「食事摂取基準2025」の変更点は?高齢者のフレイル・骨粗しょう症予防に向けた栄養管理のポイントを解説
日本人の食事摂取基準は、科学的知見の進展や、食生活・ライフスタイル・健康状態の変化を反映させるために、5年ごとの更新が行われています。
2025年度からは、昨年新たに策定された「食事摂取基準 2025年版」が使用されることになります。それに伴い、厚労省は今年の2月9日と2月11日に、それぞれ神戸・東京にて『「日本人の食事摂取基準(2025年版)」研修会』を開催することを決定しました。
この研修会は、栄養管理に携わる従事者が、新たな食事摂取基準を適切に活用できるように支援することを目的としています。
介護現場においても、高齢者の健康を支え、生活の質を向上させるために、新たな基準を踏まえた栄養管理の実践方法を再検討することが求められています。
本記事では、2025年版食事摂取基準の主な変更点と、それを踏まえた介護現場での栄養管理について解説します。
食事摂取基準とは
食事摂取基準は、国民の健康維持・増進に必要な栄養素の摂取量を示した重要な指針となるものです。厚生労働省が策定し、定期的な見直しが行われています。
この基準の策定背景には、以下のような社会的要因があります。
国民の食生活の変化 ライフスタイルの多様化に伴う食習慣の変化への対応 生活習慣病の増加 食生活が原因となる疾病予防への取り組み 高齢化社会の進展 高齢者の健康維持・増進に向けた栄養管理の重要性
特に高齢者においては、栄養不足や過剰摂取が健康に及ぼす影響が大きいため、食事摂取基準は極めて重要な役割を果たしています。個々の食事が健康に与える影響を評価し、適切な栄養管理を行うための指針として活用されているのです。
最新の科学的知見に基づいて基準が更新されることで、国民の健康を守るための具体的な指針が提供されています。この基準を活用することで、高齢者一人ひとりの状態に応じた適切な栄養管理が可能となるでしょう。
「日本人の食事摂取基準 2025年版」の主な変更点
エネルギーと栄養素の基準値の見直し
「日本人の食事摂取基準 2025年版」では、エネルギーと各栄養素の基準値の見直しが行われました。
まず、食物繊維の推奨摂取量の変更です。成人に対する推奨摂取量は、従来の基準よりも1グラム増加し、1日当たり25グラム以上に変更されました。これは、食物繊維が生活習慣病のリスク低下に寄与することが明らかになったためです。
また、ビタミンDの推奨摂取量も見直され、成人の目安量が9.0μg/日と設定されました。この基準は、ビタミンDが骨の健康を維持するために重要であることを考慮しています。ビタミンDは食事からの摂取だけでなく、日光を浴びることによっても体内で合成されます。北欧の基準に基づき、日照によるビタミンDの合成量を考慮したうえで新たに策定されました。
今回の見直しでは、年齢や性別、生活活動レベルに応じたエネルギー摂取量の設定が強化されており、より個別化された栄養管理が可能となりました。特に高齢者においては、必要なエネルギー量を確保しつつ、栄養素のバランスを考慮した食事が推奨されています。
鉄の耐容上限量の削除
新たな食事摂取基準では、これまで成人男性で1日あたり45mg、成人女性で40mgとされていた鉄の耐容上限量が削除されました。
鉄は体内で重要な役割を果たすミネラルであり、特に赤血球の生成に不可欠な栄養素です。
従来、鉄の耐容上限量は、健康障害を防ぐための摂取量の上限として設定されていました。しかし、近年の研究により、鉄の過剰摂取がもたらす影響についての理解が深まってきました。
特に、以下の点が明らかになっています。
食事からの鉄摂取が多くても、体内での調整機能が働く 遺伝的要因が関与する場合を除き、過剰障害のリスクは無視できる 個々の健康状態に応じて必要量が異なることが判明
この変更により、特に高齢者や女性において、より柔軟な栄養管理が可能になると考えられます。
ただし、これは無制限な摂取を推奨するものではありません。鉄分の過剰摂取は、体内での酸化ストレスを引き起こし、さまざまな臓器障害のリスクを高める可能性があります。個々の健康状態や生活状況に応じて、適切な摂取量を考慮することが重要となるでしょう。
骨粗しょう症とフレイルの観点の追加
2025年度からは、食事摂取基準で扱われる項目内に「骨粗しょう症」と「フレイル」の観点が新たに追加されました。これにより、栄養素の摂取が生活習慣病の改善だけでなく、生活機能の維持や向上にもどのように貢献するかが示されました。
