【精神科医・本田秀夫】不登校の子どもに大事な2つの力を育てるコツは「今日のおかず」にあり!?
子どもが「学校に行きたくない」、大人はどうすればいい?
登校しぶりがあるとき、休ませて様子を見たほうがいいのか。それとも、励まして登校させたほうがいいのか。保護者の方からそう聞かれることがあります。
子どもが「学校に行きたくない」と言い出すのは、親御さんからすると「問題の始まり」に見えますが、お子さんからすると“学校に行く自分”を捨てた「最終段階」と言えます。大人が思っている以上に、子どもは問題を抱え込んだり一生懸命にふるまったりしているのです。
不登校対応の基本3点「休養」「相談」「親子関係」
「学校に行きたくない」は子どもからのSOSです。その段階では、まずは休ませたほうがいいでしょう。
不登校の対応の基本は3つ、「まずは休養」「相談しやすい環境づくり」、そして「親子関係を良好に保つ」ことです。
「学校に行きたくない」というのは、その子のなかで問題が「最終段階」になったときです。子どもはもう疲れ果てているので、休養をとる必要があります。
子どもに休養をとらせ、相談しやすい雰囲気をつくり、親子関係を良好に保つ。そのうえで、もう一つポイントがあります。
それは、親が「登校させたい」という煩悩を消せるかどうかです。煩悩が消えれば、登校に結びつくかどうかを気にしすぎないで、淡々と対応できます。これが本当に大事なのです。
そして、「煩悩を消してください」と言うのは簡単ですが、実践するのは親御さんにとって簡単なことではないと思います。
親として「子どもを学校に行かせない」という決断をしたとしても、周囲の無理解な人(場合によっては学校の先生や子どもを支援する立場の人でさえも)がこんなふうに言ってくるかもしれません。
「では、子どもが将来、『仕事が嫌だから行かない』と言ったら行かせないんですか?」
「甘やかしていると、将来本人が困るのではないですか?」
「子どもを学校に行かせるのは、親の義務ではないのですか?」
このような言葉に耳を傾ける必要は、一切ありません。
「学校に行きたくない」と打ち明けてくれた子どもの意思を尊重し、子どもに休養をとらせたいと判断するのは間違いではありません。
ここは親が「登校できなくてもかまわない」というくらいに腹をくくって、淡々と平和に過ごしていると、子どももリラックスするようになります。そうすると、子どもも「休みたい」とか「明日は行ってみようかな」と言いやすくなるのです。
「登校できていれば安心」というわけでもない
「登校させたい」という気持ちを捨てるのは簡単ではないかもしれませんが、ここで参考となる情報を一つお伝えしましょう。発達障害のある子の場合、登校できていれば将来は安泰なのかというと、そうとは限りません。
発達障害のある子の相談を受けていると、小学生から高校生くらいまでは問題なく通学していて、勉強も得意だったけれど、大学生くらいの時期から生活がうまくいかなくなって、その後はひきこもりの状態になっているという話を聞くことがあります。
対人関係が苦手だったり、基本的な生活習慣が身についていなかったりして、大学や就職先で苦労する人がいるのです。
本人の話を聞いてみると、「子どもの頃から勉強を頑張っていれば親は何も言わなかった」「同級生と一緒に活動することは少なかった」「学校生活を特に楽しいと思っていなかった」といったエピソードが出てきたりします。
学校生活を楽しめていなかった。勉強以外のことにはあまり参加できていなかった。でも親は子どもが毎日登校して、いい成績を取れていれば、問題ないと思っていた。家庭でも勉強が優先され、生活スキルを習得する機会は少なかった──。
こういった育ち方をした子は、登校できていても、社会に出ていくための土台づくりができていなくて、あとで挫折することがあります。登校日数や学力が、将来の社会参加を保証するわけではないのです。
社会参加に必要なのは「自己決定力」と「相談力」
私は、発達障害のある子が将来、その子なりに社会参加するために必要なのは、登校日数や学力ではなく、生活スキルや対人関係などをその子なりに学んでいくこと、そして「自己決定力」と「相談力」を身につけることだと考えています。
自己決定力というのは、できることを自分で判断して実践する力です。
相談力は、困ったときに誰かに援助を求める力です。
この2つの力を持っていれば、子どもは本当の意味で自立することができます。自分で次の行動を決め、動き出せます。そして、困ったときには、誰かに相談して援助を求めることができます。
自己決定力と相談力を身につけるためには、子どもが日頃から、自分で選ぶこと・決めることを経験する必要があります。また、悩んだり困ったりしたときに、まわりの人に相談する経験も必要です。2つの力は毎日の小さな行動の積み重ねによって育つのです。
子どもは中3の夏休み――義務教育の最終学年で子どもが進路選択という節目を迎えるときに、2つの力を試されることになります。
中3の夏休みは、子どもが自分の将来について、豊富な選択肢を得る機会です。小学校や中学校の段階では進学先の選択肢は多くありませんが、中学卒業後の進路は幅広く存在します。そのなかから、自分の行きたい道を自分で選びます。そこで自己決定力が必要になります。
