「専業主婦は文句ばかり」戦略的バリキャリママの主張。家庭と仕事、手に入らないのは“努力不足”でしょ?【東戸塚の女・山森麗菜30歳】
【何者でもない、惑う女たちー小説ー】
【東戸塚の女・山森麗菜30歳】
山森麗菜はタワーマンションが林立する街に暮らしている。
と、いっても豊洲や有明などの湾岸エリアでもなく、武蔵小杉や二子玉川でもない。ましてや港区や中央区などの東京の中心地でもない。
横浜の東戸塚だ。
昭和55年に駅が開業し、開発が始まった新しい土地なだけあって、いくつもの大規模マンションが建つ、知る人ぞ知る洗練された街だ。
西武などのデパートや、大きなスーパー、公園も学校もあり、何より魅力なのは都心や横浜には湘南新宿ラインや横須賀線で1本というアクセスの良さ。
駅から徒歩圏内に豊かな自然も広がっている。横浜市というアドレスもいい。
大手中学受験予備校の校舎も一通り揃っている。それはここに暮らす子育て世帯の所得層と知的水準を物語っているとみて、住む際の決め手にもなった。
世帯年収2000万超えの快適な生活
――ミーハー心と見栄で、都内に暮らすなんて浅はかよね。脳が死んでいるんじゃないかしら。
麗菜は20階にある自宅のリビングから、窓の外に広く拓けた光景を見下ろした。
都心のように、眺望を遮るビルは皆無。天気のいい日は横浜のみなとみらいまで見える。港区では制服扱いで逆に着ているのが恥ずかしいくらいのモンクレールのダウンだって、この街でなら堂々と着こなせる。
コスパが良くて、窮屈さがない、そこがいい。
麗菜は、この街に住処を決めた自分を褒めた。
大学の同級生である夫・真二は大手自動車会社の本社勤務のエリートだ。麗菜も育休中だが、都内の大手保険会社に籍がある。
世帯収入2000万円超え、金銭的には今のところ何も不自由していない。
「戦略的に、計画的に、要領よく」がモットーだ
昨年5月に出産した第一子がおり、そして今は第二子を妊娠中である。いずれも保険適用となった不妊治療で授かった。
年齢的にまだそこまでする必要はないという担当医や夫の意見もあったが、仕事復帰のタイミングや、人生戦略的にも年子の方が都合よく、押し切って立て続けに、子を得ることに成功した。
戦略的に、計画的に、要領よく。
それが、麗菜の人生のモットーだ。
すべてを手に入れることは不可能じゃない、と思う
仕事も、家庭も、余裕も。欲張ってすべて手に入れることは、誰もが知恵と努力次第で可能だと麗菜は思う。
在籍している会社も、就職活動中から福利厚生や女性の働きやすさなどを徹底的にリサーチした上で一番初任給の高い会社を選んだ。
会社の制度をフルに利用した上で、年子で子ども二人を立て続けに生み、下の子が0歳児になったら、すぐの復帰を画策している。そうすれば、ブランクは1度で済むから。
復帰後は、小学校に下の子が上がるまでは時短でいく。地域のサポートも活用し、いざとなったらシッターも利用するつもり。もちろんすでにリサーチをしており、業者の目星もいくつかつけている。最終手段として千葉の実家の存在もある。
この計算で行けば、40手前でフルタイムの復帰が可能だろう。貪欲に登れるステージまで上がっていきたい。
育休中は、完全復帰までの種まき期間と設定し、できる限りの資格を取得するのが目標だ。会社は育休中のリスキリングの補助をしてくれることも有難い。在宅の副業などもしながら、資産形成やキャリアの構築をしていきたいとも思っている。
時折思い出す、憧れの女上司の存在
今日も麗菜は、駅前の西武の中にあるスタバでデカフェ片手に一息つきながら、TOEICの参考書を眺めていた。
0歳の我が子は、現在一時保育に預けている。育休中でも、こういう時間は必要だから、使えるものは使うべき。遠慮はするものではない。
――そういえば、荒川さんって、今、なにしているんだろう。
なぜか、ふととある人物を思い出した。
それは、入社した当時、メンターとして社会人のイロハを叩きこんでくれた年上の女性上司・荒川晶子のことだ。
有能だったのに…出産で辞めたのは何故?
