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自分のスキルは「陳腐化」させよう。破壊的イノベーションをリスキリングで乗り切るための視点

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ビジネスシーンの変化に対応するため、新たなスキルを習得する「リスキリング」。政府が支援方針を打ち出すなど、近年注目を集めています。

一方で、「時間がない」「何から始めればいいか分からない」などの理由でリスキリングを未だ実践できていない人やリスキリングを実践したにもかかわらず、そのメリットを実感できていない人も多いのが現状です。

将来のキャリアを考えた時、リスキリングの重要性はどこにあるのでしょうか。また、リスキリングの内容を見つけるうえで意識すべき点はあるのでしょうか。専門家のコメントをもとに解説します。

監修者

清水 洋
早稲田大学商学学術院教授。中央大学商学部を卒業後、一橋大学大学院商学研究科修士、ノースウエスタン大学大学院歴史学研究科修士、2007年にロンドン・スクール・オブ・エコノミックス・アンド・ポリティカルサイエンス(LSE)でPh.Dを取得。一橋大学大学院イノベーション研究センター専任講師、准教授、教授をへて、2019年より現職。著書に『野生化するイノベーション』(2019年、新潮社)、『イノベーションの考え方』(2023年、日本経済新聞社)、『イノベーションの科学 創造する人・破壊される人』(2024年、中央公論社)など。

※取材はリモートで実施しました

一つの会社でしか通用しないスキルは「リスク」になりうる

マイナビ転職が2023年に行ったアンケート調査(※1)によると、リスキリングの経験率は44.8%。半数に迫る勢いを見せつつも、過半数は未経験にとどまっています。

一方で、「リスキリングの必要性」について聞いたところ、実に79.6%が「そう思う・計」と回答しており、特に20代は「とてもそう思う」がほかの年代より高い結果となりました。

具体的に何かをやっているわけではないが、その重要性は理解しているーー。これが、大多数のビジネスパーソンのリスキリングに対する認識なのではないでしょうか。

いま、ビジネスパーソンの間でリスキリングが重視される理由について、清水さんはこう語ります。

「かつて仕事で必要なスキルは『新卒入社後にOJTで身に付けていく』のが一般的でした。しかし、そうしたスキルが『企業特殊的』、つまり“一つの会社でしか通用しない”場合も少なくありませんでした

企業特殊的なスキルは、さまざまな産業でイノベーションが起こっている現代のビジネスシーンにおいて、デメリットに作用するリスクもはらんでいます。なぜなら、特定の会社でしか通用しないスキルばかり身に付けると、立ちどころに転職が難しくなってしまうからです。

終身雇用の慣習が揺らぎ、転職も当たり前になってきた時代だからこそ、市場で通用するスキルを身に付けるためにもリスキリングの重要性が高まっているのではないでしょうか」

リスキリングの内容を探すために必要な「3つの視点」

1:今やっている仕事の「抽象度」を上げる

では、リスキリングで身に付けたいスキルとして何が人気なのでしょうか。アンケートによると、最も人気を集めたのが「資格系」、次いで「語学系」、「IT系」という結果に。“汎用性の高い資格”を取得したいと考えている人が多いようにも見えます。

この結果について清水さんは、「汎用的なスキルを身に付ける方向性は良い」としながらも、「もっと柔軟に考えてもいい」と語ります。

「本来、リスキリングの内容は業種や職種によって異なるはずですし、キャリアを高めるためのリスキリングを検討してもいいでしょう。例えば、保育士さんが大学院で発達心理学を学んだり、ビジネススクールで保育園の経営を学んだり。

20代の頃はキャリアチェンジの可能性もあるので『とりあえず汎用性の高い資格を取っておく』という方向性も悪くないのですが、キャリアがある程度成熟してきた30代・40代以降のリスキリングは、これまでのキャリアや経験を生かしたほうがよいと思います。

そこで私がおすすめしたいのは『今やっている仕事の抽象度を上げる』ことです。例えば、編集者の『文章を編集する』という仕事は、抽象度を上げると『誰かに分かりやすく情報を伝える』仕事だと言えます。

