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パワハラ・セクハラの正体

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パワハラ・セクハラの正体

もうずいぶんと昔の平成初期、まだ20代の若いビジネスパーソンだった時のことだ。

今に至るも、アレほどに理不尽でクソな指導を受けたことがないという、強烈な思い出がある。


「お先に失礼します」

「は?おいお前、何してんねん」


「…え?20時も過ぎてるので帰ろうかと」

「へー。上司の俺でもまだ帰らへんのに、ええ度胸してるな」


「…??」

「まだ仕事してる先輩もいるんやぞ!何かお手伝いしましょうかも、言えへんのか!」


いったいコイツは何を言ってるんだ。

リテール営業の部署で、いったい誰の何を手伝えというのかと言葉を失うが、さらに畳み掛けてくる。


「そもそも、今日はもう帰るってことは、明日は完璧に結果を出す自信があるってことなんやな?」

「それはわかりません」


「ほなら明日に備えて、完璧に成果出せる準備せんかい、帰ってる場合か!」


この時の上司は、戦前生まれでコテコテの昔気質の人だった。

令和の今なら、秒でパワハラ認定され役職を外されるだろう。しかしそれでも、こんな時につい、私にはこう考えてしまう思考の癖がある。

(この人の考えの正義は、なにが根拠なんだろう…)


言うまでもなく正義とは人それぞれで、理不尽と感じる自分の方がおかしい可能性も十分にある。

そんなことを客観視して自分にも落ち度を求めるのだが、この時ばかりは何も思い浮かばなかった。


定時はとっくに過ぎているし、残業代なんかもちろん出ない。

当月の営業成績もすでにクリアしていて、“明日の完璧な準備”とやらも知ったことか。

個人的に気に入られてないなら、それは解決不可能な問題でどうでもいいことだ。


しかし相手はいい歳をした部長で、こちらは駆け出しの若手。

やむを得ず席に戻り、片付けた顧客情報などの資料を机に広げると “仕事をしているフリ”を始めた。

それを見て、舌打ちをしつつ「指導をしたフリ」に満足げな上司。全くもって反吐が出る光景だ。


この時のことは長年、正解を見つけることができない課題だった。

「明日のために今日できることをやれ」

「先輩を手伝うことが下っ端の礼儀」

「空気も読まずに帰るとは、身の程知らず」


令和の労働環境では、このような指導が120%間違いであることは論を俟たない。

しかし考え方としてどうかと言われたら、切り取り方により理解できる余地が無いわけではない。

それでもなぜか、心からの嫌悪感を覚えた理由を長年、うまく説明できずにいた。その答えを、最近やっと見つけることができた気がしている。


「寝る勇気!」「起こす勇気!」

話は変わるが先日、陸上自衛隊の元高官と一緒に飲んでいた時のことだ。

若い時にどれだけ無理をしたか、その時にどんなセルフマネジメントをしていたかという話題がテーマになったことがある。


「潰れかけの会社でCFOをしてた時が、一番キツかったでしょうか。あの時は会社に泊まり込んで朝、洗面所の冷水で体を拭いていたこともありました」

そんな私の“苦労自慢”をにこやかに聞いていた元高官は、一区切りつくとこんな事を話し始める。


「桃野さん、意外かもしれませんが私、陸幕(りくばく;陸上幕僚監部)時代、絶対に泊まり込まないことをポリシーにしていたんです」

陸上幕僚監部というのは、民間企業で言えば本社に相当する重要組織だ。令和の今ではそんなことはないが、少なくとも平成時代には家に帰れないことが当たり前のセクションだった。


私自身、ウイークデイはもちろん、土曜日すら泊まり込んで仕事に追われていた友人・知人を多く知っている。

深夜0時を超えると、「まだ午前中だな」というジョークが定番で、寝るのは硬い床、しかも毛布だけというようなヤバい働き方を求められる“本社”である。そんなこともあり驚き、問い返す。

「え…?陸幕にいらっしゃったのは平成の初期や中頃ですよね。それで仕事をこなせたのですか?」

「こなせるかどうかではありません。帰らないとダメなんです」


そして深夜2時まで仕事をしても必ず、自転車を40分飛ばして帰宅していたこと。

シャワーを浴びて、僅かな時間でも“羽毛布団”で寝ることをマストにしていたこと。

朝食は必ず摂り、妻に弁当を作ってもらい再び、40分かけて自転車で通勤していたという思い出を語る。


「往復で1時間20分も…。時間の無駄ではないのですか?私なら会社に泊まり込み、その分、睡眠に充てます。というか、充ててました。自転車を漕ぐ体力を考えても、それが合理的な気がします」

「数カ月程度の短距離走なら、それが正解かもしれませんね。しかし仕事も人生も、マラソンと同じなのです」


そういうと、過酷な勤務で心身ともに壊れてしまう同僚を多く見たこと。

マラソンを完走するには、給水もインターバルも必要なこと。

短距離走の心身の使い方で長距離走に臨むと、良い仕事などできるはずがないと話す。


「考えても見て下さい。泊まり込むことを“覚悟”すると、時間の使い方が散漫になるんです。集中できなくなるんです。2時に帰ると決めたら、むしろその方が必死です」

「…そうかも知れません」


「心身にとって一番マズイのは、寝る直前まで仕事のことを考えて、起きた直後から仕事のことを考え始めることです。それでは、脳が休めるわけがありません。当然、良い仕事もできません」

