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松下幸之助が「お前、明日でクビ」とマジギレした理由

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松下幸之助が「お前、明日でクビ」とマジギレした理由

もう随分と昔、まだ私が大学生だった時のこと。

大学近くのとんかつ店でアルバイトをしていたある日、店長からこんなことを言われることがあった。

「だいぶ食材が余りそうなんで、エビフライとかとんかつとか、好きなモンを弁当にして持って帰ってええぞ。揚げてほしいもんあるか?」


聞けば、まとまった弁当予約の客が現れず廃棄せざるをえないようだった。

しかしもう閉店時間も近く、まかないは済んでいるので従業員も食べない。

そんなこともあり、大学生なら食えるだろうと弁当にして持って帰れというはからいである。


「ありがとうございます、ではとんかつとエビフライのミックス弁当でお願いします!」

(…気持ちは嬉しいけど、今から家に帰って、そんなボリューミーなもの食べられねえよ)

そんなこともありお店の電話を借りると、大学近くで下宿をしている友人に連絡をとることにした。


「鈴木、1時間後くらいに下宿おる?どうせまともなモン食べてへんやろうし、バイト終わりに店のトンカツとかいろいろ持ってったるわ」

「マジか、助かるわ!ほな悪いんやけど1時間半後くらいでええか?少し準備があるんで」


弁当を届けたらすぐに帰ろうと思ったのに、何の準備…?

もしかしてビールでも用意して、そのまま揚げ物をツマミにして夜ふかしをしようということだろうか。

そんな予感もあり、自宅にも電話をして今日は遅くなるか、帰らないかも知れないと母に伝える。インターネットもスマホもない時代なので、こういった連絡はマメにしないと色々と面倒なことになるためだ。


そしてその後、ミックス弁当2人分を包んでもらい鈴木の下宿に行くのだが、30年以上経った今も忘れられない出来事に遭うことになる。


「明日で会社を辞めてくれ」

話は変わるが、言わずと知れた“経営の神様”、松下幸之助には数々のエピソードがある。その中でも印象的な逸話をひとつ、ご紹介したい。


昭和30年頃のこと、新型の電気こたつを発売した松下電器産業だったが、商品に不具合が見つかり、今で言うリコールを余儀なくされることがあった。

特定の型番の範囲、というようなヌルいリコールではない。出荷した全品を回収するという、大規模なものである。


大変な後始末に追われる電熱部門の課長。

そんなある日、幸之助本人から呼び出しを食らうと、こんなことを告げられる。

「明日で会社を辞めてくれ」


その時、電熱課長は入社18年目というから、おそらく40歳あたりだろう。どれほどの絶望を感じ、眼の前が真っ暗になったのか、想像に難くない。

そのため精一杯、こんなことを答える。

「困ります、幼い子供が二人いるんです」


しかし幸之助は無情にも、要旨こんなことを告げて突き放した。

カネがないから困るというのはわかるが、とにかく辞めろ。俺の言う通りに商売をやればいいだろう、“しるこ屋”ならすぐに開業できる。当面のカネは困らない分、貸してやるから心配するな。

そしてうなだれる電熱課長に、幸之助はとにかく着席するように促す。


想像してほしいのだが、もし自分がこんなことを経営トップから言われたら、どんな思いになるだろうか。

まして相手は、すでに大物経営者として著名な存在になっていた幸之助だ。

しかも昭和30年頃といえば、労働者の権利など今とは比べ物にならないほどに軽い。取り返しのつかない大きな失敗と、その結果としてのクビなど、ありふれていた時代である。


そして力なく腰を下ろした課長に幸之助は、容赦なく追求を続ける。

しるこ屋の開業を前提に、さっそく明日、何から始めるのか。さらに開業準備としてやるべきことは何か、味をどのように決めるのか。

それに対し電熱課長は要旨、こう答える。

「都心部の著名なしるこ屋を食べ歩き、調査して回ります。繁盛している理由、味付けのノウハウを掴みます」


それでも幸之助は、追及の手を緩めない。

その味を誰が確かめるのか。身内だけではダメなので、近所にも配って周り、必ず確かめろと諭す。

そして何よりも大事なこととして、出来上がった商品の作り方を、今で言うマニュアル化することをしなさいとアドバイスした。

必ずそうしますと答える電熱課長。


それでも幸之助はまだ納得しない。

「初めて来店してくれた客には、必ず感想を聞け」

そう助言し、さらに値段はいくらにするのかと詰問を続ける。

課長は、調査した著名店の平均的な価格、例えば5円あたりに設定するだろうと答えた。


すると幸之助は、急に姿勢を変えこう話し始めた。

「しるこ屋が5円の商品を売るのですら、それだけの努力が必要なんや。ましてキミは、その何百倍もの値段の商品を扱ってた」

下を向いたままうなずく、電熱課長。

「わかってくれたら良し、明日からもよろしく頼むぞ」

(参考:PHP出版「松下幸之助」)


