他人へのアドバイス、99%は「逆効果」。“教えたがる本能”に抗う方法をプロに学ぶ
「良かれと思ってアドバイスしたのに、相手に響いている気がしない」。誰しも一度は味わったことがあるこの悩みは、もしかすると「アドバイス」という行為そのものに原因があるのかもしれません。
公認心理師の小倉広さんは、アドバイスが本質的に持つ「否定」の意味合いと、それが人間の「本能」に根ざした行動であると指摘し、「アドバイスの99%が逆効果」だと断言します。
答えのない仕事に日々向き合わなければならない時代、私たちはどのように人を動かせばいいのか。アドバイスが逆効果になる理由から、アドバイスをせず人を育てるための具体的なスタンスや練習方法まで、小倉さんに詳しく伺いました。
なぜ人はアドバイスをしたくなってしまうのか
──一般的に、アドバイスはポジティブなもの、むしろ場合によっては「しないとダメ」とすら思われている節がありますよね。
小倉広さん(以下、小倉):断言してもいいのですが、アドバイスの「99%」は逆効果です。
小倉広(おぐら・ひろし)さん。公認心理師。大学卒業後、リクルートに入社。 その後、上場前後のベンチャー企業で取締役、代表取締役などを経て現職。 近年は、心理学カウンセリング技術と企業組織を熟知した 専門家として年間300回を超える講演、研修に登壇。著書に『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社、2025年)など。
── えっ、そうなんですか!?
小倉:アドバイスは、口に出さずとも「今のままではダメだ」という相手への否定が前提にあるからです。「こうした方がいいよ」の裏に、「今のままじゃよくないよ」という本音がある。
そもそも人は「否定された」と思った瞬間、ネガティブな感情を抱き、反発したくなります。アドラー心理学の世界では、コミュニケーションには常に「優越」と「劣等」の関係があるとされていますが、アドバイスはまさにする側が「優越」、される側が「劣等」の地位に立つ行為なんですね。
── 仮に上司から部下へのアドバイスだったとしても、部下は「劣等」の地位に立たされるのは我慢ならない、と。
小倉:はい。だから、いくら正しいことを言われたとしても、本心では受け入れられない。唯一、アドバイスが機能するのは、相手がアドバイスする側を「尊敬」している場合ですが、そんな関係性が一体どれほど存在するのでしょうか。
── 私たち一般の人間が真似するのは難しいということですね。
小倉:松下幸之助さんや稲盛和夫さんのような伝説的な経営者の伝記を読むと、部下に対する厳しいマネジメントの様子が紹介されていますが、あれは彼らが部下からリスペクトされていたからこそ成り立つ話であって。僕ら一般の人間はたいてい尊敬されないし、そもそも尊敬は相手に強制できません。
── そういえば以前、ある漫画家の方にコミュニケーションというテーマでお話を伺った際、「相手に対する共感があって初めて(相手の)ガードがほぐれて、助言だとか提案の言葉も入っていくようになる」とおっしゃっていました。相手に共感すればアドバイスしやすくなる、という指摘には説得力も感じますが、いかがでしょうか。
小倉:間違いではないと思います。「この人の話を聞きたい」と相手に思ってもらえる条件の一つが共感なので。ただ、あくまで(共感は)条件の一つに過ぎません(編注:アメリカの心理学者、カール・ロジャーズは「傾聴に必要な3つの条件」として「共感的理解」「無条件の肯定的関心(あらゆることをすべて肯定すること)」「自己一致(嘘がないこと)」を提唱している)。
もっとも大切なのは相手を誘導しようという作為がないこと、つまり嘘がないことだと思っていて。その意味で「ラポール(信頼関係)を作って教える」という姿勢にはやや誘導的なイメージもあるので、個人的にあまり好きではありません。後ほどお話ししますが、やはり「Not Knowing(知らない)」のスタンスを前提として、相手とコミュニケーションを取るべきでしょう。
── とはいえ、目の前で間違った行動をしている人を見ると、アドバイスしたくなってしまうのが人情だと思います。なぜ人は、他人にアドバイスをしたくなってしまうのでしょうか。
小倉:理由は二つで「劣等感(ネガティブ)の解消」と「優越感(ポジティブ)の創造」です。 まず、人は自分と違うやり方や意見を目の前で堂々と披露されると「劣等感」を刺激されるんです。あたかも自分が否定されたかのように感じてしまう。
SNSなどでも、赤の他人に厳しく遠慮のない意見を投げかけている場面をよく見かけますよね。あれも自分とは異なる意見を発表する人たちに対して、自分はそれを読むだけのイチ読者である、という劣等の地位にいることに耐えられず、何か言わずにはいられないわけです。 そして、アドバイスをすることで、今度は「優越感」を手に入れられる。自分は役に立っている、立派な人間だと感じられる。この劣等感(ネガティブ)の解消と優越感(ポジティブ)の創造というダブルの報酬があるから、アドバイスは止められないんです。
