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理解不可能な人にどう対応する?人間心理の奥底を描く『満ち足りた家族』ホ・ジノ監督インタビュー【後編】

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理解不可能な人にどう対応する?人間心理の奥底を描く『満ち足りた家族』ホ・ジノ監督インタビュー【後編】

ホ・ジノ監督インタビュー「演出とキャスティング編」

いわゆる“韓流ブーム”以前の1990年代後半、ミニシアターでハン・ソッキュ主演の恋愛映画『八月のクリスマス』(1998年)が静かなヒット作となっていた。この映画で長編デビューを飾ったホ・ジノ監督は<恋愛映画の名手>とも評され、イ・ヨンエ主演の『春の日は過ぎゆく』(2001年)や、ぺ・ヨンジュン主演の『四月の雪』(2005年)で人気監督となったという経緯がある。

そんなホ・ジノ監督の新作が、サスペンスの要素を帯びた衝撃の人間ドラマ『満ち足りた家族』(2025年1月17日[金]より公開)。このたび来日した監督にインタビューを敢行した。「設定とテーマ」に関する前編に続いて、後編では「作品の演出とキャスティング」についてお聞きしたパートをお届けする。

▼インタビュー「設定とテーマ編」はこちら▼

『満ち足りた家族』©2024 HIVE MEDIA CORP & MINDMARK ALL RIGHTS RESERVED

「対話でアクションをする映画」

『満ち足りた家族』では、ある事件をきっかけに兄弟や家族の絆が<分断>されてゆく姿が描かれてゆく。そういった人間関係の<分断>が、視覚的にも演出されているのも本作の特徴だ。例えば、会食の場面。シンメトリーの構図を意識しながら、テーブルを挟んで家族同士が<分断>されているような感覚を映像から導いている。人物を画面の右端と左端に置くことによって、登場人物同士の関係性が「実は分断されている」ということをショットによって実践しているのだ。

意図的ではなかったんですが、自然とそうなりました。ただ、俯瞰のショットは意図的に撮っています。例えば、食卓を俯瞰で撮りました。それから、動物を車で轢いてしまった人物のシーンも意図的に俯瞰で撮りました。

『満ち足りた家族』©2024 HIVE MEDIA CORP & MINDMARK ALL RIGHTS RESERVED

メインビジュアルとしてポスターのデザインにもなっている会食のくだりを踏襲することによって、家族の変化を観客が想像し、悟ってゆくのも全編を通じた演出の特徴だ。

これまでの作品もそうなんですけれども、ロングテイク(長回し)をたくさん撮りました。会食のシーンというのは、何度も撮ることによって下手したら飽きさせてしまう危険性もあるようなシーンだと思います。それで撮影監督から、カメラを3台使ったらどうか? とのアドバイスを頂いて。カメラ3台を使って、いろんな角度から撮るということを今回は学ばせていただきました。様々な角度とセットアップで撮るということは、わたしにとってこれまでの撮影手法とは少し異なる撮影法だったのです。

『満ち足りた家族』©2024 HIVE MEDIA CORP & MINDMARK ALL RIGHTS RESERVED

マルチで同時に3台のカメラを回しているということは、俳優たちが長回しで撮影する時と同じように、切れ目のない(長い)演技をしていることになっている点は興味深い。手法は異なっても、ホ・ジノ監督にとって作家性の刻印のような“長回し”が現場では実践されているというわけなのだ。

韓国では『満ち足りた家族』のことを“対話を通じてアクションを撮る”、つまり、“対話でアクションをする映画だ”というふうにも言われました。そのくらい緊張感が必要なシーンだったのです。

『満ち足りた家族』©2024 HIVE MEDIA CORP & MINDMARK ALL RIGHTS RESERVED

「“自分とは違う” そんな人の内面に深く入り込んで」

メインビジュアルでは、ソル・ギョングクローディア・キムの演じる夫婦、チャン・ドンゴンキム・ヒエの演じる夫婦が食卓を囲んでいるが、このショットの中でクローディア・キム1人だけ言語化しづらいほどの違和感を漂わせている。

『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年)でハリウッドメジャーデビューを果たした彼女は、『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』(2018年)など国際的な俳優活動を行なってきた。韓国ドラマには出演してきたものの、実は本作が韓国映画デビュー作に位置付けられている。そんな彼女の俳優としての異色な経歴は、年下の二番目の妻・ジスという役を演じても払い落とせないような特性として、家族の中の“違和感”へと繋がっているようにも感じさせるのである。

