“漁”から脱却…船の「マダコ釣り」タコエギの登場が釣りファンの心をわしづかみにした!?
周囲を海に囲まれた我が国ニッポンは紛れもなく海釣り天国、多種多様な魚がねらえるが、同じ魚種をねらうにしても、さらに同じ釣りジャンルといえど、地方によって独特のカラーがあるのが、何より古くからニッポン人が釣りに親しんできた証拠。
「あの釣りこの釣り古今東西」第20回は船のマダコ釣り。かつて船からのマダコ釣りといえば「羽子板」などと呼ばれるエサを巻いたテンヤでの手釣りが主流で、どちらかといえば「漁」というイメージが強かったが、近年「タコエギ」の登場以降、ずいぶんスタイリッシュな釣りに変貌した。今回はタコ釣りの変遷についいて、分かる範囲でお届けしたい。
“羽子板”と呼ばれるテンヤ釣り
2012年5月、兵庫県は明石市東二見から出船する遊漁船で播磨灘のメバル釣りの取材に出たときのこと。メバル釣りの合間、潮待ちの時間帯に船長が乗船客に手渡したのが、木枠に巻かれた道糸の先に「羽子板」と呼ばれるタコ釣りの漁具(テンヤ)が付いた仕掛。地域により若干の形状の違いはあるものの、古くからほぼ全国的に使われていた道具だ。
細長い板の下部にオモリ、後部からは上向きの2本の大きなフックが付いたタコ釣り専用の漁具。その形状から「羽子板」と呼ばれる
この羽子板には大きなアジが巻き付けられていた。仕掛の糸をあらかじめ足下に出しておき、釣り手はその羽子板を船ベリから手投げする。着底させた羽子板から手に重みが伝わればアタリ、釣り手は糸を手繰ってマダコを取り込むという釣り。ということで、現在主流になった遊漁船でのタコエギの釣りは、その当時、まだまだ全国に浸透していなかったと思ってよいだろう。
メバル釣りの合間、乗船客に船長から手渡されたタコ釣りの道具。手投げしてねらう
タコエギの登場は2011年ごろらしい……
ネット情報によると、タコエギが全国の釣りシーンに登場し始めたのは2011年ごろということなので、この東二見で「羽子板での釣り」を見たころが、ちょうどその変革期に当たるのではないかと思われる。
そもそもの事の起こりは、アオリイカ釣りのエギにマダコが抱き付くことが度々あって「これはいける」と誰しも考えたことだろうと推測できる。そして、タコが掛かりやすいようイカ釣りのエギにテンヤ同様のタコバリを装着し、現在のタコエギの原型が完成したものと思われる。
イカエギからの発展形。後部のフックを傘バリからタコが掛かりやすい形状に変更したものがタコエギ
ちなみにハヤブサからタコエギが発売されたのは2016年のことで、現在は廃番になっている「タコブレード」という商品だ。その後、陸っぱり、防波堤の壁面でタコを掛ける「タコ掛けパール」のオフショア判(?)ともいえる「パルパルスッテ(ハヤブサ)」も、あとを追うようにデビューし、遊漁船のタコ釣りアイテムは一気に賑やかになったことは記憶に新しい。
エギ2個付けでアピール力をアップ
そんなタコエギの釣りがスタートしたころは、仕掛に装着するエギは1個だけ、単体での釣りだったが、いつのころからかエギの2個付け、またはエギ+スッテ、スッテ2個付けという組み合わせでの釣り方がポピュラーになった。エサではなく擬似餌という特質上、いかに暗い海底で仕掛を目立たせるかが、この釣りのカギなのは間違いない。
エギ1個よりも2個、エギ+スッテなど海底でのアピール力強化のため単体使用から複数使用へ
とにかく海底で道具を目立たせタコの興味を引くことが大切。よく釣る人と同じカラーを使うのも手
タコエギのカラーもイカエギ同様、何色もあるので、天候・水深・潮色などに合わせ最もタコにアピールできるカラーチョイス、組み合わせが楽しめるようになった。これはまさしくルアーフィッシング。アオリイカのエギング同様、全国の多くのルアーファン、さらにはエサ釣りファンまでの心をつかみ、一大ムーブメントになったことは記憶に新しい。
タコエギの登場で身近になり多くのファンを集める遊漁船のタコ釣り
かつて玄人好みだった船のマダコ釣りは、いまや東西での差はあまりなく、「タコエギ」の登場により、ほぼ全国で初夏の遊漁船にはなくてはならない身近な釣りものなったといって過言ではないだろう。