「しかし、深夜に40分もかけて自転車で帰宅とは…。辛くなかったのですか?」


「特に辛くはなかったですが、腹が立つことがあった時は『バカヤロー!!』と大声を上げながら走ってました。なので新宿の大ガード下あたりでよく警官に呼び止められ、職質されました(笑)」

そんな思い出を振り返り、そして実はその時間こそがセルフマネジメントの秘訣なのだと言った。


いわく、自転車で走っている時には仕事のことを忘れていること。

体を使い汗をかくことで、気分転換になっていること。

時に大声で叫ぶことでストレス発散になり、職場に泊まり込むよりもはるかに健全であったというような趣旨だ。


「自分の甘さを反省させられます。ところで高位に昇られた後には、どうされてたのですか?同じように部下を帰らせてたのでしょうか」

「そうですね…。例えば私が東日本大震災の際に、現地対処責任者として、福島原発に泊まり込んでいた時のことです」


言うまでもなく、あの3.11は未曾有の大災害で、国の存亡がかかっているこれ以上はない非常事態だ。

元高官はあの災害に際して福島原発に泊まり込み、原子炉が水蒸気爆発を起こす信じがたい現場で、陸海空自衛隊、警察、消防、東電、行政を取りまとめる指揮官を務めていた。

当然24時間、自分はもちろん部下に対しても、最高の緊張感を持って職務に臨むよう求めていただろう。


しかしそんなイメージとは裏腹の、その内情を話す。

「あの時私は毎日必ず、10時間は指揮所から席を外し、自室に戻るようにしていました。そうすると部下たちは交代で5時間ずつ寝られるんです。私が指揮所に詰めてたら、誰も休めずに皆が壊れます」

「しかし、それでは何かあった時に…」


「もちろん、部屋に戻って10時間寝てたわけではありません、安心して下さい(笑)」

「とはいえ、部下が声をかけ辛くなり、対処が遅れる可能性はなかったのですか?」


「はい、その通りです。ですので私は部屋に戻る時、部下たちと必ず、こんな声を掛け合っていたのです。『寝る勇気!』『起こす勇気!』です。俺は勇気を出して寝る。皆は何かあったら、勇気を出して俺を叩き起こせ!です」


なんというリーダーなんだろう…。あの大災害に際し、全結果責任を負う立場に立ってもなお、こんな立ち居振る舞いで部下を鼓舞し、全体最適のために冷静沈着でいられるとは…。


“洗面所の冷水で体を拭いていたこともありました” などと苦労自慢を話した30分前の自分を、なかったことにしたい…。

そんなことを恥ずかしく思った、元高官から教えて頂いたリーダーシップの一つである。


パワハラ・セクハラの正体

話は冒頭の、昔の上司についてだ。


「明日のために今日できることをやれ」

「先輩を手伝うことが下っ端の礼儀」

「空気も読まずに帰るとは、身の程知らず」


切り取り方によっては正しさもあるかもしれないそんな指導の何に、心からの嫌悪感を覚えたのか。

元高官の話の後に多くの言葉は要らないだろうが、そうもいかないので言語化してみたい。


元上司のこのような指導は、目的も手法も、何もかもがバラバラだ。

どの時間軸での成果に繋がる指導なのか。

そうかと思えば人としての礼儀に言及し、最後などはもはや罵倒でしか無い。


有り体に言って、「これは指導なんだぞ」と形を取ったうえで、「俺が気に入らない」と言っているだけである。

指導と称して居酒屋に若い女子社員を連れ出すような、仕事の一環だとしてお酌を命じるような、そんな軽蔑すべき愚行だ。

強烈な違和感と嫌悪感を覚えて、当然だろう。


それに対し、元高官の指導は旗幟鮮明で、その目的の解釈を間違えようがない。

第一に、緊急事態を制御し、国と国民のために結果を出すこと。

第二に、部下の心身を守ること。


そのためにリーダーとして何をすべきなのか、目的のための行動と言葉が結晶化しており、「私」を感じさせない。

これほどのリーダーがあの現場で指揮を執っていたこともまた、日本がギリギリのところで踏み止まれた要因なのだろう。


その一方で、令和の今でも私の元上司のような指導をする、リーダーとも言えない上司は、決して絶滅していない。

元高官のようなリーダーシップから何を感じるか、一人でも多くの人に考えて欲しいと願っている。

***


【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

自衛隊では、パワハラ上司を隠語で「パ・リーグ」、セクハラ上司は「セ・リーグ」と言います。
両方は「オールスター」です。
それらの幹部は、だいたいが部下から刺されて失脚しました。
良い時代になったと思っています。

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo:Tuan P.

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