派閥の裏金事件で守勢の自民党。いまこそ民主主義の原点に思いを致し、地方の声を聞く政治を進めていただきたい。野党の在意義も問われています。
旧静岡、旧清水の大型合併で新静岡市が誕生して間もないころ、静岡新聞社の清水支局(静岡市清水区)で支局長を務めていた約20年前の話です。自民党支部の役員から政務調査会(政調会)の活動で重要な会議があると聞き取材しました。旧清水市では慣れ親しんだ市の名前が消え、役場が遠い存在になるとの市民の不安が残っていました。その思いに当時の自民党は真摯に向き合い、市民の声に耳を傾ける活動を活発化させていました。政調会の活動はその象徴でした。
政策課題に即応する力量
会場の会議室に入り正面に並んだ執行部の陣容に驚きました。当時、党の要職にあった故望月義夫衆院議員を筆頭に地元の国会、県議会、市議会の議員や秘書がずらり。対面する形で各地区の役員が並びました。総勢50人を超す会議だったと記憶しています。
この日までに役員は地元でヒアリングを重ね、要望や提案を取りまとめました。狭い通学路、手薄な救急医療、巴川の溢水と興津川の渇水、港湾振興とまちの活性化-。半日に及んだ会議で役員からは身近な〝どぶ板〟の陳情からまちづくりの提言までさまざまな発言がありました。執行部は当局に改善を求める案件、議員が政策提案に生かす課題などの対応方針を直ちに説明しました。市民が政治の力を頼り、政治が調整役を果たす。自民が選挙を勝ち抜く力の根源を見せつけられた思いでした。
こんな昔話を持ち出したのは、いまの与野党の国会論戦が政局の攻防にばかり時間を費やしているように見えるから。地方の声を聞き、国の成長戦略を描く役割を忘れていませんか。国民の暮らしはコロナ禍から脱する転換点にあり、生活生業の課題は山積しています。
民主主義は手間も金もかかる
「政治は言葉」と言われます。社会の不正をただし、世の中の仕組みを変えたい。そんな思いを語り合い、愚直に仲間を増やし、賛同する人が資金を寄せる。やがて政治団体を形作り、政党へと進化していきます。組織が巨大化すれば少数意見の把握も課題。独裁的指導者による権威主義と異なり民主主義は手間と時間がかかる制度なのです。
日本は、国会で多数議席を占める勢力が首相を出し、内閣を組織して行政権を担う議院内閣制を取ります。このため政権政党は内政外交の課題や突発事案に対し必要な政治判断を行う責任を負います。自民党は党政調会に14の部会と調査会、特別委員会を置いて政策協議に当たっています。また、党組織とは別に外交や憲法観などで政治理念が近い議員が派閥をつくってきました。所属議員は国家国民の未来像を語り合い、政治を志す有為な人材を見つけ出して選挙を支援してきました。任意の勉強会に過ぎないとの説明がありますが、選挙支援で資金を出し、派閥の長が総理総裁候補となってきたのは事実です。
政治家に情熱と胆力を
裏金事件を受け、自民党の派閥は「人事とカネ」を差配する集団と酷評されました。瓦解したと言っても過言ではありません。ただ、私が最も危機だと感じるのは、国民の疑念が派閥のみならず、政治活動の組織や政治資金のあり方そのものに向いていること。裏金は政党政治にとって致命的失態であることに岸田文雄首相は思いを致していただきたい。おざなりな対応に終始すれば、やがて大衆に迎合するポピュリズムがはびこります。政治への信頼を回復させるその1点で自民党は退路を断ち踏ん張る責任を負っています。
中央政界は激動の日々で、野党の支持率は自民に迫りつつあります。政権を監視し、政策の問題点を突く健全な野党は議会制民主主義になくてはならない存在です。一方、政策を多面的に評価することより、「増税メガネ」のごとき皮肉りや冷笑で政権を揶揄することに躍起になっていると政治の混乱に拍車がかかります。野党の存在意義も問われていると自覚すべきです。人口減少で国が縮む国難の時代だからこそ、国民に負担を強いる不人気な政策であっても理解を得て推進する情熱と胆力が全ての政治家に必要です。中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。