貰った恩は…

話は冒頭の、学生時代の友人についてだ。

余り物のトンカツやエビフライの弁当を彼の下宿に届けたら、いったい何が起きたのか。


「桃野、ありがとう!この弁当は明日の夜に2つとも食べるんで、今からラーメン奢るわ。その後、深夜のドライブに行こうぜ!」

「は?お前、車なんか持ってへんやろ」


「電話貰ってすぐに奈良の実家まで帰って、オヤジに頼み込んで今日だけ貸してもらった。だから1時間半もかかったねん」

「マジかお前…。余りモンの弁当くらい、気軽に貰っとけよ」


「そうはいかんよ、お前には負けたくないしな(笑)」


メチャメチャだ…。

たかだか店の余り物をバイト近くの友人に届けるだけでコイツ、ここまでの“お返し”を用意しやがったのか。

その時は正直、そんな感じで少し引き気味だったが、今では彼の想いがよく分かる。


“近くにいる何人もの仲間の中から、自分を選び届けてくれたこと”

彼はきっとその想いを、喜んでくれたのだろう。

もし逆の立場なら自分も、できる限りの“お返し競争”をしたくなったはずだ。

もっとも私は、週末に下宿にいる可能性が高く、一番まともなものを食ってそうにない金欠の鈴木を選んだだけだったのだが。


そんな鈴木とは今も、数年に1回くらい思い出したように一緒に飲むことがあるが、誰もが知る大企業で役員に昇っている。

「貰った恩は倍返しする」

きっとそんな、若い頃の価値観のままに社会人生活を送ってきたのだろう。

そんなヤツが組織や社会から必要とされないわけがないので、納得の活躍だ。


そして話は、松下幸之助のエピソードについてだ。

鈴木は「貰った恩は倍返しする」ようなヤツだったが、幸之助はそれどころではないのだろう。

「被った損失すらも、資産に変えて社員に返す」

きっとそんな思いで、事業にあたっていたのではないだろうか。


思うに、「部下の失敗」というタイミングほど、上司の力量と器が試される時はない。

三流…というよりも世の中にあふれる95%のエセリーダーは、キャーキャーワーワーと叫び、怒号と無意味な叱責で部下を追いつめる。

結果、状況が好転するわけもなく、損失は損失のままで組織と社員は傷つくだけで終わる。


では、幸之助のような歴史に残るリーダーはどうしたのか。

「困ります、幼い子供が二人いるんです」

顧客の安全や会社の損失よりもまず、自分の生活のことを考える電熱課長の思考はある意味で当然だ。

それが会社員という働き方であり、人生の多くの時間を会社に提供することで失敗の大部分は免責され、逆に成功の果実もその多くを会社に持っていかれてしまう。

大企業なら尚更だろう、 だからこそ“自分ファースト”の姿勢は労働者の当然の権利といってもいい。


そんな電熱課長に対し、顧客のことを考えろだの、この莫大な損失をどうしてくれるんだと叱責したところで、そんな言葉が心に届くはずもないに決まっているではないか。

私だって、同じ立場なら内心、こんなふうに思うはずだ。

(製品のチェック体制が甘い会社の責任だろ、知ったことか)


今の時代に許される手法かどうかは正直、わからない。

その上で幸之助はまず、電熱課長に解雇を告げ、失敗の規模の大きさから、経営者であればどうなるかという“結果責任”を疑似体験させた。

顧客からの信頼を失い、莫大な損失で会社を傾ければ、経営者であれば社会から一発退場になるという過酷な現実だ。


さらに畳み掛け、街にありふれている一杯5円のしるこ屋がその5円を稼ぐためにどれだけの努力を重ねているのか。

“失業”からなんとか家族を養うために立ち直ろうとする課長に対し、お金を稼ぐために大事なことを真剣に考えるようシミュレートさせ、自らの気づきで理解させた。

その上で、期待の言葉とともに改めて、また責任を任せた。


電熱課長がその後、どれだけの危機意識と緻密さで仕事に取り組むようになったか、想像に難くないだろう。

まさにこれこそが、“経営の神様”の責任のとり方であり、損失すら資産に変える哲学だったのではないのか。

ぜひ、リーダーと呼ばれるポジションにある人には、参考にしてほしいと願っている。

***


【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

悪夢ってけっこう楽しいと思うんです。
若い頃に戻って彼女に振られたり、単位を落として留年をしたり…。
実害無しで失敗を疑似体験できるって、すごくお得!

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo:Se. Tsuchiya

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