【黄泉の国めぐり】人間の「生と死」の起源とされている出来事とは?【眠れなくなるほど面白い 図解プレミアム 古事記の話】
黄泉の国めぐり
人間の生と死の起源
【イザナミに会うため黄泉の国へ】
イザナキノミコトはイザナミノミコトに会いたい気持ちを抑えきれず、黄泉(よみ)の国(くに)へ向かいました。イザナミノミコトが固く閉じた御殿の戸を開けて現れると、イザナキノミコトは、
「愛しい妻よ。私たちはまだ国づくりを完成させていないではないか。どうか一緒に帰ろう」
と語りかけました。
「残念です。私はもう黄泉の国の食べ物を口にしてしまったので戻れません。けれども、愛しいあなたが訪ねてくださったのですから、叶うならば一緒に帰りたい。黄泉の国の神に相談してまいりますので、その間、決して私を見ないでください」
イザナミノミコトは、そういい残して御殿のなかへ戻っていきました。イザナたとおりにキノミコトはいわれ待ち続けたものの、イザナミノミコトはいっこうに姿を現しません。
待ちきれなくなったイザナキノミコトは、髪にさしていた神聖な櫛(くし)の歯を一本折ると*一つ火をともし、真っ暗な御殿のなかへ入っていきました。
* 一つ火は、古代において不吉なものとされ禁忌だった。
そこでイザナキノミコトが目にしたのは、変わり果てたイザナミノミコトの姿でした。
体には無数の蛆(うじ)がゴロゴロと音をたてて這い回り、頭や腹、女陰などからオオイカズチ(大雷)など八種の雷神が生まれ出たところだったのです。イザナキノミコトは慌てて逃げ出しました。
それに気づいたイザナミノミコトは、激怒し、すぐに*¹ヨモツシコメ(予母都志許売)たちに命じて、あとを追わせました。
逃げる途中でイザナキノミコトが髪につけていた髪飾りを投げると、たちまち山ブドウの実がなりました。
櫛の歯を折りとって投げると今度は筍(たけのこ)が生えてきます。
ヨモツシコメたちがむしゃぶりついて食べている伱にイザナキノミコトは逃げ続けました。しかし、八種の雷神と1500の黄泉の軍勢が迫ってきます。
イザナキノミコトは腰に差していた剣を抜き、後ろ手に振り回しながら走り続けました。黄泉の国の軍勢はそれでも執拗に追い迫り、ついに、黄泉(よも)つひら坂(さか)という黄泉の国と現世との境にある坂道の麓(ふもと)まで追ってきました。
イザナキノミコトは一本の桃の木を見つけると急いで*²桃の実を三つとり、投げつけました。
するとどうしたことか、黄泉の国の軍勢は逃げ帰りました。
イザナキノミコトは、桃の木に感謝しました。
「私を助けてくれたように、葦原(あしはら)の中(なか)つ国(くに)の人々が苦しい目にあい困っているときには助けてやってほしい」
といって、オオカムズミノミコト(意富加牟豆美の命)という神の名を与えました。
*¹ 黄泉の国の醜悪な女で、死の穢れをあらわす。
*² 古代より、桃の実には霊力があるとされていた。
軍勢は退けましたが、最後にイザナミノミコトが自ら追いかけてきました。イザナキノミコトは、千人がかりでようやく動かせる巨大な岩を坂道に引き据え、岩を挟んでイザナミノミコトと対峙しました。
「愛しい夫よ。あなたがこのようなひどい仕打ちをするのなら、私は一日に1000人を絞め殺しましょう」
恐ろしい言葉を口にするイザナミノミコトに対し、イザナキノミコトがいいました。
「愛しい妻よ。そなたがそうするというのなら、私は一日に必ず1500の産屋を建てることにしましょう」
かくして*現世では一日に必ず一〇〇〇人が死に、1500人が生まれるようになりました。
この場所は、いまの出雲の国の伊賦夜坂(いふやさか)のことだといわれています。
* この出来事が人間の「生と死」の起源とされている。
イザナキは雷神と1500の軍勢に追われた。
禁忌を破ったイザナキノミコトが御殿のなかで目にしたものは……。
現世と黄泉の国の境にあたる場所で、離別の言葉を交わすイザナキとイザナミ。
いまに生きる古事記
お供えの由来は“黄泉戸喫”
イザナミノミコトは、「黄泉の国の食べ物を食べたので戻れない」と話します。黄泉の国の竈(かまど)で煮炊きした食べ物を食べることを“黄泉戸喫(よもつへぐい)”といいます。“黄泉戸喫”をすると、その世界の一員となってしまい、もといた世界には戻れなくなるのです。このような話は、ギリシャ神話にも見られ、現代の映画やアニメなどにもとり入れられています。古代には、死者が現世に戻らないよう、遺体に食べ物を備え供養する習わしがありました。仏壇にお供えをすることとも関わるかもしれません。
「見てはいけない」の禁忌
イザナキノミコトは、「決して私を見ないで」といわれたにもかかわらず、イザナミノミコトの正体を見てしまいます。このような話は、日本の昔話にも多く見られます。鶴の恩返しなどの異類婚姻単(いるいこんいんたん)がこのパターンに含まれます。 約束を破った場合は必ず別離が訪れます。
古事記伝承の地をめぐる黄泉の国めぐり
島根県には、黄泉の国に関わる伝承地がいくつもあります。
黄泉つひら坂伝承地の一つ。「神蹟黄泉比良坂伊賦夜坂伝説地」と記された石碑が立っています。島根県東出雲町。
黄泉つひら坂近くにある揖夜(いや)神社。イザナミノミコトを祀る。島根県東出雲町。
黄泉の国への入り口とされる猪目(いのめ)洞窟。島根県出雲市。
「呪的逃走譚」
イザナキの黄泉国からの逃走は身につけていたものを投げつけることによって追っ手を止めるという型で、昔話の「三枚のお札」と共通すると言われます。また、一瞬で髪飾りを山葡萄に変え、櫛を筍に変えるといった、まさに神業のことを、「幻術」として捉える見方もあります(中村啓信『新・古事記物語』講談社学術文庫、1984年参照)。
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解プレミアム 古事記の話』監修:谷口雅博