そこで、『誰かに分かりやすく情報を伝える、という仕事を異なる領域でどう生かすか』を考える。すると、学習支援の仕事など、意外なキャリアの選択肢が現れて、同時にスキルをアップグレードさせる方向性も見えてきそうです」

「成長産業を補完する仕事」について考える

そのうえで清水さんは、今後身に付けると役立つスキルは「“成長産業を補完する仕事”に関するスキル」だと言います。

「かつて自動車が誕生した際、自動車と関連する周辺産業も勃興しました。例えば、高速道路や自動車保険、ガソリンスタンド、自動車のメンテナンスなど。

現在であれば、AIに注目が集まっています。ただここで注意すべきは、AIそのものを生み出す、という中心的なタスクで参入するのは競争率が高くなるということ。そこに飛び込んでいくのも良いですが、AIに関連してどんな仕事が生まれたり価値が高まったりするのか(AIを補完する仕事は何か)を考え、その領域で必要とされるスキルの習得を目指すことが戦略的には良いと思います。

例えば、AIが社会で多く活用されると、たくさんのデータの処理が必要になります。そうすると、データの処理に大きなエネルギーが必要になります。つまり、省電力の技術がより重要になってきます。あるいは、AIを使うことによる新たなビジネスもどんどん生まれてくるはずです。現在、AIがまだ応用されていないビジネスで、AIを使って生産性を高められないかを考えてみるのも良いでしょう。

成長産業を補完する仕事はどのようなものがあるのかを考える上では、自分のアタマで、『風が吹けば桶屋がもうかる』的なシミュレーションをしてみることが大切だと思います」

自分のスキルを積極的に「陳腐化」させる

さらに、その時身に付けるスキルは「自分のスキルを陳腐化するもの」でもあるべきだと語ります。

イノベーションは既存のスキルを陳腐化させる側面がありますから、それならば(たとえ自分のスキルが陳腐化したとしても)新たなスキルを習得したほうがいい、という意味です。もちろん、キャリアそのものを否定するのではなく『仕事のやり方』を見直す方向で。

例えば、『ある領域の知識体系を広く、分かりやすく伝える』という大学の教育的な役割は、『教えるスキルに長けた人が講義の動画を投稿して広められる』というYouTubeに代替されようとしています。また、資産形成のアドバイスや資産運用など、これまで銀行が担っていた領域にもAIが進出し、新興企業が存在感を増しています。

大学の先生や銀行員は自らのスキルを積極的に陳腐化させ、こうした市場の動きにアジャストしていく必要があるわけです。

ただ、スキルを陳腐化させる側の椅子は多くありません。加えて、その椅子に座れるのは業界の最前線にいる人です。少し難しい表現ですが、それは所属する業界の『規則性』を熟知したうえで、『変則性』に気づける人です。イノベーションが生まれる時、それまで規則的だったところに既存の知識や経験で説明できない変則的な動きが出てきます。しかし、そもそも規則性を理解していないと変則的な動きに気づけなかったり、それを過小評価してしまったりするかもしれません。『何が変則性なのか』に気づけるのは、規則性を知っている人なのです。

『今までと同じやり方だと投資効率が悪くなる状態』もその変則性の一つでしょう。生産性のフロンティア(編注:既存のやり方ではもう生産性の向上が見込めないほど、生産性が高まった時に現れるもの。限られた経営資源を用いて生産可能な組み合わせを示すもの)に近づくと、今までと同じやり方を続けてもリターンが少なく、新たな生産性のフロンティアを見つけなければ投資効率が下がっていきます。新興国が経済成長をしていくと、その成長が次第に小さくなってくるのと同じパターンです。逆に、フロンティアから遠くにいる時(既存のやり方でも生産性向上の余地がある時)は、フロンティアを目指すことのリターンは大きくなります。

だからまずはフロンティアを目指すべき、ということは言えると思います。ただ、フロンティアに近づいていくと、新たなフロンティアへ転換しなければなりません。新たなフロンティアを探すうえでは、自らの仕事を抽象化し、持てるスキルを積極的に陳腐化させていく視点が役立つと思います」

清水さんのお話をヒントに、自分に適したリスキリングの内容や手段を考えてみてはいかがでしょうか。


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( https://tenshoku.mynavi.jp/content/declaration/?src=mtc )

取材・文:山田井ユウキ
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職

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