クローディア・キムさんは初めてお会いした時に、とても明るくて、前向きな印象を受けたんです。彼女が演じるジスという女性も、明るくて、前向きな役ですよね。三人の負の雰囲気の中で、ひとりだけプラスで前向きなキャラクターを入れたいと思いました。

クローディアさんが持つ“異質感”というのもあるのですが、例えば“トロフィーワイフ”である美しい彼女の顎に(食事の)タレが付くショットがある。そういったところから、先入観としてちょっと頭の弱い感じというのも与えたいと考えました。重要なのは、外見から先入観を持たれそうなそのキャラクターが、物語の後半になってくると実は一番正常な、まともな人であるということを感じさせることです。そういう変化をつけたいなと思い、意図的に彼女をキャスティングさせて頂きました。

『満ち足りた家族』©2024 HIVE MEDIA CORP & MINDMARK ALL RIGHTS RESERVED

日本においても、見た目を重視する“外見至上主義”の傾向が、社会的に強くなっている。本作では、表層的な印象に左右される危うさも隠喩させているのではないか。

その通りです。日常的なことなのですが、私たちもニュースを見る時に、この人は人間じゃないな、自分とは違うな、というふうに思いながら見ていると思うんです。例えば、近所の騒音問題。騒音がきっかけになって人を殺してしまう人もいますし、煽り運転で喧嘩になって感情的に人を轢き殺してしまうような人もいます。そういった人物を見た時に、先入観を持って「この人は人間ではない」「自分とは違う人なのだ」と考えがちなのですが、その人の内面にもっと深く入り込んでみよう、というのがこの映画の趣旨でもあるのです。

『満ち足りた家族』©2024 HIVE MEDIA CORP & MINDMARK ALL RIGHTS RESERVED

「ソル・ギョングとチャン・ドンゴンが演じた兄弟の関係性は、ぶつかり合うだけではない」

初期3作の劇場パンフレットに掲載されていたインタビューを読むと、俳優たちには状況だけを伝え、細かいことを指示しないという独特な演出をホ・ジノ監督が実践していたことを、出演俳優も監督本人も証言している。『満ち足りた家族』でも、同じような演出方法を実践されたのだろうか。

以前の作品は、登場人物のキャラクターを決めずに、どういうキャラクターなのか? という自分自身の中の質問を持ったまま現場に行っていたんです。決めつけることなく、どういう人物なのかというのを、現場で自分も見たいなという気持ちがあったので。だから、実はホン読みもしませんでした。みんなで脚本を読むことを、あえてしなかったのです。でも、今はそうすると時間があまりにもかかり過ぎてしまうので(笑)、台本を一緒に読むようなホン読みはよくするようにしています。

ただ、似たようなやり方で俳優さんたちといろんな話し合いをしたり、相談をするのですが、話し合いや相談をする時には、自分の中で答えを決めずに話をするんですね。だから、現場で台詞はどんどん変わりますし、人物像も現場で固めていく。話し合いをしながら固めていくという手法をとっているからか、以前に比べるとスピードアップされているのではないかと思います(笑)。

『満ち足りた家族』©2024 HIVE MEDIA CORP & MINDMARK ALL RIGHTS RESERVED

見事なのは、ソル・ギョングとチャン・ドンゴンを兄弟としてキャスティングした点。外見がさほど似ていないにもかかわらず、彼らは兄弟に見えるのである。これは、演技力の賜物なのか、それとも演出によるものなのか。

ふたりの演技だと思います。ソル・ギョングさんとチャン・ドンゴンさんが演じた兄弟の関係性は、ぶつかり合うだけの兄弟ではないのです。それでもソル・ギョングさんは、実はどこにでもよくいるお兄さんのような役にしてくれました。弟のことを受け止めながらも、兄としての役割を果たしていくんです。

例えば、食事をして、その後でタバコを吸うシーンがあるのですが、そこで2人の関係性が凄くよく表れていたと思います。弟は兄に対しても食ってかかるような言い方をするんですけれど、お兄さんはそれをうまく受け止めて、かわしながら、でも言うことは言う。そういった関係性が、ふたりの演技によって上手く描かれていたのではないかと思います。

ホ・ジノ監督

取材・文:松崎健夫

『満ち足りた家族』は2025年1月17日(金)より全国ロードショー

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