ジェフ・べゾス公認 トレンドはパジャマ
ジャジャジャジャーン。ベートーヴェン交響曲第5番「運命」とともに現れた人影は、トートバッグらしきものを持っている。ゆったりとした上着とボトムスのシルエットが見える。モデルがランウェイ中心へ降りてくると、それがベージュ系のスーツだとわかる。そして会場がさらに明るくなると、単なるジャケット&スラックスではなくて、実はパジャマのセットアップだということが判明する。うすい茶色に白のストライプ、白いパイピング、ドローストリングのウエスト、お腹にのぞくアンダーショーツ。すなわちパジャマそのものの下に、ヘンリーネックのTシャツを着て、まるで朝の通勤でもするような表情で歩いているのだ。
ポロニットの襟を重ねたり、シアリングのベストを重ねたりすると、さりげない日常着にも見えるが、やはりボトムスはストライプのパジャマそのもの。ショート丈パンツにトレンチコートも、殆ど違和感がないが、コットンのストライプ+ドローストリングウエストは、まごうかたなきパジャマパンツだ。結局フィナーレまで全93体すべてにパジャマが登場した。トップスのみやボトムスのみがあるにしても、ここまで思い切ったコレクションは初めて目にする。
パジャマは春夏のコレクションには時々登場するとはいえ、今まではちょっとしたアクセント的存在。パジャマワンイシューで押し通す潔さに驚くが、だんだんと、本当に日常使い、いや日中使いされるようになるかもという気もする。そもそもTシャツも元は下着であったし、今の日本の若者はパジャマで寝る習慣があまりない。ストライプやパイピングは少なくとも夏には、外出着としてそう不自然ではなくなるかも、、?
フィナーレにはビジュー刺繍が散りばめられた豪華なパジャマスーツが続々。そして全員、会場を後にし、陽光降り注ぐ外に出る。「ドルチェ&ガッバーナ(Dolce & Gabbana)」のシアターのあるヴィアーレ ピア―ヴェ(ピアーヴェ通り)をパジャマ軍団は、大挙して歩き、トラムの踏切りを渡り、あたりを一周して戻る。このスタイルは外出にふさわしいと、パジャマに市民権を与えるための巧みなパフォーマンスだ。
ちなみにこのショーがミラノで行われた3日後、イタリアのベニスではジェフ・べゾス(Jeff Bezos)による世紀の結婚式が行われ、新婦のローレン・サンチェス(Lauren Sánchez)は「ドルチェ&ガッバーナ」のオートクチュール「アルタモーダ」のウエディングドレスに身を包んだ。
ハイネックとコルセットが特徴のデザインは、1958年の映画「ハウスボート」でソフィア・ローレン(Sophia Loren)がまとったものが着想源。サンチェスのボディにぴったりと沿うようすから、結婚式に招かれたドメニコ・ドルチェ(Domenico Dolce)自らと、数名連れて行ったであろうスタッフの手によるフィッティングの努力がしのばれる。
そして3日間にわたるウエディング儀式の最終日は「ドルチェ ノッテ」(イタリア語で「甘い夜」)と名付けられたパジャマパーティー!ゲストの一人、俳優のオーランド・ブルーム(Orlando Bloom)が、今コレクションにも登場した黒地に白のポルカドット柄パジャマ上下を身に着け、水上タクシーで会場に向かう姿もある。すなわち、パジャマパーティーというアイディア自体、「ドルチェ&ガッバーナ」がかかわっていた、という可能性も否定できない。少なくとも結婚式前にパジャマがテーマのコレクションを発表することは、ジェフ・べゾスも了承済みであったろう。
しかし、稀代の商売人ジェフ・べゾスは、ケリングの会長兼CEOフランソワ・アンリ・ピノー(François-Henri Pinault)やデザイナーのトミー・ヒルフィガー(Tommy Hilfiger)などもゲストに招き、ファッション界への偏りは防いだようだ。
さて、では、この「パジャマ」スタイルが示すのは、壮大なお祭り騒ぎのみであったか?いや、けっしてそうは思わない。最も無防備な服装で街に出ようというのは、「戦いの放棄」の表現とは言えないか。
「ドルチェ&ガッバーナ」は何も野暮なことは言わないが、きな臭い昨今だからこそ、そんな風に解釈したくなる。