消費者の声を可視化して店づくりに活かす スーパーの「買い物カゴ投票」
投票で消費者の意向をスーパーが事前にキャッチ
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)が「どっちがいい? 返却ついでに、未来に一票。買い物カゴ投票」を考案・企画した。
まず、サステナブルを推進する取り組み“案"について、消費者に二者択一の問いかけを設定する。買い物後にカゴを返却する際、「YES」か「NO」で回答・投票してもらう仕組みだ。
スーパーが一方的に取り組みを推し進めるのではなく、あらかじめ消費者の意向を汲み取ったうえで実施するか否かを決めるというもので、広く社会に実装されることを目指している。
こうしたやり方には消費者、スーパー双方にメリットがある。例えば、従来、消費者の声を集約するにはアンケートやインタビューが必要だったり、意見箱への投書だと回答者が限定的だったりするなどの問題があった。
しかし、買い物というふだんの導線の中で回答してもらうことで、消費者に負担をかけず、かつ、偏りなく意見を収集できる。また、買い物カゴが積み上がっていくため、消費者の声を可視化できる。
自分以外の人の考えがわかったり、自分の投票が反映されたことが目に見えたりするため、みんなでつくり上げていくことを体感しやすい。大掛かりな仕かけやツールも必要とせず、低コストで実施しやすい。
日本の消費者の持続可能なライフスタイルの障壁
企画の背景には、消費者自身が一人ひとりの行動や考え方を変えていく必要性を認識しながら、実際に行動に移すことが難しいと感じており、サステナビリティの取り組みが思うように進まないという現状がある。
調査会社Globe Scanが毎年実施する消費者インサイト調査によると、「自分にも周囲にも環境にもよい生き方を妨げているものは何か」という問いに対し、日本の調査対象者は「高価(50%)」「何をしたらよいのかわからない(38%)」「不便(32%)」「自分の行動では何も変わらない(28%)」という理由で、持続可能なライフスタイルの実現につまずいている(※1)。
そこで、WWFジャパンはそうしたハードルを取り除き、「消費者の声を聞きながら、持続可能な消費につながるような仕組みを考えたい」と立案したのが、この消費者参加型の「買い物カゴ投票」だ。
二人三脚で売り場に変化を生み出していく
スーパーは、一方的に施策を講じてしまってからでは、消費者に受け入れられているかわかりづらく、消費者を置いてけぼりにしてしまうという懸念がある。「買い物カゴ投票」であれば、事前に消費者の意向を把握したうえで、実施していいかの判断ができる。仮に実施しないにしても、設問を通じて、あまり浸透していない店側の日頃の取り組みを消費者に伝える機会として意義がある。
消費者にしてみると、自分の意思表示によって、実際にスーパーの売り場が変わったのを目の当たりにすると、「自分の行動で変えられるんだ!」という自己効力感が高まり、社会的な参画意識も醸成される。そうした相乗効果で、前述の障壁を乗り越えたい狙いだ。
よりよい選択を促す「ナッジ型コミュニケーション」
「軽く突っつく」「行動をそっと後押しする」という意味がある「ナッジ(nudge)」。具体的には「人間の癖やスイッチといった心理的・行動的な傾向は科学的に概ね検証されている。それらを上手に活用して、よりよい選択につながるように働きかけるコミュニケーションのことを『ナッジ』と言う」と教えてくれたのは、共同研究者・滋賀県立大学の山田歩准教授。
「従来は何かしようとした時に行動を禁止したり、強烈なペナルティを設けたりして行動を規制してきた。しかし、『ナッジ』の場合は、もう少し自発的な行動変容を促すソフトな行動管理」だ。行動科学の観点から「買い物カゴ投票」は、「さまざまな要素を網羅している」と言う。
「買い物“ついで”に意思表示ができるという手軽さ、人を巻き込ませる印象的なデザイン性、店が耳を傾けてくれているという信頼感やみんなで変えていく参画感による社会性など、消費者の行動変容を後押しする設計になっている」と解説する。
今後、売上や事後的なアンケートで効果を統計的に分析し、仕組みとしての有効性を明らかにする予定だ。
いつも買う商品が実は環境に配慮した商品だった⁉︎
CO2の削減も目標の一つ。温度管理は不可欠のため、特定の時間帯のみ飲料コーナーの一部消灯を検討中だ。
会場となっている「コープみらい」は、消費者が手を取り合ってくらしの願いを実現するために助け合う生活協同組合だ。そのため、スーパーと来店客との距離も近い。
