【新映画館「金星シネマ」の梅澤舞佳館長インタビュー】 伊東市で37年ぶりの映画館14日開業。暮らしに寄り添う場でありたい
JR伊東駅から車で約15分。伊東市吉田に9月14日、ミニシアターがオープンする。「キネマ通り」という商店街名が残る同市だが、1987年の「銀映オリオン」閉館以後、映画館は存在しなかった。
そんな映画館「不毛の地」に新しい劇場ができる。140インチスクリーンと16席を備え、新作と旧作を1日3~4作品上映するという。創設者は2年前に伊東市に移住した梅澤舞佳さん(25)。開館までの経緯や自身の映画への思いを聞いた。(聞き手=論説委員・橋爪充)
「来たことがなかった」伊東市
-伊東市への移住の経緯を教えてください。
(梅澤)映画の専門学校「映画美学校」(東京都)卒業後、映画製作の現場で働いていましたが、あまりにハードな仕事でいったん休むことにしたんです。東京から離れて静かなところに引っ越したいという父の希望もあった。そんな時に、伊東市にいい物件があったので移ったというわけです。
-伊東というまちとの縁は特になく?
(梅澤)来たことがなかったですね。巡り合わせだと思います。ただ、住んでいてとても気に入っています。時間がゆったりしているし、東京よりは人が少ないけれど、栄えている印象。風が心地よく、過ごしやすいまちです。
-映画館をつくろう、となったのはどんな経緯だったんでしょう。
(梅澤)アルバイトしていたんですが、今年2月ぐらいに体調を崩しました。このままだと生きていられないかもしれないというぐらい、沈んでしまったんです。そんな時期に、父から伊東市の起業支援の話を聞きました。「何か始めてみたら」と勧められた。それで考えたら、私は映画館が好きだけれど、この近くにはないので、じゃあ作ってみようと。結構軽い気持ちでしたね。
-場所はどうやって決めたんですか?
(梅澤)そもそも予算が少ないので、物件の選択肢もかなり限られていたんです。当初は「もっと小さい場所を借りて5、6席ぐらいでやるか」とか、「外でやるか」とも考えていましたが、広さや賃料がぴったりな場所が出てきた。ここならやりたい映画館ができると思って即決で契約しました。
上映時間の前後も楽しめる場所を
-「やりたい映画館」というのはどんな姿を思い描いているんでしょう。
(梅澤)カフェスペースがあって、地元農家の野菜も売ることにしています。映画を見る前と後も楽しんでいただける場所でありたいと思います。
-理想の映画館として、例えば東京で通った映画館の中にモデルになるようなところがあるんでしょうか。
(梅澤)中学生ぐらいから、映画館に入り浸っていたんですが、東京にはシネコン、ミニシアターを含めいろいろな場所がありますよね。実はその中でもミニシアターはあんまり好きではありませんでした。ゆったりした椅子でポップコーン片手に、というのが好きだったので。ミニシアターは「見たい作品があったら行く」といった感じでしたね。
-行きつけの映画館はありましたか。
(梅澤)早稲田松竹や目黒シネマですね。2本立てで見られるので。とにかく、片っ端から映画を見るという感じでした。俳優や監督の名前で見に行くことはほとんどない。いろんな映画を知りたい気持ちが強かったですね。
-「金星シネマ」のイメージは東京・渋谷区にあったアップリンクに近いのかな、とも思いましたが。
(梅澤)そうしたイメージではないですね。むしろ、ミニシアターがあんまり好きではない人も通いたくなるような場所にしたい。だから「金星シネマ」は座席間をもっと詰めれば、現在の16席以上作れるんですが、あえてゆったりさせました。
-作業はどうやって進めたんですか?
