hitomi デビュー30周年!90年代に闘いを挑んだ女の子は奇跡さえも神様に頼らない
小室哲哉楽曲のなかでも、美しさが際立つ「by myself」のメロディー
アルバム「by myself」のジャケットに映る、2人のhitomiが好きだ。
ブルーのブラウスに茶のパンツ。服装は味気ないほどシンプルなのに、気がムンムンに満ちている。1人は伏し目がちのhitomi。1人は遠くを見て、何かを睨みつけているhitomi。ずっと自分の弱いところと、強いところをぶつけ合って、彼女の歌はある。ポジティブだけど不満そう。華やかで美しいのに、それがなんなの? こんな武器だけじゃ戦えない。と、もがいている。
そのせいか、笑顔も素敵だけれど、その100倍、仏頂面がカッコいいのだ。守られたゾーンからわざわざ飛び出し、ザリザリとした足場の悪い道を選び、見果てぬ憧れの地を探しに行く。そんな彼女の歌の世界に広がるのは、潔癖なほど、理想高き世界だ。
汚れなく 美しく
秘めた思いひとつに
「by myself」のメロディーは、数多くある小室哲哉楽曲のなかでも、際立って美しい1曲のように思う。明るいが、憂いも少し感じつつ力強さもある独特のロンリー感。この歌のサビは高い音程が続くが、地声のまま必死で声を張り上げながら歌うのだ。「♪汚れなく 美しく」と、彼女自身が紡いだこのヒリヒリとストイックな言葉を!
ああ、やっぱり彼女は戦う女の子だ。1人で、自分だけを信じているような。90年代 “hitomi" は “hitori”(ひとり)で、世の中にパンチしていた。
コムロプロデュース全盛の中でhitomiが突出していた部分とは?
hitomiは、1994年11月に小室哲哉プロデュースのシングル「Let’s Play Winter」で歌手デビューを飾った。篠原涼子の「愛しさとせつなさと心強さと」(1994年7月)と、安室奈美恵の「Body Feels EXIT」(1995年10月)の間。その印象は、正直ビビッドなものとはいえなかった。安室奈美恵、globeのKEIKO、華原朋美といった小室哲哉プロデュースの歌姫のなかで、hitomiが際立っていたのは、乱暴なほどの自問自答である。肉感的なシルエットを露わにして、自信ありげにコンプレックスを歌ってくるのだ。
hitomiのハスキーな歌声は、正直、強すぎて、聴き心地の良さより、切羽詰まった焦りみたいなものを感じる。でも、だからこそ最後まで聴いてしまう。妥協できない女の子たちのざわめきのようなものが凝縮されているように思えるからだ。誰よりも幸せを求めているのだけど、簡単に手に入れるのは違う。そのプロセスにこだわり、そこから外れるとイチからやり直す。時々座り込みながら、立ち上がり、少しずつその歩幅を大きくして、確実に前へ進んでいく――
by myself=自分自身の力で!
hitomiは、J-POP全盛期の中、音楽シーンを席巻した小室ファミリーの一員でありながら、簡単にいくことほど疑うような歌詞で、自ら時代とともに疾走することにブレーキをかけている佇まいもあった。「♪いい事ばかりじゃ辛いだけサ 誰もたすけやしない」(GO TO THE TOP)と、自分を追い詰め、進んでいく。ストイックすぎる!
けど、だからこそhitomi。それでこそhitomi。今回、デビュー30周年を迎え開設された特設サイト『hitomi 30th anniversary PHOTO MUSEUM』に出されていた、30周年の彼女のコメントにも、大きく頷いてしまう。
30周年を機に
過去の写真を振り返ってみても
“何と戦っているの?!”と
改めて思います。常に挑戦的な気持ちだったのは
こどもの頃から偉そうにも
“こんな世の中を変えていきたい!
大人は嘘つき”
そんな想いから。
顔も良くスタイルもいい。声もいい。世の中にパンチを繰り出す勇気も野心もある。けれど、いつもパズルのピースが足りなくて、探している。 “私は何か足りない” “このままじゃいずれだめになる。強くなれ、強くならなきゃ” と--。その、迷いのパワーに引き寄せられていた気がする。
「LOVE 2000 / In the future」の衝撃
私が彼女に興味を持ったのは意外に遅く、1997年にリリースされた9枚目のシングル「problem」。そこから後追いする形で彼女の歌を聴いていったが、良曲なのに、なかなかベストテン入りしなかった。けれど、その、時流に簡単に乗れない様子もまた、hitomiの個性になっていた。だから、大ヒットした「LOVE 2000」は “あれっ” と、ちょっとびっくりしたものである。
小室哲哉プロデュースではなく、セルフプロデュースになったのがこの曲だったと後から知ったが、どんなに明るい歌でも見えていた、彼女特有の影みたいなものが消えていた。「♪愛はどこからやってくるのでしょう」。太陽のような輝きを持ったその曲は、高橋尚子選手がマラソンの練習中、レース前に聴いていたとメディアでも取り上げられ、注目を浴びた。でも、私はちょっと眩しすぎる感じで、寂しささえ覚えたものだ。しかしよく聴けば――
ニセモノなんか興味はないの
ホントだけ見つめたい
潔癖さは変わっていなかった。ああ、hitomiは戦う女の子のまま!
圧倒的自信と圧倒的コンプレックス、スタイリッシュと不器用さというアンビバレンツで、平成の音楽シーンを無骨に躍動したサムライガール、hitomi。彼女が戦っていた90年代、“自分にパワーを付けていかないと、いつか世間に捨てられるぞ” と、自分自身に向けて作った「In the future」が、その “未来” となった2024年の今、アナログで再発されたのはエモーショナルだ。
奇跡は君にかかってる
不利なこと強い強い物に変えてく
奇跡さえも、神様に頼らない。自分の弱さを武器に変え、切り拓いてきた証のようではないか。
私が大好きだった、未来を睨みつけるような仏頂面から、今は、とてもやわらかな笑顔になっているhitomi。けれど、生きるエネルギーでひたひたに浸されたような声は変わらない。きっと彼女にとって、30周年は旅の途中。これからも足りないものを探しながら歌い続ける気がする。