看板犬“もも”と…全室ペットOKの北海道の天然温泉宿でくつろぎとやさしい時間を
北海道白老町で、全室ペットOKの宿を開業した、2人の女性がいます。
目指すのは、犬にも猫にも…そして、どんな人にも、やさしい温泉宿です。
白老町虎杖浜。
前浜で水揚げされる"たらこ"で知られるこのマチに、小さなゲストハウスがあります。
その名も『たらこ湯』。
自慢は、ツルツルとした肌触りの源泉かけ流しの温泉。
そして、すべての客室がペットと泊まれることです。
『たらこ湯』を営むのは、代表の吉原和香奈さん(39)と、”裏ボス”とも呼ばれる山下純奈さん(39)。
2人とも大の動物好きです。
定位置でくつろぐのは、看板犬の"もも"です。
宿のロゴマークも…。
猫に見えるかもしれませんが、頭に、名物のたらこを載せた"もも"です。
同級生が再び…夢への一歩へ
シュナウザーを連れたお客さんがやって来ました。
山下さんが受付に回ると、あうんの呼吸で、吉原さんは、案内役を務めます。
吉原さんは、実は生まれつき耳が聞こえません。
主にコミュニケーションは、相手の口の動きから話し言葉を理解し、伝えたいことを声に出して話す"口話(こうわ)"です。
音声認識アプリや筆談も使います。
吉原さんと山下さんは、北海道網走市にある大学で同級生でした。
2人は2008年に大学を卒業。
長野県出身の吉原さんは東京でSEなど会社員として働き、転職でえりも町役場へ…。
千葉県出身の山下さんは、北海道内の民間企業で会社員をしていました。
そんな2人が2024年5月、夢への一歩を踏み出しました。
吉原さんはえりも町役場にいたときから「公務員を定年まで務めるイメージが持てなかった」といいます。
「昔から温泉が好きで『いつか自分で温泉をやりたい』と、ぼんやりとした夢があったので"やろうか"って!」
そんな吉原さんの言葉に、いつかキャンプ場を経営したいと思っていた山下さんの心も動きます。
「ノリみたいな、遊びの延長みたいな…」とそのときを振り返り、2人で笑いあいました。
こだわりがぎっしり!ペットOKにしたワケは
実際に夢がスタートしたきっかけは、後継者がおらず廃業予定だった民宿との出会いです。民宿の女将に直談判をして、譲り受けました。
宿の随所には、2人のこだわりが詰まっています。
1つはお風呂。
カラフルな石のタイルに、遊び心が。
吉原さん・山下さんの両親やお世話になっていたえりも町でお世話になった人…みんなで貼って作ったお風呂なのだといいます。
部屋数は全部で6つ。
入口の看板もオーダーメイドで、"たらこ"をモチーフにしたやわらかいデザインです。
ごみ箱のフタ、壁の高い位置に吊り下げた備品は、ペットが悪戯できないようにするための、2人のこだわりです。
なぜ、ペットOKにこだわったのかというと…
2人とも犬を飼っていて、これまで旅行のときに泊まる場所に困った経験があったからだといいます。
キャンプ・車中泊…"もっと手軽に、安く、ペットと泊まれるお宿を―"。
それが『たらこ湯』なのです。
飼い主もワンコも「なんだか落ち着く」
連休真っ只中の昼下がり。吉原さんが"もも"を呼び込みます。
"もも"が、トコトコと事務所の中に入ると、それは営業スタートの合図です。
吉原さんたちのペットの犬や猫はもちろん、"たらこ湯"の立派なスタッフです。
ただ、動物スタッフたちは、基本営業中は、自分のお部屋の中にいますよ。
この日、北海道石狩市からやって来たのは、リピーターのご夫婦。
連れていたのは、ロシア原産の犬”ボルゾイ”です。
チェックインの様子を見てみると、山下さんが、さりげなく会話をフォローします。
ご夫婦が連れてきたボルゾイの体重は40キロ。小学5年生とほぼ同じ重さですが、広いドッグランにご満悦な様子です。
もともと、あまりお泊まりには慣れていなかったということですが、『たらこ湯』は、1回目の宿泊から、なんだか落ち着いて宿泊できたということです。
