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「重たい後味をずっと引きずるような演劇体験を」~KERA CROSS 第六弾『消失』河原雅彦×入野自由インタビュー

SPICE

(左から)河原雅彦、入野自由

劇作家・演出家ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA)の戯曲に、才気溢れる演出家たちが挑むKERA CROSSシリーズ。その第六弾『消失』が、2025年1月〜2月に東京と大阪で上演される。本作はKERAが主宰の劇団ナイロン100℃の代表作の一つで、大倉孝二、みのすけ、犬山イヌコ、三宅弘城、松永玲子、八嶋智人のキャストで2004年に初演、2015年に同じキャストで再演されている。『カメレオンズ・リップ』(2021年)、『室温』(2022年)に続いて、今回KERAの戯曲演出が三度目となる演出家の河原雅彦と、『グッドバイ』(2020年)から再びKERA CROSS登場となる俳優の入野自由に今の心境を聞いた。

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KERA戯曲は「好きじゃなきゃやってられないくらい疲れる」

ーー河原さんが公式サイトの映像コメントで「KERAさんの戯曲を演出するのは数年に一回の修行」とおっしゃっていたのが印象的でした。

河原:他の演出家さんも苦労されていると思うのですが、KERAさんの戯曲はやっぱりいちばん難しいですね。作品の真髄から外れないことは当然大事ですが、基本的に役者さんへの当て書きで、さらには稽古を見ながら書き進められたものなので。

単純に再現を目指すだけだと「ああ、寄せてるなぁ」と思われるだけですし。じゃあ寄せずにまったく違うアプローチがあるかというと、それもかなり難しい。そういう中でどうやって突破口を探すかという作業になりますよね。ミュージカルにはミュージカルの、翻訳劇には翻訳劇の大変さがありますが、 KERAさんの戯曲というジャンルがあるとしたら、それがいちばん大変かもしれない。好きじゃなきゃやってられないってくらいに疲れますが(笑)、演劇を生業とさせてもらっている身としてはものすごく充実した毎日でもあります。

河原雅彦

ーーそうすると毎回稽古も苦労されていますか?

河原:そうですね。基本楽しく進めてはいますが、過去二回の稽古序盤では、戯曲の細かなニュアンスを拾うために2行やっては止め、2行やっては止め、くらいにじっくり進めていました。でも今回は8行くらいまとめて進められるといいなって(笑)。でもそんな戯曲はあまりないので、数年に一回の修行だと思って楽しく取り組んでいます。

ーー入野さんもKERA CROSSは『グッドバイ』に続いて二度目です。その時の演出は生瀬勝久さんでしたが、KERAさんの戯曲を演じてみていかがでしたか?

入野:高校生の時にKERAさんの作品を初めて観て感激して以来、いつか出演できたら……と思っていたので、「あの世界に自分が入れるんだ!」という喜びがまずありました。だけどその次に来る感情が、恐怖なんですよね。「本当にできるのか?」と。『グッドバイ』の時は稽古が始まってしまえばそんなことを考える間もなくなりましたが、河原さんがおっしゃるようにどっと疲れはしました(笑)。

河原:僕、その時の『グッドバイ』も観ました。自由は豪快にやっていてすごく良かったです。(元の役者の演じ方を)なぞらなきゃと思ったら難しいけれど、そうではないやり方、その役者さんが生きる方法を試行錯誤の末に見つけ出して、自由が体現していました。

入野:そう言ってくださってうれしいです。あの演じ方に辿りついたのも稽古の最後の方だったんです。稽古の時にまず生瀬さんがおもしろく演じて見せてくれるんですよ。でもそれを超えられないから、悩んでしまって(笑)。

河原:そこでハードルが上がっちゃうのね(笑)。

入野:で、いろいろ試しながらも一度豪快に演じてみた時、生瀬さんがうれしそうにしてくれたので手応えを感じました。最初のシーンは特に大変で、のどもちょっと壊すほど叫んでいたら「そんなの関係ないぜ!」ってぐらい生瀬さんに喜んでもらえるのがうれしかった。その結果、他の方も喜んでくれたり、河原さんにも「良かったよ」と声をかけてもらいました。

ーーまず演出家を喜ばせたいと思ったのが功を奏したのですね。

入野:そうですね。おもしろい人がおもしろいと言ってくれているなら間違いじゃないはず、と思って一つの指標にしていました。

入野自由

河原:たしかに稽古場で見てる人が楽しめるかどうかって、「いろは」の「い」ですよね。稽古場にいる人全てを観客ととらえているというか。僕は小劇場出身なので、そういう感覚があります。生瀬さんもそうだし、たとえば古田新太さんなんて一緒に舞台に立っている共演者はもとより、スタッフさんまで笑わせにかかる(笑)。

なので基本、稽古も本番のつもりでやった方がいいんですよね。稽古のための稽古というよりは、一回一回が本番という感覚がすごく大事。きっと藤井(隆)くんもそういうタイプじゃないかな。だから、今回は8行ぐらいずつは進むかなと思えるのかも。今回に関しても戯曲とにらめっこして「う〜ん……」となってしまうくらいに上質で繊細な戯曲ですが、今回ご出演いただく役者さんはみなさんとても感性豊かで遊び心のある方ばかりなので、まあまあ進められるんじゃないかと思います。

入野:そういう中でお声がけいただいたのが本当にうれしかったんです。そもそもKERA CROSSに出られるのは一人一回だけかと思っていたので、「二回出られるんだ!」という驚きもありましたし、河原さんが僕を選んでくれたことが本当にうれしかったですね。

ーー入野さんは『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ』(2016年)で河原さんの演出の舞台に出演されていますね。

入野:もう8年前なんですよね。その後自分もいろんな仕事を経て、今このタイミングで、この戯曲を、河原さんと、そして他の出演者のみなさんと一緒に作ることができるのは、本当にありがたいことです。いいものにしたいなと思います。

河原:『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ』以降も何本か出演作を拝見させてもらう機会はあって、もうどんどん良い俳優さんになられていますよね。そういえば、自由っていくつになるの?

