防にもつながるかもしれません。

「私はこれしかしない」と決めてしまうより、いろいろなことにアンテナを張っておくのが良いでしょう。

―― 最初の印象で「私にはできない」と思ったまま食わず嫌いになってしまうこともありますね。

池谷 自分で作った壁のなかに閉じこもってしまう感じですね。少しもったいないとは思いますが、壁がなくなるとストレスを感じるのであれば、無理に取ってしまう必要はありません。ヤドカリだって、貝のなかに入っているから、心地良く生きているわけです。個人差はあるので、それぞれのペースで行動して問題ないと思いますよ。

脳には遺伝子から自由になる力が備わっている

―― 先生は研究の目的のひとつに「脳の可塑性が存在することの意味を知る」ことを挙げられていると思います。現時点で可塑性が存在する意味については、どのようにお考えでしょうか。

池谷 「脳の可塑性」がない植物や、脳がない動物は、遺伝子に書かれた情報だけでうまく生活しています。

人間にも遺伝子に書かれた情報っていっぱいありますよね。ものを見るために目が発達したり、黒板を爪で引っ掻いたらゾグゾグしたりといったことも、遺伝子に書かれた反応です。誰からも習ってないのに、みんな黒板を引っ掻く音は嫌いだし、鳥肌が立ちます。

―― あの音の不快さは、遺伝子の反応だったのですね……。

池谷 そうです。僕らの反応って、遺伝子に書かれたことがたくさんあります。脳を使って考えなくても、自然な反応だけで、まぁまぁ生活できるんですよ。では、脳はなぜできたかというと、情報処理を早くするためと学習するためです。それによって過去の経験を次に生かせるようになるのです。

遺伝子だけで生きられるのは、予定調和で物事が進むときだけです。

春が来たら暖かくなるので花を咲かせるという流れを踏むのは、予定調和です。でも、「春が来そうだったけど、地球が逆回転して冬が来ちゃいました」ということもあるかもしれない。そのような状況で、花を咲かせないように判断するのが、可塑性の力です。

遺伝子の反応だけで動いていると、予定通りに物事が進まないときは対応できなくなります。しかし、脳の可塑性の力があると、環境の変化に対する適応力が上がるんです。

つまり脳の可塑性は、適応力を高めるために必要だということです。

言い方を変えると、脳の可塑性が存在することで、遺伝子に書かれた反応から自由になる力が生まれます。自動回路ではない道筋で行動する力です。僕は可塑性に「王道から外れる反発分子」や「非行に走る子ども」のようなイメージを持っています。

―― 可塑性があるからこそ、生まれたものもありそうですね。

池谷 そうですね。例えば、コーヒーが苦くても飲めるのは、可塑性の賜物です。遺伝子は苦いと感じても、脳は飲みたいと思う。脳がない虫たちは、コーヒーはまずいという反応でとどまるので、飲みません。

人間もコーヒーの一口目は、苦いと感じます。それでも、好きになっていくのは、遺伝子による予定調和から外れる脳の可塑性があるからです。

僕は、遺伝子の筋書きにない行動をさせる脳の可塑性が、アウトローっぽくて好きなんです。思春期の子どもっぽい感じ。しかし、そこにはもっと深い意味があると思っているんです。これからも、さらに深く研究していきたいですね。

脳科学的おすすめの運動はヨガ

―― ご著書にあった、バイオフィードバック(心拍数、血圧、筋肉の状態などの身体の状態を、スマートウォッチなどの機器を使って自覚できるようにすること)によって血圧を自在にコントロールする話が、とても不思議でした。この原理をその他の健康増進にも応用することは可能でしょうか。

池谷 バイオフィードバックというのは、スマートウォッチで血圧を見ながら下げようと念じるだけなので手軽に取り組めます。そして、さらにおすすめなのがヨガです。本来、心拍はコントロールできません。しかし、ヨガをすると瞑想中に心拍が下がっていくことがあります。血圧も同様です。

さらには、涙を止めたり、腸の動きを制御したりといったこともできるようになります。さらに、呼吸法や瞑想などを取り入れたプログラムのなかで、交感神経と副交感神経の働きが整えられるので、老年性うつの治療にも良いです。

なぜヨガが効くかと言えば、瞑想状態で身体を伸ばす動きによって、本来できない脳の使い方を開拓できるからです。

薬を飲んで心拍を下げるとなると副作用が心配ですよね。しかし、ヨガは薬を飲まなくても心拍を下げることを可能とするので、副作用の心配はありません。

ヨガは歳を重ねてからでも始められます。今までヨガをやったことがなかった方も、簡単なところからでも始めると良いでしょう。

―― 実は私、ホットヨガに通っているのですが、継続してやっていこうと思いました!