170cm近い長身で、細身のパンツスーツを華麗に着こなす、ショートカットの女性上司だった。仕事もバリバリできて、当時彼女は30代半ばだったろうか。
自分も将来はあんなふうなキャリアウーマンになりたいと麗菜は憧れたものだ。
しかし、既婚だった彼女は出産すると、育休取得後にあっさり会社を辞めてしまった。
麗菜の会社は、制度も充実しているし、育休をとった職員の同僚には祝い金が支給されるなど、子育てに理解のある風通しのいい職場のはずだ。
――あんなに仕事が好きだった人なのに、なぜ…。
育休から復帰せず、2年近く取りきって、そのまま会社を後にした彼女。人生の見本とするはずだったのに、裏切られた気分だった。
家庭という小さな世界に閉じ込められた結果、やればできることさえ考えられなくなった結果だろうか。
退社の挨拶に、乳児の子どもと共に来た彼女の顔は、もはや別人だった。イオンの2階で売っていそうな花柄のマザーズバッグを手にしていた。
彼女を見た麗菜は決意した。晶子を見本ではなく反面教師にしようと。
聞き覚えのある声。そこには…
絶対に、ああはならない。家庭や子どもを得ようとも、自分を見失わずにいたい。だからこそ、行き当たりばったりではなく、目標を高く見積もって計画的に進んでいきたい――と。
確固たる決意に燃えながら、時間を忘れ参考書に向き合う。育児に追われていると、勉強の時間でさえくつろぎを感じる。
その時だった。
「あら…もしかして、麗菜さん?」
聞き覚えのある声が背後からした。咄嗟に、顔を上げ、振り向く。
何気なく彼女の名前を思い出したのは、どこかでその姿が視界に入ったからなのかもしれない。
「晶子さん…?」
反面教師が、そこにはいた。
バリキャリ→量産型主婦への変貌に愕然
平日の昼下がり。スタバは満席だった。
「杉山麗菜さんだよね。私、覚えている?」
「――あ、はい。荒川晶子さんですよね?」
「うふふ。今は…吉川なんだけれどね。ここお邪魔していいかしら?」
なんという偶然。麗菜は驚きを隠せぬまま頷く。
旧姓呼びなのはお互い様だった。
まるで「量産型の主婦」じゃないか
彼女は相変わらずイオンの2階のバッグを持っていた。ペラペラのベージュのロングコートの中には、驚くことにエルゴに守られた小さい命がある。第二子だろうか。麗菜は頭の中で、必死に彼女の年齢を計算した。
「ウフフ。こんな再会があるなんてね」
晶子は、ぱっちりとした目を皺で埋もれさせながら、麗菜に微笑んだ。化粧は最低限、髪は結わえただけだ。
――かつては何千万ものお金を動かす仕事をしていたようには見えない…。
量産型の40代一般主婦、そのものだった。
「晶子さんは、この街に住んでいるんですか?」
麗菜が尋ねると、「10年前、会社を辞めた後すぐ」と返ってきた。晶子の夫の勤務する会社が横須賀線沿線にあるのだそうだ。そして麗菜も同じ質問を返された。
「私は、結婚を機に引っ越して来たんですよ。育児もしやすそうな街ですし」
「あら、育児…というと、お子さんがいらっしゃるの?」
「今8カ月で一時保育に預けています。あと、お腹にも」
「ええ!? 年子なんて大変ね」
「……」
なぜか、カチンときてしまった。
「私も、そんな風に思っていた時期、あったよ」
年子育児が大変なことは承知している。純粋な反応に違いないが、ブランクを一度で済ませるために、麗菜は〝あえて”そうしているのに。
保活において、この地では2子同時申請が加点やランク的にかなり有利であると聞いている。そうした上での戦略的な判断であるがゆえ、憐れまれる筋合いはなかった。
麗菜は相手を心配するふりで反抗した。
「晶子さんの方がむしろ大変じゃないですか? 一番上の子は10歳くらいですよね。それに、その赤ちゃん…」
「そうそう。高齢出産だし、金銭的にも体力的にも大変よ」
言い過ぎたかと過ったが、満面の笑み。晶子が鈍感でよかったと胸をなでおろした。
「今お仕事はされているんですか?」