(梅澤)5月に(物件の)契約をしましたが、工事は業者に頼みませんでした。つまづいてばかりでしたよ。映画館の作り方が何もわからなかった。でも私と父で設計図を書いて施工方法も考えて。
-「手作り」ですね。
(梅澤)映画美学校の同級生10人ぐらいを東京から呼んで、みんなで合宿して作りました。壁紙を貼って、ペンキを塗って、木材を切って、くぎを打って。
-館の名前の由来は?
(梅澤)しょうもないんですが…。「金星」はかっている犬の名前です。「シネマ」という言葉は、親しみやすさが出るといいかなと思って選びました。「まちの映画館」というイメージでいろいろ考えたんです。
映画が好きになれる場所でありたい
-9月14日から29日までの上映作品が発表されています。「湯を沸かすほどの熱い愛(中野量太監督)、「ありふれた教室」(イルケル・チャタク監督)、「パターソン」(ジム・ジャームッシュ監督)、「幸せなひとりぼっち」(ハンネス・ホルム監督)。国やテーマ、作風がそれぞれに違う。バランスの取れた、絶妙な作品選びですね。
(梅澤)基本的には自分がいいと思った作品を選んでいます。私は大きい作品も小さい作品も関係なく、映画であれば何でも見るので、それが反映されているのかなと。実は(県内のミニシアターである)シネマイーラ(浜松市中央区)さんと静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区)さんに挨拶にうかがったんです。そうしたら、「新作も入れないとだめだよ」とアドバイスをいただきました。「ありふれた教室」が入っているのはそういう理由です。
-配給会社とのやりとりは、どう進めたんですか?
(梅澤)やり方が分からなかったので、とりあえず好きな作品の配給会社を調べて、電話して。どうしたら上映させてもらえるんですかって聞きました。いろんな配給会社とやりとりして。
-まさに正面突破ですね。映画が好きという、中学時代から変わらない衝動に対して、正直に動いている感じがします。
(梅澤)そうですね。学生時代の「映画館に行って映画を見た」という体験が、今の自分を作ってくれています。結構へなちょこな性格なので、もし映画がなかったら社会に出られていなかったかもしれない。映画館に行くことが外出の動機づけになっていました。
-配信全盛の世の中ですが、「映画館に行く」という行為の貴重さがにじんでいますね。
(梅澤)家で見るのも同じ映画だから、否定するわけではありません。ただ、「映画館に行く」って、「映画を見る」だけじゃなくて、お家を出て電車に乗って、映画を見てご飯を食べて家に帰ってという、そこまで全部がパッケージされているのだと思います。
-自分の時間が制約を受けて、半強制的にスクリーンに向かわされる。今の世の中にはあまり存在しない機能があると思います。そんな中で人と人をつなぐツールという意味もあると思いますが、いかがですか?
(梅澤)私自身はほとんどいつも一人で映画館に行くんですが、それでも家で一人で見るのとは全然違う。同じ空間で映画を見た人同士、何かを分かち合ったような気がしますね。
-この映画館の未来について、どうお考えですか?
(梅澤)サブスク全盛の今、「映画館に行く」というのが特別なことになりつつあると思うんです。だからこそ、「金星シネマ」は気軽に行ける、普段のくらしの延長線上にある映画館を目指します。映画を近くに感じてほしいし、映画を好きになれる場でありたいと思っています。
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■金星シネマ(きんぼししねま)
住所:伊東市吉田 573-1
電話番号:0557-28-0479
■上映ラインナップ
9月14日(土)~9月29日(日)
「湯を沸かすほどの熱い愛」(中野量太監督)
「ありふれた教室」(イルケル・チャタク監督)
「パターソン」(ジム・ジャームッシュ監督)
「幸せなひとりぼっち」(ハンネス・ホルム監督)
10月2日(水)~10月20日(日)
「ある一生」(ハンス・シュタインビッヒラー監督)
「ぶあいそうな手紙」(アナ・ルイーザ・アゼヴェード監督)
「アバウト・レイ 16歳の決断」(ゲイビー・デラル監督)
「新聞記者」(藤井道人監督)