池谷 ホットヨガは血行を良くする側面が強いかもしれないね。

ヨガはいろいろあって、笑いヨガとかもあります。公園に集まって、みんなでガハハハと笑いながら行うのですが、これば別の効果もあるみたいです。

―― 笑いヨガは知らなかったのですが、ぜひやってみたいですね。ホットヨガのプログラムが終わると、心が整理されて、ふっと仕事のアイディアが浮かんでくることがあります。脳科学的にも良いと伺って、納得でした。

世界で初めて忘れた記憶を思い出す薬を発見

―― 2019年に、先生のグループが世界で初めて薬で記憶を回復する実験に成功したというニュースが話題になりました。

池谷 このニュースを発表したのが2019年1月の頭のことです。この薬(メリスロン)は並行輸入で購入できるので、学生の間でも騒ぎになりました。共通テストの当日などは、SNSで「あれ飲んだ?」と確認し合うような状況が生まれていたんです。

―― 研究の内容を、改めてお聞きしたいです。

池谷 記憶の機能は以下の3つに分かれます。

覚えること 保管しておくこと 思い出すこと

今までは「何かを覚えるとき、脳はどのような活動をしているのか」という研究が盛んでした。次に盛んな研究は「どのようにして保管庫に記憶を残しておくか」ということです。三つ目の「思い出すこと」についての研究は、ほとんどありませんでした。

薬の開発にも、偏りがありました。記憶力を高めるための薬はたくさん出ましたが「保管しておくこと」や「思い出すこと」に関する薬はなかったんです。

そのような状況のなか、初めてメリスロンが「思い出すこと」に作用することを発見しました。わずかですが、記憶力も高まります。これまで、このような薬はなかったので、画期的な発見として取り上げていただきました。ネズミでは効果が確認できていたのですが、人でも効果が確認できたのが、このときでした。

―― メリスロンを飲むことで、どれぐらい前の記憶が思い出せるのでしょうか。

池谷 かなり前に忘れてしまった記憶が思い出せます。忘れてしまった記憶は、脳からなくなったわけではなく、思い出せなくなっているだけなんです。それを一般的に「忘れた」と言っています。

記憶の情報自体は脳に書き込まれたままなのに、そこにアクセスできなくなるんです。そのメカニズムは、いまだにわかっていません。

しかし、メリスロンを飲むことで脳内の情報伝達に関わるヒスタミンが高まり、忘れてしまった昔の記憶にアクセスしやすくなるんです。

―― 当時、どのような実験をされたのですか?

池谷 20代の健康な男女38名に集まってもらって実験しました。年齢をバラバラにするとデータがぶれるので、特定の年齢を決めて行いました。実験の参加者に単語のペアが書かれた100枚ほどの写真を見せて、1週間後にテストをしました。片方の単語を出して、ペアになっていた単語を教えてもらうんです。

1週間経つと忘れるのですが、薬を飲むことで、正解率が最大2倍近く上昇しました。忘れた写真が多かった人ほど効果が出やすく、見たことすら覚えていないような写真では、特に正解率が高まりました。

このときは、20代で実験をしましたが、年齢層が高い人にも同じように効果があると思っています。

モチベーションは重篤な病に効く薬をつくること

―― 脳科学の研究が進むことで、将来的に介護の現場はどう変わるでしょうか。

池谷 まず、今以上に認知症予防が進むのではないでしょうか。

現在の技術でも、MRIやアミロイドPET検査などをせずに血液検査で認知症になるかどうかが分かるようになっています。 ただ、問題はそれが分かったとしても、本人にとって残酷な宣告でしかないことです。