中3の夏頃に親子関係が良好で、子どもが心身ともに健康で、親や先生、まわりの大人に相談しやすい雰囲気ができていれば、本人が「将来どうしよう」「このままじゃまずいんじゃないか」といった気持ちを大人に伝えることができます。これがとても重要なのです。
子どもが一人で進路を決めるのは難しく、大人の助けが必要です。世の中にはどんな学校があるのか。自分が選択できるのはどの学校なのか。これらの情報を得るには、大人の手助け、親や先生への相談が欠かせません。
不登校の子が中3の夏休みに自分の進路をよく考え、納得のいく決断をくだすためには、それまでに2つの力をある程度、養っておく必要があるわけです。
ただ、そこで一つ大きな問題があります。
不登校の子の家庭は、「自己決定力」と「相談力」が育ちにくい環境になりがちなのです。なぜかというと、子どもが、親から登校を期待されていることを察して、本心を言えなくなる場合が多いからです。
登校するかどうかを自分で決めることができない。悩んでいても親に相談することもできない。それでは2つの力は育ちません。
どうしたら「自己決定力」と「相談力」が身につくのか
子どもにはその日ごとに「学校に行くかどうか」を聞いて、本人が「行く」と言ったら「行ってらっしゃい」と答える。「行かない」と言ったら「じゃあ休もうか」と応じる。そういった対応を淡々と続けます。
学校に行ってもいいし、行かなくてもいい。本人の意思を尊重する。そういう対応をすれば、自己決定の機会を保障できます。
また、子どもが何をつらいと感じているのかを聞いたり、授業の予定を伝えたりして、学校のことを話し合う時間をつくれば、相談する機会も保障できます。そのうちに本人が「この授業にだけ行くのもアリかな?」と聞いてきたりもします。子どもが「相談すれば、悩みが解消することもあるんだな」と感じるようになっていくこともあります。
日々の生活のなかで親が子どもの話を聞き、その子の判断を尊重する時間をつくるようにすれば、学校を休んでいても、2つの力は育っていくのです。
「自己決定」「相談」というキーワードを見て、子どもに重大な決断をさせるような場面をイメージする人もいるかもしれません。しかし先ほどもお伝えした通り、この2つの力は毎日の小さな行動の積み重ねによって育っていきます。
ですから、親子で「学校に行くかどうか」という話をするときに、それを一大事のように扱うのではなく、もっと軽い感じで、毎日淡々と相談できるようにしたほうがいいのです。
例えるなら、「今日のおかず」の話をするような感覚です。
「晩ごはんのおかず、どうする?」「これが食べたい」という会話をするときには、親も子どもも、それを重大な決断だと思っていません。
学校に行く、行かないを気軽に話せる関係に
親は子どもに「どうしたいのか」を聞く。子どもはその日の気分を答える。それと同じような感覚で「今日は学校行く?」「行かな~い」という会話ができるようになると、子どもの自己決定力や相談力が育ちやすくなります。
私のところに相談に来られる方のなかには、そういう軽い感じで学校の話をする親子が多いです。「最近どうですか」と聞くと、親御さんもお子さんも、軽い感じで「行っていません」とか「ときどき行っています」と答えます。そのくらい緊張感がほぐれてくると、お子さんは自分が興味を持っていること、今後やりたいことなどを話すようになったりもします。結果として、自己決定と相談ができるようになっていくのです。
ただ、発達障害のある子には、口頭での相談を苦手とする子も多いです。例えば、学校に行くかどうかを話すときに、親としては軽く聞いているつもりでも、子どもがうまく答えられなくて、黙ってしまうこともあります。また、子どもが親の顔色を見て、学校に行きたくなくても「行く」と答えることもあります。
その場合には、カードに「行く」「休む」「2時間目から行く」「明日行く」などの選択肢を書いて示し、指を差して選べるようにしてもいいでしょう。答えをはっきりと口にするのが苦手な子も、意思表示をしやすくなります。
不登校の子どもにとって、学校に行くかどうかを考えることや、その話をすること、自分で判断することは、それ自体がしんどいことです。子どもに自己決定や相談を求めるというよりは、子どもが自己決定や相談をしやすい環境をつくることを意識してください。
相談した結果、子どもが「明日行く」と決めたのに、翌日になると「やっぱり行きたくない」と言い出すこともあります。そのときは「行きたくない」という最終的な判断を尊重しましょう。
そこで「自分で決めたんだから行きなさい」などと言ってしまうと、一度発言したことは撤回できない環境になるので、子どもは気軽に自己決定しづらくなります。
不登校の子どもは、自己決定と相談を少しずつ身につけていきます。その子なりに頑張って、少しずつ成長しています。必要以上に厳しくしないで、うまく言えないことや心変わりをすることも受け止めながら、じっくり対応していきましょう。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。