大切な言語
吉原さんには、もう1つ大切な言語があります。
それは手話。
この日、吉原さんは、地元にある白老東高校にやってきました。
白老町では『手話言語条例』が制定されていて、町が小中学校、高校で手話講座を主催しています。
吉原さんは、白老町でNPO法人として活動する田村直美さんとともに、手話講座の講師をつとめています。
このときは、あえて"口話"ではなく、手話だけで授業をします。
「わたしの名前は吉原和香奈です。生まれつき耳が聞こえません」
吉原さんが手話を本格的に覚えたのは、社会人になって"デフフットサル"を始めたとき。小・中・高、そして大学は、聾(ろう)学校でなく、地域の学校に通っていたからです。
高校生にとっても、ろう者と触れ合う機会というのは、なかなかありません。
指文字から、手話の起源をいろいろ教えてもらうと…苦戦もしながら、いきいきと手を動かし、覚えようとしています。
伝えたいことを伝えるために
相棒の山下さんが手話を覚え始めたのは、新型コロナ拡大のとき。
みんながマスクで口を覆うようになり、吉原さんが、相手の口の動きを読み取れなくなったことがきっかけでした。
吉原さんと友だちであったときから聾(ろう)であることの壁はなかったという山下さん。
「遊んでいるときって、伝わらなくても問題ないじゃないですか。なんとなく、雰囲気でいけちゃう」
それが、仕事になるとそうはいきません。
「どうしても伝わらなくちゃ困ることって、いっぱいあるし…特に真面目な話をする、ほかに第三者を交えて、きちんと同じ熱量で話をしなきゃいけないときは、もちろん手話が必要だなぁって」
"伝えたいことを伝える"ための手話が、結果的に、2人の信頼関係をさらに深めたのです。
山下さんのそんな姿に吉原さんの思いも変化していきました。
「私、前は聞こえない苦しみは、聞こえる人にはわからないという風に思っているところがあった。でもいまは、彼女が理解しようと頑張ってくれる様子を見ると、私はそういう風に思っていては駄目だ、そういう考え方は捨てようと思いました」
みんなが安く安心して泊まれる場所に
今、吉原さんは近くの銭湯、山下さんはホテルでアルバイトをしています。
どちらもライバルの施設ですが、店内には"たらこ湯"のポスターを貼っていて、応援してくれる人も多いのです。
開業から1年、目標は"たらこ湯"だけで生計を立てることです。
慣れるまではと、営業は【金・土・日】だけでしたが、春から【月・火】の営業も始めました。
人も、犬も、猫も一緒に―。
障害のあり、なしも関係なく、安く、安心して泊まれる宿であり続けたい。
2人は、意気込んでいます。
"もも"の鳴き声、お客さんとの笑い声…きょうもたらこ湯はにぎやかです。
ペット市場は拡大 でも一緒に泊まれる場所は…
国などのデータによれば、いまやペットの飼育数は、子どもの数を上回っています。
家族の一員だからこそ一緒に泊まれる施設は嬉しい一方で、手頃な料金の宿泊施設は少ないのが現状です。
2人はそうしたニーズの取り込みを考えているんですが、“全室ペットOK”としたことで、採算が見込めないのでは?などと、金融機関から融資を受けられない苦労もあったということです。
吉原さんは、聴覚障害の方それぞれに、コミュニケーションの取り方や、聞こえの程度にも違いがある中「たらこ湯に来て、自分と関わることで、こういう人もいるんだ」と、ペットOKということだけではなく、いろいろな関わりへの理解が広がれば…と話しています。
開業から1年、もともとは金・土・日のみの営業でしたが、この春から宿泊の営業日の数を増やして、"たらこ湯"一本の目標に向かって経営しています。
予約の際は、吉原さんは耳が聞こえないので、電話ではなくLINEなどでの連絡がうれしいということです。
文:HBC報道部
編集:Sitakke編集部あい
※掲載の内容は「今日ドキッ!」放送時(2025年5月28日)の情報に基づきます。