麗菜は、答えが分かり切っている質問を投げてみた。赤ちゃんを抱いているのだから、していないに決まっている。回答は、想定通り「いいえ」だった。
「私はこの子が生まれたら、すぐに復帰の予定なんです。しばらく時短になると思いますが、できる限り早めにフルで復帰しようと思います」
麗菜が分かり切った質問をしたのは、彼女に対する無念を当てつけたかったのかもしれない。案の定、晶子の目の色がよどむ。
「私も、そんな風に思っていた時期、あったよ」
先輩ママの言葉は「言い訳」にしか聞こえない
遠い目の晶子は、胸の上で眠る我が子をさすりながら、さらにつぶやいた。
「上の子が生まれたばかりの頃は、私もそのつもりだったな。でも、保育園に入れなくてね。結果的にはよかったと思う。第二子不妊だったし、コロナもあったから」
「大変でしたね」
バトルに勝利した如き爽快感を同情の言葉で装いながら、麗菜は心の中で彼女を軽蔑した。
――晶子さん。それは所詮、言い訳ですよ。
保育園はこの辺りであれば、選ばなければ供給も十分のはず。不妊治療だって、恐らく年齢的に時間がかかったのだから、もう少し早くから始めていればよかっただろう。晶子が結婚したのは20代の時だったと聞く。
コロナ禍も、むしろ結果的に在宅勤務が促進されたこともあり、働くママが受ける影響として悪いことばかりではない。なにより、何もせず愚痴ばかりの晶子にうんざりした。ため息も出ないくらいに。
晶子は愚痴るように、さらに続けた。
「結婚と仕事の両立はできないよ?」クソリプにはウンザリ
「復帰後は大変よ。子どもはすぐ熱だすし、小学校で時短解除なんてできないよ。キッズも学童も遅くまで預かってくれないもの。しかもその頃には、子どもも意志を持っちゃうからね。あと、親が呼びかけないと、勉強もしないし…」
口を開けば否定ばかり。
ただ、これは年長者によくある、心配にかこつけた呪いなのだと、麗菜は今までの経験則で戒める。
『就職活動は大変だよ?』
『女性は大きな仕事を任せてくれないよ』
『結婚も、仕事も、子どもも、なんてできないよ』
『子どもなんて、欲しい時にすぐできないよ』
これは、麗菜が大学生の頃、仕事も恋も手に入れたいと夢を語った時に、人生の先輩方からかけられた余計な助言だ。つまりSNSで言うとクソリプ。
しかし、結局、今に至るまで全くその通りになっていない。
麗菜は全て手に入れてきた。未来の困難に素直におびえていたあの頃の自分が、とても馬鹿らしかった。
「ご教示、ありがとうございます。だけど私は、大丈夫です。制度も、支援やサービスについてもちゃんと、調べているし、準備もしています」
麗菜は目の前の晶子をじっと見据えた。晶子に言い聞かせるように。
「そうよね、がんばって。時代が違うものね」
また言い訳。麗菜はもううんざりしてしまった。
ネガティブな相手とはいるだけでHPが減る。
もう、こうやって面と向かって話すことはないだろう、そんなことを考えながら、手元のTOEICの参考書をこれ見よがしに鞄に仕舞った。
不思議な誘いが晶子から届く
「一時保育のお迎えのお時間なんです。晶子さんはごゆっくり」
「そうなんだ。じゃあまた」
「また」
心にもない“また”を別れの言葉に変える。
しかし、その数日後、麗菜は晶子から不思議な誘いを受けたのだった。
“報われない世代”がウザがられても助言するわけ
『麗菜さん、うちのマンションにパーティールームがあるの。もしよければ、ご近所のママさんたちもいるからみんなでランチしない?』
麗菜の元に、謎のLINEアカウントからメッセージが届いた。
少し既読放置した末に改めてみると、小学生くらいの男の子が乳児と写っているアイコンが目に入った。akiko(荒川・吉川)というアカウント名で、晶子からのメッセージであることを推測し、慌てて返信した。
会社員時代にやりとりしたものから、発掘してきたのだろうか。
『ぜひ、参加したいです』
地域コミュニティへの参加も戦略だ