骨粗しょう症は、骨密度の低下により骨が脆くなり、骨折のリスクが高まる疾患です。
国民生活基礎調査によると、要介護者における介護が必要になった主な原因は、骨折・転倒が3番目に多くなっています。
高齢者において、介護予防の観点からも骨粗しょう症を防ぐことは非常に重要であり、適切な栄養摂取がその鍵となります。
骨粗しょう症の予防においては、以下の栄養素が重要とされています。
カルシウム 骨の健康を保つ基本となる栄養素 ビタミンD カルシウムの吸収を助ける重要な栄養
また、フレイルとは、年齢を重ねることで体の機能が衰え、さまざまな健康問題に対して脆弱になっている状態を指します。
健康障害には、日常生活動作の低下に加え、要介護状態への移行、病気の悪化、そして入院リスクの上昇などが含まれます。加齢とともに、これらのリスクは高まる傾向にあります。
特に、食品を通常の組み合わせで摂取する中で、栄養指導によってフレイルの症状や状態を改善できると明らかになっている栄養素は、タンパク質のみとされています。そのほか複数の栄養素については、フレイルの発症や進行に大きく関与しているというエビデンスは、現時点では乏しいことが分かっています。
これらの観点を含めることで、より包括的な栄養管理が可能となり、高齢者の健康寿命延伸に向けた具体的な指針となることが期待されています。
高齢者の栄養管理におけるポイント
フレイル・骨粗しょう症予防のための栄養摂取
高齢者におけるフレイル・骨粗しょう症予防には、適切な栄養摂取が重要な役割を果たします。
フレイル予防には、タンパク質の摂取が効果的です。タンパク質は、筋肉量の維持に寄与し、身体機能の低下を防ぐ効果があります。必要量の目安として、男性では1日60g、女性では1日50gの摂取が推奨されています。タンパク質は肉、魚、卵、乳製品、大豆製品などの日々の食事から摂取することが望ましいでしょう。
また、骨の健康維持にはビタミンDとカルシウムが不可欠な栄養素となります。
ビタミンDは日光浴により体内で合成されますが、食事からも摂取することが重要です。ビタミンDを含む食品としては、サケ、カツオ、イワシなどの青魚や、干し椎茸や乾燥きくらげなどの日光に当てられたきのこ類が挙げられます。
カルシウムは骨密度を維持するために必要で、乳製品や小魚、緑黄色野菜に多く含まれています。これらの栄養素をバランスよく摂取することで、骨折や転倒のリスクを低減できる可能性があります。
また、高齢者の健康を維持するためには、食物繊維の摂取も重要となっています。食物繊維は腸内環境を整え、便秘を予防するだけでなく、血糖値のコントロールにも寄与します。高齢者は消化機能が低下することが多いため、食物繊維を含む食品を意識的に摂取することが推奨されます。野菜、果物、全粒穀物、豆類などの食品から自然な形で摂取していくことが高齢者の健康につながるのです。
エネルギー・栄養素バランスの考え方
高齢者の栄養管理においては、エネルギーと栄養素のバランスが重要です。適正なエネルギー摂取量は、個々の身体状況や活動量に応じて異なりますが、一般的には基礎代謝量に身体活動レベルを掛け合わせた値が目安となります。高齢者は基礎代謝が低下する傾向にあるため、過剰なエネルギー摂取は肥満や生活習慣病のリスクを高めることがあるでしょう。
PFC比(タンパク質、脂質、炭水化物の比率)も重要な指標となります。高齢者の場合、タンパク質は全エネルギーの15~20%、脂質は20~30%、炭水化物は50~65%が理想的とされています。このバランスを意識することで、健康的な食事を実現できます。
微量栄養素の摂取も欠かせません。ビタミンやミネラルは、身体機能を維持するために必要不可欠です。特に、ビタミンB群やビタミンC、亜鉛などは免疫機能をサポートし、感染症の予防に貢献します。
ビタミンB群は、魚介類や肉類、豆類に多く含まれ、エネルギー代謝に重要な役割を果たします。また、亜鉛は牡蠣やレバー、ナッツ類に豊富に含まれ、正常な味覚を保つ働きもあります。これらの栄養素を意識的に摂取することで、健康的な生活を維持することができるのです。
食事摂取の実践的なアドバイス
高齢者の食事摂取においては、「主食・主菜・副菜」の基本的な組み合わせを意識することが重要です。主食にはご飯やパン、麺類を選び、炭水化物をしっかりと摂取します。主菜には肉や魚、豆腐などのタンパク質源を取り入れ、副菜には野菜や海藻、きのこ類を活用することで、ビタミンやミネラルを効率的に補給できます。特に、緑黄色野菜や根菜類など、色とりどりの野菜を使うことで、栄養バランスだけでなく、食事の見た目も楽しめるようになります。
