『家庭教師ヒットマンREBORN!』から天野明を担当、『少年ジャンプ+』籾山悠太編集長が語る、漫画と巡回展の魅力
漫画家・天野明の作品の世界観が味わえる展覧会『天野明展 The Characters』。5月から行われていた東京会場では、ある日には入場列が120分待ちとなり、各作品の出演声優が集うなど、リアルでもSNSでも盛り上がりを見せていた。以降各地を巡回予定で、次は8月3日(土)から25日(日)まで、大阪・なんばパークスミュージアムにて開催される。同展は、天野明が『少年ジャンプ+』(集英社)で連載中の『鴨乃橋ロンの禁断推理』のテレビアニメ化のヒットを記念し、さらに『週刊少年ジャンプ』(集英社)で2004年から2012年まで掲載された『家庭教師ヒットマンREBORN!』の連載開始20周年にあたることもあり、大規模展覧会の開催が決定。この2作品と、2013年から2018年まで『少年ジャンプ+』にて連載された『エルドライブ【ēlDLIVE】』にちなんだ展示がなされる。そこで今回は、それら3作品で担当編集をつとめる『少年ジャンプ+』の籾山悠太編集長(デジタルサービス担当)に、天野明作品の魅力について話を訊いた。
●『鴨乃橋ロンの禁断推理』の主人公のビジュアルができあがったときの感触
――籾山さんは、天野明作品のどういう部分が多くの人を惹きつけていると思いますか。
大きくあるのは、キャラクターの魅力ではないでしょうか。天野明先生の作品にはいろんな人気キャラクターが登場します。読者はそのキャラクター達に対し、時に憧れ、共感し、そして好きになってくれていると思います。今回の『天野明展』では、『家庭教師ヒットマンREBORN!』、『エルドライブ【ēlDLIVE】』、『鴨乃橋ロンの禁断推理』の3作品に関する展示が行われますが、先に実施された東京開催時では、『REBORN!』『エルドライブ』のように連載が終了した作品の展示物であっても、来場者は目を輝かせて原画、展示、商品をご覧になっていました。つまり天野先生が生み出すキャラクターには、読者にずっと愛着を持ってもらえる力があるのだと思います。
――籾山さんは、『REBORN!』の連載途中から天野先生の担当編集に就いたと伺いました。そういう場合、どんな引き継ぎが行われるのでしょうか。
編集者によってケースバイケースです。ただ、担当が変わることで先生に負担をかけ、漫画の執筆に差し障りがあるようにはしたくないと、編集者はみんな思っています。『週刊少年ジャンプ』、『少年ジャンプ+』としては、漫画の内容に関して前任の担当者が「今、自分はこう思っている」というものはあったとしても、新しい担当編集に判断を委ねることが多いです。なにより編集者自身が作家ではないですし、ストーリーを考えるわけでもありません。ですので、作家さんの良い部分を引き出せるようにし、そのためにしっかりコミュニケーションをとり、そして読者の期待を上回る作品内容にするお手伝いができればと考えて動きます。
――そういったコミュニケーションのなかで、編集者と漫画家はパーソナルなこともお話ししたりするのでしょうか。
それも場合によりますが、天野先生との打ち合わせでは、最近観た具体的にタイトルが打ち合わせで挙がることはあります。たとえば『鴨乃橋ロンの禁断推理』の際には、天野先生が海外のドラマをご覧になり、それが創作のキッカケになっていました。同作では探偵シャーロック・ホームズと犯罪王ジェームズ・モリアーティが深く関わり合います。具体的に天野先生は、ベネディクト・カンバーバッチ主演のドラマ『SHERLOCK(シャーロック)』からも影響を受け、ジェレミー・ブレット主演のドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズからも孤高の探偵のイメージを学んだと仰っていました。
――『鴨乃橋ロンの禁断推理』はテレビアニメ化され、ヒットも記録しました。ファンが非常に多い作品ですね。
『エルドライブ【ēlDLIVE】』完結から半年経ったころに「次回はミステリをやりませんか」と相談したのはおそらく私です。しかしその話の段階では、具体的にどういうミステリにするのか、どういう主人公になるのかなどはまったく分かりませんでした。ただ、天野明先生のすごさの一つは絵だと思っていて、主人公のロンのビジュアルが出来上がってそれを見たとき、「魅力的な探偵だな」と感じました。天野先生いわく、ロンは5年間、部屋でずっと塞ぎ込んでいたという設定なので、冴えなくて室内着を着ています。ただし、いざ推理となればスーパー探偵的なひらめきで目が輝くイメージです。一方警視庁に所属する刑事で、ロンの推理を代弁する相棒でもある一色都々丸は仕事ができないのですが、仕事を愛しているのでユニフォームであるスーツはきっちりと着て、若さと仕事に対するモチベーションがあらわされています。
