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最後の来日公演間近!シンディ・ローパーの “アトラクション&リテンション” は成功したか?

Re:minder

2025年04月22日 シンディ・ローパーのシングル「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」全米最高2位記録日

連載:80年代洋楽にビジネスを学ぶ
シンディ・ローパーの “アトラクション&リテンション” は成功したか?

アトラクションとリテンションは分けて考える方が合理的


皆さんは “アトラクション&リテンション” というビジネス用語を聞いたことがあるだろうか。アトラクションは “Attract”(魅了する・引き込む)の名詞形、リテンションは “Retain”(保持する・留めておく)の名詞形だが、ビジネスの現場でこの用語を最も頻繁に使うのは、おそらく企業の人事部なのではないか。つまり、優秀な人材を惹きつけて(採用 ⇒ アトラクション)、留めさせる(定着化 ⇒ リテンション)という訳だ。

この用語は、これ以外のシーンでも利用可能だ。例えば、商品のプロモーションを考えているとしたら、その商品を買ったことのない人に買わせるのはアトラクションだし、買ったことがある人にリピートしてもらうのはリテンションである。よく営業の人が顧客を新規と既存に区分しているのは、まさにこの考え方だ。

私生活でも応用できる。結婚をテーマに考えるなら、アトラクションの能力が乏しい人は一生独身かもしれないし、アトラクションはできてもリテンションの能力がなければ、その人は何度も離婚・結婚を繰り返すかもしれない。とにかく、ここまででお解りのように、アトラクションとリテンションは似た概念ではあるが、分けて考えるほうが合理的だ。

全世界で1,600万枚のセールスを記録した「N.Y.ダンステリア」


そこで、今回はシンディ・ローパーを例に、アトラクションとリテンションを具体的に考えてみたいと思う。

1983年、遂にソロアーティストとしてメジャー契約にこぎつけたシンディ・ローパーは、アルバム『N.Y. ダンステリア』(She's So Unusual)でデビューした。これは、5歳年下のマドンナのデビューアルバム『バーニング・アップ』がリリースされた僅か数ヵ月後のことである。このアルバムは全世界で1,600万枚のセールスを記録し、シングルカットされた「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」「タイム・アフター・タイム(過ぎ去りし想い)」「シー・バップ」「オール・スルー・ザ・ナイト」と大ヒットさせた。デビューアルバムから4曲連続のTOP5入りは女性アーティストで初のことだった。

米国の音楽誌『ローリング・ストーン』は、このアルバムを「100 Best Debut Albums of All Time」の63位に選んでいるが(マドンナは96位)、いずれにせよこのヒットによって彼女はグラミー賞の「Best New Artist」を獲得し、全米のスターが飢餓救済のために歌ったチャリティソング「ウィ・アー・ザ・ワールド」でソロパートを与えられた。これは、この両方に縁がなかったマドンナと比べても、シンディが明らかに良いスタートを切ったことを意味していたし、少なくとも彼女がアトラクションに成功したのは間違いなかった。しかし、次のアルバム『トゥルー・カラーズ』で、僕らは良い意味で裏切られることになるのである。

良い意味で裏切られたセカンドアルバム「トゥルー・カラーズ」


思い返せば、シンディ・ローパーのデビューアルバムが大ヒットしていた時点で、僕たちは彼女をある種のイロモノとして認識していた。なぜなら、彼女のファッションやビデオクリップは奇抜だったし、グラミー賞の授賞式にハルク・ホーガン(当時のWWF世界王者)をボディガードに連れてきたことなど、イロモノの印象を与える材料に事欠かなかったからだ。

だが、彼女はセカンドアルバム『トゥルー・カラーズ』で全く違う顔を見せてきた。タイトル曲「トゥルー・カラーズ」や「チェンジ・オブ・ハート」に代表されるように、非常にアーティスティックで洗練された作品に仕上がっていたのである。日本の音楽メディアは同じ1986年にリリースされたマドンナのアルバム『トゥルー・ブルー』との “トゥルー対決” と煽っていたが、僕はシンディの方がクオリティが高いと思っていた。

しかし、このようにクオリティの高い新譜を出すことでファンをグリップするアプローチ、即ちアトラクションを未来永劫続けていくには限界がある。なぜなら、聴き手はいつだって飽きっぽいものだし、作り手の才能はいつか必ず枯渇するからだ。

僕の知る限り、キャリアの最初から最後までアトラクションに成功し続けたアーティストは後にも先にもザ・ビートルズだけだが、彼らの活動期間は10年にも満たなかったし、1つのバンドに複数の天才ソングライターがいたのも奇跡的なことで、一般論として置き換えることはできない。そこで、別のアプローチ、即ちリテンションのための戦略が必要になる。

シンディ・ローパー、最後のTOP40「涙のオールナイト・ドライヴ」


セカンドアルバム『トゥルー・カラーズ』も大ヒットして盤石に見えたシンディ・ローパーだったが、その後、メディアでの露出は急激に減っていった。そして、サードアルバム『ア・ナイト・トゥ・リメンバー』から「涙のオールナイト・ドライヴ」がヒットしたのを最後に、彼女は全米TOP40の住人ではなくなったのである。

もちろん、シンディ・ローパーはその後も別の形で活躍を続けているし、日本のファンにとっては、2011年の東日本大震災当日に来日して支援活動に尽力していた姿が記憶に残る。とはいえ、ビジネス的に捉えるならば、21世紀に入ってからもTOP10ヒットを飛ばし、話題を振り撒き続けるマドンナとの間に大きな差が生じたのは事実である。では、シンディはどうすれば良かったのだろうか?

音楽業界のプロデューサーでも何でもない僕がこの問いに即答できるようだったら “もうみんなやってるよ” って話だと思うが、そもそも、ポップミュージックの世界において、マドンナ以上に長年に渡ってリテンションに成功しているアーティストなんているのか…。

自分たちの価値の源泉が存在に変化したローリング・ストーンズ


例えば、ビジネス上の成功がバンドの事実上の目的になっている(ように見える)ザ・ローリング・ストーンズは、時間の経過と共に自分たちの価値の源泉が “作品” からバンドの “存在” に変化することに気づいたのだろう。つまり、存在を忘れさせないための手を打つことを何より優先した訳で、ベロのマークを広めたのも、『Windows 95』のCMソングのオファーを受けたのも、キューバに行ってフリーライブを演ったのもその一環だ。

波乱万丈な人生を歩んできたエリック・クラプトンは、1960年代はサイケデリックなムード満載だったが、70年代に米国に渡るといきなりレイドバック、80年代にはフィル・コリンズと組んで、90年代にはMTVアンプラグドで一世風靡したかと思えば、次はベイビーフェイスと一緒に仕事をしている。つまり、良く言えば “流行に敏感”。悪く言えば “節操がない” のが特徴だ。

ストーンズとクラプトンはどちらも明らかにビジネス的に成功したが、そこには “ビジネス vs アート” のトレードオフ(一方を追求すれば他方を犠牲にせざるをえない関係)の中でビジネスを選択したという真実が含まれている。アーティストが本当に純粋な芸術家なら、もっと自らの才能を作品に投影し、創造性あふれるパフォーマンスを披露したいという本能が見えそうなものだが、彼らにはそれがあまり感じられない。もちろんこの選択は、ストーンズの場合は意図的、クラプトンは結果的だったのだろうけど。

その点で、純粋にアーティストであり続けようとするシンディ・ローパーは、ビッグビジネス的な意味でのリテンションには成功しなかったかもしれないが、それはそれで幸せではないか。


Original Issue:2017/02/15、2017/02/16、2017/02/17 掲載記事を一本化してアップデート


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