なぜなら、現在の医療では、認知症になってしまったら基本的に止めることができません。どんどん記憶がなくなって、家族のことを忘れ、自分で自分をコントロールできなくなってしまう。

昨年、レカネマブが承認されました。今年はドナネマブという薬が承認されるかもしれません。それらによって、認知症の進行を27%~35%遅らせることができます。 これまで認知症の薬がなかったことから考えると、それだけでも非常に画期的なことです。

しかし、認知症を35%遅らせることができたとしても、残りの65%は進行してしまう。 ですので、脳科学の研究が進むことで、認知症にならないようにすることが、脳研究者の一番の夢ですよね。

このことは、今後世界的に高齢化社会を迎えていくなかで、絶対に必要なことだと思っています。

―― 例えば、どんなアプロ―チができるでしょうか。

池谷 まず、脳がなぜ認知症になるのか、もっと解明される必要がありますね。

アミロイドβやタウタンパク質が溜まることで認知症になるところまでは分かっているんです。しかし、なぜこれらが溜まるのか、どうしたら予防できるのかについて、分かっていないことも多い。そのような点についても、もっと解明される必要があります。

―― 認知症が治療できるようになることは、今を生きる人類の希望ですね。

池谷 例えば、胃潰瘍という病気は、昔であれば難病でした。しかし、H2ブロッカーという薬が出たことで、手術をしなくても治せるようになりました。

肝炎も、少し前までは肝がんになってしまうような病気でしたが、ヒュミラという薬ができたことで、今は治っちゃうんですよ。

どうにもできないと思われていた病気が、たった一錠の薬が出てくることで、劇的に変わることってあるんですよね。アルツハイマー病も、そうなってほしいと思っています。

―― やはり、薬の開発で人の命を救いたいという思いは、先生の原点なのですね。

池谷 そうですね。アルツハイマー病を治すためには、そもそも僕らはなぜ記憶できるのか、どうして物事が思い出せるのか、についてもっと解明されなければいけません。あまり思い出せないから、自分が通ってきた道を忘れて徘徊しちゃうんですよ。

それから、認知症予防には散歩や人との交流が大事だと言われます。しかし、もう少し手軽に取り組める予防方法が確立されていく必要があります。

例えば、40Hzという低めの音を聞かせるとアミロイドベータが分解されるのではないか、という研究があります。寝ているときに小さな音量で40Hzの音をずっと流しておく。そうすると、朝起きたらアミロイドベータ分解している、みたいな。

そのような感じで、脳科学からもっと手軽な方法が発見できないかと思っているんです。おそらく、AIの進化の方が先だと思いますが……。

―― 認知症の方の介護において、AIはどのように活躍できるとお考えですか?

池谷 介護者が楽になるAIツールがあればいいですよね。一人暮らしの人の話し相手になってくれるAIはもうすぐできそうです。一部にはもう試されていますが、もっと日常的なサポートができるところまで開発が進めば良いと思います。話し相手になるだけでも全然違いますから。

それから薬の飲み忘れや飲み間違いの防止をするAI。着替えを手伝ってくれる介護ロボットなんかもできたらいいと思います。

それも、すべて同じロボットではなく、利用者に合わせてパーソナライズされた介護ロボットが良い。利用者の情報を把握していて、嫌なことにも配慮してくれるんです。例えば、左肩に痛みがあれば、着替えのときにも左肩に注意して進めてくれるような。

そのような対応は、統一化されたプログラムでは不可能です。利用者に合わせてパーソナライズされたロボットを作るのは、AIの力を生かせるところですね。

―― 徐々に介護業界にもAIが広がってきていますが、今後にも期待ですね。

池谷 個人的に、最もAIの恩恵を受けるのは、認知症の介護の分野だと思っています。

そう遠くない未来に「介護疲れ」という言葉が死語になればいいですよね。「昔はそんなこともあったんだ、おじいちゃん大変だったんだね」なんて語る日が来るかもしれません。

―― そんな会話ができる日が来ることを願っています。先生のお話を聞いていると、生命の不思議に目が開かれる思いでした。本日はありがとうございました。これからも、先生や業界の方々の研究を応援しています。

取材/文:谷口友妃 撮影:熊坂勉

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