――同作は毎回、いろんな事件や出来事が起きるのも見どころですね。
短い事件もあれば、時間をかけて解き明かしていく事件もあります。事件の舞台も毎回変わるのですが、そのたびにいろんな取材をしたり、背景もリアルなものを描いていただいたりしています。打ち合わせで大雑把にこんな場所を舞台にしたい、被害者がこんな死に方だとショッキング、犯人はこんな人だと意外性がある、などのアイデアをトリック制作の浅海さんも交えて一緒に話し合います。実際の事件や、見聞きした映画などの犯罪事件が話題になることもありますが、基本的にそれらに似ないようにするための話し合いも多いです。同じ舞台で事件が起こるのではなくシチュエーションがバラバラで、登場人物も、新たな犯人、新たに巻き込まれる人たちが登場する。その点で、作画の面ではかなりご苦労されていると感じています。
――打ち合わせの際には、編集者がチラッと言ったことはどこまで作品に反映されるのでしょうか。
天野明先生は「自分はここを大事にしている」というものをしっかり持っているので、その考えが作品にあわられます。時には、打ち合わせで盛り上がった会話のなかで「それ、おもしろいですね」となったことを作品に反映されることもあります。逆に編集者との話を参考にして「これだったら、こうした方がもっと良くなるかも」とさらに話を膨らませ、新しいアイデアを生み出されることもあります。
――そう考えると、編集者もいろんな物事を常にインプットしておく必要がありそうですね。
それも編集者によってそれぞれやり方は違います。漫画のインプットも大事ですし、小説、映画のインプットを大事にする編集者も多いです。自分が少年時代に体験したことを材料とする編集者もいます。私の場合は「漫画雑誌の編集者である」という意識も強く持っていて、『少年ジャンプ+』もアプリコンテンツですが漫画雑誌だと捉えているため、漫画などエンタメコンテンツ以外にも、デジタルサービス含め、いろいろ幅広く見るようにしています。そして、大事にしているのが、人と会うこと。自分のアンテナだけだと、好き嫌いや大事なことを無意識に判別してしまう。でもいろんな人と話すことで、自分のアンテナだけでは入りづらい情報も入ってくる。「これはおもしろい」とか、「これは見た方がいい」とか。そういうものを仕入れるために、いろんな人とできるだけ会うようにしています。さまざまなコミュニケーションをとることで、刺激を得て、インプットやアウトプットに生かすことができます。
●漫画に救われることは、大人になってもちょっとした瞬間に訪れる
――籾山さんはどういうところに、漫画編集者の仕事のおもしろさがあると思いますか。
自分が携わった作品の読者の方から「感動した」、「興奮した」という声を聞いたときです。漫画にはいろんな人生が描かれています。読者は、悲しいこと、つらいことがあっても、その漫画を夢中になって読んでいる時間は楽しくて幸せなもの。そしてそれが何十年経っても自分の好きなものとしてあり続け、救われる気持ちになったりもする。漫画にはそのような効果があると思います。編集者はそういう作品を生み出すお手伝いをする仕事ですので、読者の方が楽しんでくださっているという実感が持てたとき、やりがいを感じます。
――ちなみに、籾山さんが「救われた」と感じた漫画作品はありますか?
私は『DRAGON BALL』です。小学生から中学生くらいのとき、父親の仕事の関係から海外で暮らしていたのですが、友だちも少なく、また今ほどインターネットも発達していませんでした。日本では楽しくテレビを観て、ゲームし、音楽を聴いて、漫画も読めていたのに、それができなくなり「寂しいな」と思うことばかりでした。しかし日本で暮らす私の祖母が、『DRAGON BALL』の最新巻が出るたびに買って送ってくれたんです。何か月かに一度それが送られてくるので、次に最新巻が届けられるまで同じものを何十回、何百回、何千回と繰り返し読みました。その時間は夢中で、楽しい時間でした。また『DRAGON BALL』をキッカケに同級生と盛り上がれるようにもなりました。もちろん漫画に救われる経験は、当時だけではなく、大人になってもちょっとした瞬間に訪れることが多々あります。
――大阪会場以降の『天野明展』にも、先生の作品に救われた読者の方々が多く来場するのではないでしょうか。
天野明先生の作品のなかでは、いろんなキャラクターが活躍したり、悪さをしたりしています。そういった世界観が展示されるので、キャラクターの迫力がより伝わるのではないでしょうか。また、連載が終了している作品であっても、自分たちと同じこの世界に生き続けていることが体感できる内容にもなっています。各作品の展示スペースで、あらためて「自分たちと一緒にいろんなキャラクターも生きているんだ」と思えるはず。好きなキャラクターをもっと身近に感じてもらえる気がします。
取材・文=田辺ユウキ 撮影=大橋祐希