食事の回数や量については、高齢者の消化機能の低下を考慮する必要があります。一度に多量の食事を取ることは難しい場合が多いため、1日3食に加えて間食を取り入れることが効果的です。間食としては、ナッツ類やヨーグルト、果物など、栄養価の高い食品を選ぶことが推奨されます。また、食事の時間を規則正しく保つことで、体内時計が整い、自然な食欲も期待できるでしょう。
水分摂取の重要性も忘れてはなりません。高齢者は脱水症状を起こしやすいため、意識的に水分を摂取することが必要です。食事中や食後の水分摂取は、消化を助ける効果が期待できます。また、汁物や果物など、食事からも水分を補給できる食品を取り入れることで、より効果的な水分補給が可能となります。
介護現場での食事摂取基準の活用法
個別ケアプランへの反映
介護現場では、個別ケアプランの作成が栄養管理の基本となります。アセスメントを通じて、利用者の栄養状態や食事の好み、生活習慣を把握し、適切な栄養ケア計画を立案することが重要です。アセスメントには、身体測定や食事記録、血液検査の結果などを活用し、総合的な評価を行います。
栄養ケア計画は、利用者のニーズに応じた具体的な食事内容や摂取目標を設定します。計画立案時は、まず現在の栄養状態を評価し、改善が必要な点を明確にします。そのうえで、短期目標と長期目標を設定し、具体的な栄養補給方法を検討していきます。例えば、タンパク質の摂取量を増やすために、食事の品数を増やしたり、嗜好に合わせた食材を選択したりします。
特に高齢者の場合は、フレイル予防の観点から、タンパク質の摂取量に注意を払います。必要に応じて、補助食品の活用や食事回数の調整も検討し、無理なく必要な栄養を摂取できるように工夫を重ねていきます。さらに、定期的な体重測定や食事摂取量のモニタリングを行い、栄養状態の変化を把握することで、より効果的な栄養管理が可能となるでしょう。
給食管理への応用
給食管理においては、献立作成が重要な役割を担います。高齢者の栄養ニーズに応じた献立作成には、栄養素のバランスと季節の食材の活用が欠かせません。また、食事形態の工夫も必要で、嚥下障害のある方には、きざみ食やソフト食、ミキサー食など、個々の状態に合わせた調理法を選択します。
おいしさと安全性の両立も重要です。調理技術を活かし、食材の特性を生かした調理方法を選択することで、見た目や香り、食感にも配慮した食事を提供できます。また、衛生管理を徹底し、食中毒予防にも留意が必要です。
食事の提供時間や環境にも配慮します。適切な温度での提供や、快適な食事環境の整備により、食欲を促進し、必要な栄養摂取をサポートすることができます。さらには、食事時間を固定し、ほかの利用者とのコミュニケーションを図れる環境を整えることも大切です。
全国の介護老人保健施設768施設を対象に行われた実態調査によると、メニューサイクルについて、22~30日間でメニューを1サイクルさせている施設数が最も多くなっています。さらに、300日~365日間を1サイクルとし、ほとんど毎日異なるメニューを提供している施設は、全体の11%を占めています。
様々な献立を用意することは、食事を楽しむ機会を創出し、結果として栄養摂取量の増加につながることも期待できるでしょう。その際には、調理や献立作成の効率といった生産性についても念頭に入れておく必要があります。
多職種連携による栄養管理
介護施設において高齢者の栄養管理を効果的に進めるためには、多職種による連携体制の構築が不可欠です。各専門職の役割と専門性を活かしながら、総合的なケアを提供することが必要となります。
医師は健康状態の評価と医学的な管理を担当し、看護師は日常的な健康管理と観察を行います。栄養士は、この評価に基づいて具体的な食事内容を提案し、必要な栄養指導を実施します。介護職員は食事の提供と摂取状況の観察、生活支援全般を担当します。
これらの専門職間で定期的な情報交換を行い、以下の情報を共有することが重要です。
利用者の体重変化や食事摂取量の推移 服薬状況と食事への影響 嚥下機能や咀嚼力の状態 食事に関する本人の意向や嗜好
多職種での連携により、高齢者一人ひとりの栄養状態を総合的に把握し、フレイル・骨粗しょう症予防に向けた適切な栄養ケアを提供することが可能となります。この連携体制を強化することで、利用者の栄養状態の改善と健康の維持・増進につながるでしょう。