一方で、生活協同組合コープみらいの長嶋行子氏は「気軽に立ち寄れるスーパーとして展開するなかで、組合員の声とお店をもう少しつなげられたらいいな、と感じていた。『買い物カゴ投票』は、気軽な形で声を表明できるところがとてもいい」と話す。
コープでも『ナッジ』な取り組みをやれないかとずっと思っていたことから協力を決めた。実証実験で設定された3つの設問は、もともと組合員から受けていた要望などをもとに、山田教授と相談して絞った。
コープは、環境に配慮したさまざまな取り組みをしているが、組合員になかなか伝わりきれていないことが課題のひとつだったという。
「例えば、店舗で回収したペットボトルをリサイクルして、新たな商品の包装に使っていて、その旨を明記しています。でも、注目されにくい。一般の商品に埋もれてしまう。そこで、環境配慮商品が一目でわかる特設コーナーをつくり、そこに置くことで、『いつも手にする商品が実は環境に配慮した商品だったんだ!』と気づいてもらえたらうれしい。コープのサステナブルな取り組みそのものをもっと知っていただきながら、手を取り合って進めていきたい」(長嶋氏)
店長も初めて知った消費者の潜在的ニーズと驚きの効果
コープ葛飾白鳥店で日頃消費者と接している斉藤俊朗店長は、実証実験の結果について、こう振り返る。
「2日間で合計806票の投票がありました。約1,200人が来店する時間帯に実施したことを考えると、約30%のお客様が投票に参加していただいたことになる」と分析したうえで、「実際にやってみて、良かったことが多くて。私自身『なるほどな』と思うような内容がたくさんありました」と話している。
売上が1.5倍に 想像以上に消費者が求めていたお肉のノントレー化
投票結果を受け、お肉のノントレー販売を開始。消費者の声を踏まえたうえで、プラスチック削減の実現へ一歩前進したかたちだ。
「一部のお肉を『トレー』から『ノントレー包装』に変更してもいいですか?」という問いかけに対し、「YES(やってほしい)」の回答が583票(72.3%)だったことから、実際に売り場を変えた。
すると、「通常よりも販売数が1.5倍に増加し、お客様の潜在的なニーズはノントレーにあったということがよくわかりました。実際、今日も通常価格でノントレー販売している鶏肉と、トレーで安く販売している鶏肉があるんですが、ノントレー商品のほうがよく売れています」。配置の仕方も工夫し、「ノントレー売り場が広がり、視認性がよくなったこと」も要因の一つだ。
「スーパーのお客様って、商品やサービスに対してであれば、『店長!』と呼んで直接言ってくれる方もいらっしゃるんですけど、環境に関する要望を受けることはなかなかありませんでした。お客様の潜在的なニーズを知れたという意味では大きな収穫だった」と話す。その一方で、形崩れや衛生面に対する懸念の声もあるため、そうしたニーズに対してどう答えていくかが課題だという。
届いた従来からのサステナブルな取り組み
環境配慮商品や寄付つき商品が一目でわかる特設コーナー。「あるといい(YES)」の回答が69.4%だったため実施した。
「実際に環境配慮商品に関する特設コーナーを設置してみると、かなり安いという理由で買っていただいている商品が、実は環境に配慮した商品なんだということを知っていただけました。
コープとしてふだんから環境配慮商品などの対応はしているんですけど、やっぱりお客様に伝え切れていない。そうした商品を特設化することによって、お客様にもコープの環境への取り組みを知っていただきつつ、『サステナブルでありながら、コープの商品って安いよね』ということも伝えられる仕かけになっていければ」と期待を寄せた。
葛飾白鳥店は、とにかく地域とのつながりがとても強い。「地域と人をつなぐ、みんなの応援団」として活動するブロック委員(組合員)が、地元のフードバンクやチャリティに参加するなど、地域の人々とも積極的に交流を重ねている。今回の「買い物カゴ投票」の試みも、「結果として『コープはいい取り組みしているよね』と組合員さんや地域の人々に伝わったら一番いい」と締め括り、さらに信頼のおけるパートナーとして、地域に根づいた店づくりを目指す。
『買い物カゴ投票』特設サイトで取り組みの詳細や投票結果を見ることができる。
※1 Public Highlights Report|Globe Scan
取材・原稿・写真(一部)/稲垣美穂子 編集/佐藤まきこ(ELEMINIST編集部)