── アドバイスと聞くと社会的な営みという印象もありますが、実は「本能」に近い行動なんですね。
小倉:そうですね。「相手のためを思って」というのは、後から付け足した“もっともらしい正当化の理屈”に過ぎません。本質的には、不愉快なものを排除したい、それによって優越感を得たいという動機が根底にあることが多いでしょうね。
一流の指導者がたどり着く「教えない」という境地
── では、アドバイスが成り立たない状況で、人を育てる責任を負うリーダーはどうすればいいのでしょうか。
小倉:世界のトップランナーたちのエピソードが参考になります。元プロ野球選手のG.G.佐藤さんがメジャーリーグでスランプに陥った時、あるコーチが朝から晩まで、誰よりも長く練習風景を見ていたそうです。
でも、一言もアドバイスしない。来る日も来る日も。痺れを切らした佐藤さんが「何か言ってくださいよ!」と言った瞬間、コーチは待ってましたとばかりに、山のようなデータと動画を持ってきて、「あなたの良かった時と今の差はここで、データ的にこうだから、ここを直したらどうか」と完璧なプレゼンをしたそうです。
佐藤さんは「はやく言えよ!」と思ったそうですが(笑)、コーチに「なぜ今まで言わなかったんですか?」と尋ねた。するとコーチは「あなたから聞かれないのに教えても、何の意味もないからだ」と。「じゃあ、僕が聞かなかったら、この山のようなデータはどうするんですか?」と聞くと、「捨てる。以上」と。
── それほどまでに自発性を重視していたんですね。
小倉:スペインのサッカークラブ、ビジャレアルCFで日本人として初めてコーチを務めている佐伯夕利子さんも、人材育成において「教えない」ことを大切にしていると著書で紹介されています。一流を極めた人の指導法が「教えない」という一点に絞られていくのは面白いですよね。
── なんとも示唆深いですね。ただ、「教えない」のが一流の指導法だとしても、ビジネスの現場ではそうも言っていられないように思います。例えば、モチベーションの異なるメンバーを率いて、一つのプロジェクトを完遂させなければならないこともあるでしょう。そんな時、アドバイスをする以外で、どう人を動かせばよいのでしょうか。
小倉:大前提として、「相談的枠組み」を作ることが必要です。相談的枠組みとは「本人が自ら変わりたい、相談したい」と思っていること。 スクールカウンセラーをしていると、親が無理やり子供をカウンセリングの場に連れてくることもあるのですが、本人が嫌がっている限り、カウンセラーは何もできません。教育も同じで、本人が主体的に学びたいと思わない限り、身にならない。だから、大事なのはそう思いたくなるような環境づくりですよね。それをやったらすごくいいことがある、ということを見せるとか、「あの人みたいになりたい」と憧れてもらえるよう努力をするとか。
みんな「正しいことを言いさえすれば相手は従う」と勘違いしていますが、正しいことを言うだけでは、得てしてほとんど効果がない。教育で一番難しいのは、正しいことを言うことではなく「変わりたい」と思ってもらうことなんです。イギリスの諺にも「馬を水辺まで連れて行くことはできるが、馬に水を飲ませることはできない」とあります。
── では、人が表面的にではなく、心の底から本当に変わりたいと思うのは、どういう瞬間なのでしょうか。
小倉:身も蓋もありませんが、「痛い目に遭った時」でしょうか。これまで「変わりたい」と思いながらも、ずっと変われなかった人が、本当に変わるタイミングは「生物学的な死」(余命宣告など)、「経済的な死」(自己破産など)、そして「社会的な死」(逮捕など)が差し迫った時だと言われています。
そういえば、先日ある大企業の研修で、30代で役員候補の優秀な本部長が部下にダメ出しばかりして組織を崩壊させつつある、という相談を受けました。おそらくその方は大きな挫折や困難に直面するまで「なぜダメ出しではうまくいかないか」に気づかないでしょう。だから、どんなポジションであれ、とりあえずやらせてみる、そして失敗させてみる、という組織の体制や経営者の器量も必要かもしれません。
── やはり何事も、「変わらないと」という本人の主体性が必要不可欠なんですね。
小倉:元テニスプレイヤーの松岡修造さんが良い例です。彼は今でこそポジティブなキャラクターで知られていますが、根はものすごくネガティブだったそうです。それをどう脱却したか。彼は「国際大会の予選で敗れ続ける」という劣等(ネガティブ)の地位に居続け、テニスの世界における社会的な死を迎えつつあった。そして強い選手は精神的にポジティブであり、そのためにメンタルコーチをつけていることを知った。だから、アメリカからメンタルコーチを呼び、テニスではなくメンタルのトレーニングを徹底的にやった。彼がウィンブルドンでベスト8に上り詰められたのは、そうしたメンタル改善の力が大きかったとも言われています。
── なるほど。環境づくりなどで本人の主体性を育みつつ、リーダーはどのようなスタンスでいればいいのでしょうか。