本心は、あまり気乗りがしなかった。ただ、近所のママさんがくるというのは魅力的な誘い文句だった。
『了解です。当日は楽しみにしています』
復帰したら、地域の縁をほとんど繋ぐことはできないだろう。育休中に、できる限りのご近所のコミュニティを作っておく。これも、今後生きやすくするための戦略のひとつだ。
そして当日。
麗菜が、晶子が暮らすマンションのパーティールームを子どもと共に訪れると、同じような年代の、乳児連れのママさんが6組ほどいた。
テーブルの上には、オーガニックのクッキーとローズヒップティー。子ども用に天然のオレンジジュースとアップルジュースも用意してある。
「お昼には軽食を頼んであるから、その時間までは楽しくお喋りしましょう」
キッズエリアも併設されているパーティールーム。子どもはお昼寝させたり、おもちゃで遊ぶのを見守りながらおしゃべりができるようだ。飾り付けもされた、見栄えのいい雰囲気だ。
だが、内輪のゆるい集まりをイメージしていた麗菜はそのサロン的な光景に軽く仰天した。
晶子の「仕事」ってなに?
「麗菜さんは、晶子さんとはどちらでお知り合いに?」
部屋の隅で恐縮していると、おっとりとした雰囲気のママさんに話しかけられた。彼女は、ナナミと名乗った。
「晶子さんとは昔、一緒の会社で働いていたことがあったんです」
「へぇ、いいなあ。晶子さんが上司なんて」
「そうですね。営業力も能力も、会社の中でずば抜けていました」
「でしょうねえ。彼女なら」
ママ同士の付き合いだけでも、デキる女だったことはわかるらしい。麗菜は余計今の状況に甘んじる晶子を恨めしくおもった。ナナミは続ける。
「晶子さんは有能ですものね。仕事を手伝いたいという方も多いんですよ」
「仕事?」
このサロンの実態は…まさか怪しい界隈?
「仕事」という言葉に引っかかる。彼女は仕事をしていないと言っていたから。内容を尋ねるとナナミは目を輝かせた。
「晶子さんは、月一回サロンを開いているんですよ。口コミ集客の、こういうほんわかしたおしゃべり会なんですけれど」
「サロン、ですか」
警戒心の強い麗菜のアンテナが強く反応する。
オーガニック、居場所づくり、新米ママ向けのサロン、何気ない単語だが、どれも怪しげなものに感じはじめた。
――まさか、これはスピリチュアルや自然派界隈の…。
<次ページ:晶子の開くサロンの実態とは――>
「みなさん、今日はご参加ありがとう」
はじめましての方への一通りの挨拶を終えた晶子が腰を据えると、その周りに自然と輪がひろがった。
麗菜は一歩引いた部屋の隅で、その動向を見守ることにした。
「ここのサロンは当初、保育園に入れなかった人たちのための、情報交換の場所だったの」
他のママさんたちは、教祖のように語る晶子に熱い視線を送っている。
――晶子さん、まさかあっち側に行ってしまったのかな…。
有能な晶子の「苦労」とは
お茶菓子のオーガニッククッキーを食べてしまったことを麗菜は後悔した。素直に美味しさを感じた自分を悔いた。
自分探しを謳い文句にしながら、見栄えがいいだけの独善的な思想に引き込まれた専業主婦の友人を麗菜は何人か知っている。
身体が震え、咄嗟に帰る準備をし始めたその時、ナナミさんに再び小声で話しかけられた。
「そんな警戒しなくていいですよ。世の中には、私たちみたいに家と子どもしか世界がない人につけこむ人たちもいますけれど」
まさに自分が懸念した通りの問いかけだった。
「いえ、そんなわけでは――」
図星を突かれると否定したくなる。麗菜は一旦、腰を落ち着けた。
「晶子さんは、今、専業主婦の社会復帰を支援するNPOの設立のために動いているんです。自分のしてきた苦労を他の人に味わわせたくないからって」
「苦労?」
「晶子さん、保育園に入れなくて退職して、やっと子どもが小学校に上がったと思ったら、病気がちで不登校になって…ここに来るまで、色々大変だったみたい」
頭を使えば「良い人生」が送れるんじゃないの?