入野:来年37歳になります。

河原:そうか、舞台俳優としてはいちばん良い頃じゃないですかね。俳優として順調にキャリアアップされているので、いつかまたお仕事したいなとずっと思っていました。特に大変そうな作品がいいなと思っていたので(笑)、今回は自由に出てもらうのにちょうどいいですね。

入野:僕の役は初演と再演でみのすけさんが演じられているので、その姿がどうしてもよぎってしまうんです。大倉(孝二)さんとみのすけさんの兄弟のおもしろさがあって、でもその二人に寄せるのは無理なので。そういう意味で言うと、この戯曲の中の違う部分に触れられそうな気がしています。もしかしたらそれがKERAさんらしさとはまた違うところかもしれないのですが、それはそれでおもしろいですよね。会話のおもしろさにはKERAさんの色が濃いので、すべてが消えることは絶対にないと思いますし。

入野自由


劇団本公演の戯曲は最難関

ーー河原さんが今回『消失』を選んだ理由をお聞かせいただけますか?

河原:これまでにKERAさんの作品を三作選ばせていただいていますが、バッドエンドのものばっかりなんです。KERAさんの戯曲のバッドエンドは、劇世界の中にいる人たちにとっては全然バッドエンドじゃなくてむしろ幸せそうなのですが、観客として俯瞰で観てる側としてはどん詰まりもどん詰まりな状況で。でも、そういう終わり方のものばかり選んでいます。それは僕自身バッドエンドの作品が好きで、琴線に触れるんです。ハッピーエンドのものを観るより良くないですか?

入野:(笑)。

河原:僕の場合、ハッピーエンドの作品は劇場を出たらすぐに忘れちゃう。でも僕はしがみつきたいんですよ。劇場を出たあとも作品に触れた時の衝撃や余韻をできるだけ引きずらせたいと思うタイプだから。その感情が陽でも陰でもいいのですが、観たものに関してできるだけ長い間思い巡らしてもらいたい。劇場を出て喫茶店か飲み屋に入って、一緒に行った友だちとも会話が弾まない。で、重い口を開いて「あのシーンってさぁ……」とぽつぽつ語り合う、みたいな(笑)。自分が演劇を観た時にほしい感覚が、それなんですよ。その観点で見ても『消失』は本当に素晴らしい作品です。観た人たちの心に張り付くような作品なので、後味を引きずる演劇体験をお届けしたいです。

入野:今回お声がけいただいた時に、2015年に再演の『消失』を観た当時の感情が一気に蘇りました。

河原:すごいね。10年近く経ってるのに、まだ感覚が残ってるって。LEDの寿命くらい長いよ。

入野:たしかに(笑)。先ほど河原さんがおっしゃったように、ズーンとした気分で、口があんぐり開いてしまって。あの時の感覚は今でも残っています。今回初めて観る方々が、僕が感じたものと同じような感覚を持ってもらえたらいいなと思いました。

河原:一回一回お話をいただいているので、最初からKERAさんの戯曲を三作やると決まっていたわけではないのですが、『消失』『カメレオンズ・リップ』『室温』をやってみたい気持ちは最初の頃からありました。僕が書いたわけでもないのに変だけど、僕の中での三部作(笑)。だから今回で修行を終えられるかもしれないです。

これまで演出させてもらった二作は、プロデュース公演なんです。『カメレオンズ・リップ』は2002年にKERAさんが初めてシアターコクーンで上演した作品で、深津絵里さんや堤真一さんたちが出演されて、2001年の『室温』も佐藤アツヒロさんが主演。つまり、プロデュース公演は劇団員ではない役者さんが多数出ているわけですよね。一方『消失』はナイロン100℃の本公演で、ほぼ劇団員しか出ていない作品。だから、当て書き的にいちばん濃いと言わざるを得ない。二本演出して修行しないと、本公演の戯曲には踏み込めなかったんです。

河原雅彦

ーーでは今回は、満を持して、という心境なのですね。

河原:今回はガチです。正直、劇団本公演で書かれたKERAさんの作品は、どんなにおもしろくても、怖くて手が出せなかったので。

ーー聞けば聞くほど楽しみな気持ちになります。

入野:僕は、聞けば聞くほど恐ろしい気持ちになります……。

河原:(笑)。

入野:河原さんの中で、もうイメージはありますか?

河原:今回は、いい意味で(イメージは)持ってない。稽古が始まって、みんながこの戯曲、人物の関係性、その他いろんなものをどう捉えていくかというのをまず見たいと思っています。それができるような、信頼できる人たちを集めたので。だから、今回は楽しみに行こうと思っています。みんな良い大人なんだからやりなさいな、くらいの(笑)。

■入野自由
スタイリスト:村田友哉(SMB International.)
ヘアメイク:浅津陽介
取材・文=碇 雪恵       撮影=引地信彦

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