小倉:精神科医のミルトン・エリクソンが提唱した「not knowing、医者は患者のことを(知っているようで)本当は何も知らない 」というスタンス、つまりソクラテスの「無知の知(自分は無知であることを知っていること)」から始めることではないでしょうか。
── 小倉さんの著書『優れたリーダーはアドバイスしない』では、部下とともに正解を探っていくような「共創型」のリーダーのあり方が示されていますが、そのためにも「上司は答えを知っている」という“山から降りる”ことが重要だと。
《画像:顧客へのプレゼンを失敗した部下に「もし過去に戻れるなら何をどうやり直したいか?」と問う、共創型の上司(『優れたリーダーはアドバイスしない』より。作画:中村知史)》
小倉:はい。上司が知っているのは「上司が自分でやってうまくいく方法」だけです。しかし、部下は上司と性格もスキルも経験も対人関係の作り方も異なります。ですから部下がうまくいく方法は上司がうまくいく方法と異なる場合がほとんどなのです。だからこそ、上司も「知らない」という前提に立ち、部下と一緒に考える。その姿勢こそが部下の成長を促すのです。
※小倉さんの著書『優れたリーダーはアドバイスしない』では、「教示型」(積極的にアドバイスするタイプ)、「回避型」(深いコミュニケーションを避けるタイプ)、「共創型」(共に正解を創造しようとするタイプ)というリーダーの3タイプが示され、部下の成長をもっとも促すタイプとして「共創型」を位置付けている。
わき上がる“アドバイス欲”をおさえるためのレッスン
── 「Not Knowing」のスタンスの大切さは理解できました。ただ、そうは言っても目の前で「明らかに自分のやり方と違うこと」をしている人を見ていると、やはり「なんとか助言してあげたい」と思ってしまいます。それをやめるためには、どうすればいいのでしょうか。
小倉:これはもう「訓練」しかありません。やるべきは、相手の行動の裏にある「肯定的な意図」を見出すこと。
どんなに下手くそで、間違ったやり方でも、わざと失敗している人は一人もいないはずです。どんな最悪の手にも「本当はこうしたい」という肯定的な意図が隠れている。例えば、大失敗した部下に対して、「本当はこういう結果になるように、わざわざ工夫してくれたんですね。たまたま逆の結果になったけど、本当はあなたはこうしたかったのでは?」と、その意図を探ってみる。
── それは……心に余裕がない限り、なかなか難しいですね。
小倉:その通りです。だから、これは「技術」として認識し、素振りのように練習するしかありません。 僕は研修で「1日のうちに腹が立つこと、アドバイスしたくなることが10回あったら、その都度『背後に隠れた肯定的な意図はなんだろう?』と考えてみてください」と参加者に伝えています。
それを365日やれば、3650回の「肯定的な意図」を見出せます。そうすると、脳の中にポジティブな回路ができるんです。そもそも人間は危険察知の目的でネガティブな感情を重視するように脳の回路ができています。ディズニーの映画『インサイド・ヘッド』はそれをうまく表現していますよね(編注:感情を擬人化したキャラクター5体のうち4体がネガティブな感情)。だから、脳の回路を変えるレベルで訓練する必要がある。柔道選手が相手と組んだら勝手に体が動いて投げ技が繰り出されるように。
── 人を思い通りに動かせるような「ウルトラC(裏技)」はない、と。でも、「アドバイスしない姿勢」を技術として習得できるのだと知って、救われる人も多いのではないかと思います。
小倉:一朝一夕には難しいですが、誰しもコミュニケーションのスタイルは変えられると思っています。そもそも簡単にすぐできるようになる裏技があるとしたら、僕が知りたいですよ(笑)。
アドバイスが通用しない「厳しい時代」をどう生きるか
── 先ほど「答えが分かっている仕事はもう少ない」とおっしゃいましたが、すでにある答えを探し出したり整理したりするのはAIの得意分野だと思いますし、「他人にアドバイスすれば回せる仕事が少なくなっている」とも言えそうですよね。
小倉:そうですね。「緑じゃなくて赤のボタンを押してください」といった指示が有効なマニュアルワーカーの仕事は今後どんどん減っていくでしょうね。これから人間がやらなければならないのは、上司のやり方を真似してもうまくいくとは限らない、絶対的な正解がない「オーダーメイド」な仕事です。
── そう考えると、部下の側も「気軽に上司にアドバイスを求めてはいけない」「上司が何とかしてくれると思ってはいけない」という心構えが重要かもしれませんね。
小倉:おっしゃる通りですね。誰も叱らないし、誰も主体的に答えを教えてくれない、という意味では、部下にとってもある意味「厳しい」時代になってきたとも言えそうです。
だから、職種や業種、ポジションを問わず、今求められるのは「自力で変わろうとする」姿勢、その一点に尽きるのだと思います。
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取材・文:山田井ユウキ、はてな編集部
写真:小野奈那子
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職