そんなわけない。事実かもしれないが、自らの主張が盾になる。誰だって、少し頭を使って努力すれば、自分らしく効率のよい人生を送れるはずなのだ。
彼女の生き方に理解を示すことは、自説と、自分の彼女への対抗心が誤りだと受け入れること。麗菜は、言い訳のように反論した。
「うちの会社は、その辺り制度が整った会社だと思いますけど。私も会社を選ぶ際にその辺りが決め手になったくらいで」
「へぇ…麗菜さん、若いですもんね。会社を選べた時代なんですね」
「それなりに就職活動は苦労しましたが」
「それでも入れているじゃないですか。晶子さんは、派遣で入って選ぶ余裕もなく行きついた会社だと言っていました。それに、どの会社も、制度が整ってきたのはここ数年ですからね。私の職場もそう」
ナナミさんも、晶子さんと同年代なのだろうか。氷河期か、あるいはリーマンショック世代の。棘のあることば達だったが、口調は優しかった。
「報われない世代だって言われているんですよ」
「私、第一子の時は、ちょうど『日本死ね』の時だったんです。前職の退職を余儀なくされたんですが、今は私も落ち着いて、こういう集まりに参加できる余裕ができたくらいです」
「――私が、生まれた時代がよかったと言いたいと?」
言い返すと、彼女は力なくほほ笑んだ。目を逸らすと、ママさんの中心で語っている晶子の笑顔が見えた。
「逆に、晶子さんの世代は今、報われない世代だって言われているんですよ」
重い弾丸を正面から受け止めたような感覚に陥る。
頭がクラクラしてきた。もう何も言うことはない。
生き生きとママの中で活動している様子が見ていられなかった。彼女が本来いる場所は、やっぱりここではないような気がして。
「麗菜さんごめんね、誘ったのにあまり対応できなくて」
楽しくおしゃべりをするママさんたちをながめながら、ローズヒップティーを傾けていると、晶子さんが輪の中を抜けて話しかけてきてくれた。
ママという肩書きに埋もれる現実
「いえいえ。楽しんでいます。先ほどはナナミさんとずっとお話をしていました」
「ナナミさんて、先ほど帰られたママさん? あの方、元官僚なのよ。見えないでしょう」
「え!?」
「制度や法令に異常に詳しくてね。自治体に陳情をあげたり、企業に協力を求めたりするときにも色々と力になってくれたの」
驚くとともに、晶子さんを含むこれだけの有能な女性たちが、ママという肩書の中に埋もれていることを実感する。
「――あの、晶子さんの活動のお手伝いさせてほしいんですが」
自然と口から出ていた。
育休中だろうが、リスキリング中だろうが、保活で忙しかろうが関係ない。罪滅ぼしではないが、自分も彼女のなにかの力になりたかった。
すると、晶子は即座に首を振る。
「あなたは、自分の生きたいように生きて幸せになってよ」
「だけど――」
「それが私の活動のお手伝いなの」
拒否に見せかけた、前向きな呼びかけだった。
私は、仕事も家庭も、みんな手に入れる
晶子がかつて自分にかけてくれた言葉は、呪いではなかった。応援と適切な助言だった。
麗菜が今後、壁にぶつからないように、心の準備をしてもらうための。
「道を、つくってほしいのよ。その先に行ったらお話を聞かせて」
自分が今歩いている道は、晶子さんたちのやるせなさと怒りでできている。
努力しても、どうしようもない時代が、世界があったのだ。今も誰かがどこかであがいているのかもしれない。
――私は、仕事も家庭も、みんな手に入れる。
欲張りに前を進みたい。それは、自分のためだけじゃない。未来の誰かのためでもあることを祈って。
Fin
(ミドリマチ/作家・ライター)